013 王都の隠れ家(2)
『大樹の森編』の続編になります
決行は、2日後だ。その2日間で私達もやっておかなければいけないことがいくつかある。
一つ目は、この屋敷での過ごし方をみんなと相談しなければいけない。
二つ目は、魔術学院に行って学院長と今後の事を相談することだ。
ナツメさんは、では2日後に会おうと言って帰って行った。
それを見送る、私とサクラさん達……。
なんでジェイドがここにいるの。笑顔でナツメさんに手を振る金髪の美少年を見つめる。
そうか、春休みだ。親戚の家にお泊まりをする。そんなイベントなんだ。
なんだ、なら歓迎だ。久しぶりに話をしようか。
気にするのはやめにして、みんなでちょっと一休みだ。
「ジェイド君。部屋の希望はある」
サクラさんが笑顔で話しかけている。
ん、今日泊まる部屋のことか?
「はい、今後、直ぐに相談できるようにしたいので、カナデさんの隣にして欲しいです」
なんだ、今後ってどういうことだ。
「カナデさん。ジェイド君が隣の部屋でもいいかな」
ん? 私が困惑していると、
「ああ、カナデさんに話すの忘れていました。ぼくも今日からこの家に住む事になりましたのでよろしくお願いします」
なんですとー!
「カナデさん、兄様がよろしくってさっき言っていました」
ああ、ナツメさんがサクラさんに何か話しかけていたのはこのことだったんだ。
帰り際に、ナツメさんとサクラさんが立ち話をしていたのを思い出した。
「カナデさん、これから王族との折衝がたくさんありますよね。その時に、王族の立場としての考え方をアドバイスできる存在が必要になってきます。その役目をぼくが引き受けたんです」
う、理屈が通っている。反論できない……。
「わかった。その提案受け入れよう。ただし、危険なことはなしだ。それと、深夜の仕事もなしだ」
労働規約ははっきりさせておこう。
「それから、家族の同意はとってあるんだろうな」
ここは譲れない。ジェイドを見据えた。
「魔石の試練の報酬があったんです。それを使いました」
偉業をなしたものには願いをひとつ叶える。それが報酬だったはずだ。そんな貴重な権利をおれのために使ったのか……。ちょっと泣けてきた。
「わかった。よろしく頼む」
そういうのがやっとだった。
ジェイドが花が咲くような笑顔で笑った。精霊達が大喜びをしている。ソフィアがキョロキョロしていた。
精霊の秘密。私の仮説でしかないが、『美しいもの』に反応している。パルトの装飾、ジェイドの容姿と精神、私の鞄型次元箱……。例を挙げればきりがない。
精霊の声が聞こえる人間も、心が澄んでいる。これは、協力関係を築く相手を見定める上でひとつの指針になる。
私がウルウルとして、泣くのを我慢しているときに、イグニス達が探索から戻ってきた。
「特に危険な場所はないぞ。隠れ家としての条件をすべて備えていると言ってもいい、最高の場所だ。ナツメさん、すげええな」
イグニスが感激していた。
「では、みんながそろいましたので、作戦会議を始めます」
エルがそう宣言した。
「この家にこれから住むのは、男性が5人、女性が6人です。ソフィアさんがどうなるのかは、まだはっきりしていませんが、たぶん一緒に住むことになることが予想されます。そして料理長が1匹、あと、ペンテとテネリが2体ですね」
全員がうなずく。
「先ほど私が全ての部屋と施設を確認しました」
いないと思っていたら、そんなことをしていたのか。でも助かる。ありがとなエル。
「居住部屋数は、一階が8部屋、二階が12部屋です。それぞれの階に、一人部屋と二人部屋あります。その他に、一階にはリビング、客間、台所、お風呂、トイレがあります。トイレは各部屋にもありました。それも、最新式の魔道温水トイレです」
女性陣の目が輝いた。エルの作った温水シャワー付きのトイレだ。
「お風呂も、二つありました。男女別に使えそうです」
イグニスがなぜか嬉しそうだ。ああ、そうか。稽古でかいた汗を気兼ねなく流せるからか。
「台所は、料理長が使いやすいように今後改装してください」
うん、ここは決定だよな。
猫がうなずいている。尻尾が激しく左右に振られている。かなり嬉しいときのつくも(猫)だ。
「三階が、広い一つの部屋になっています。簡単な立食パーティーなら、ここでできそうです」
いろいろな事に使える多目的室だな。
「地下が、食料貯蔵庫と倉庫ですが、料理長の異次元収納があるので、使うかどうかは微妙ですね」
しかし、これだけの屋敷を3ヶ月でどうやって建てたんだろうか。それに、資材はどうやって運んだんだ?
まあ、S級がやることだ。気にしないことにしよう。
「では、部屋ですが、防犯と人数を考慮すると、女性が二階で男性が一階になりますが、それでいいですか」
異論はない、的確な判断だ。全員がうなずく。
「決定です。誰がどの部屋を使うかは、後で相談して決めてください」
女性陣が顔を見合わせていた。何かあるのだろうか。
「では、それぞれの部屋を決めて、荷物整理をして、落ち着いた頃また集まりましょう。生活の決まりなど細かいことをそこで決めます」
エルはすごいな。本当にありがたい。なんか、学校の先生みたいだけど……。
女性陣は、どうやら三つの組に分かれるようだ。サクラさんとシンティ、クエバとマーレ、ソフィアとイディアだ。ソフィアの組みは二人部屋を使う。なるほど、その方が都合がいい。
男性陣は適当だ。はっきり言ってどこでも構わない。ジェイドが私の隣は確定だが……。さて、料理長様は、台所が住む場所になるのかな。まあ、猫は自由だ。好きな場所で寝ればいい。
それぞれが自分の部屋を決めて、荷物を運び込む。と言っても、小型の次元箱を持っていくだけだ。この世界の引越はかなり楽だ。
部屋は1人用が6畳ぐらいだろうか。ベッドとクローゼットが備え付けられている。小さな机もある。日本人なら十分な広さだ。さて、ちょっと休むか。ベッドにごろりと寝転ぶ。
窓から外の景色が見えた。空と木の枝しか見えないが。静かないい場所だ。ナツメさん。ありがとうございます。
コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「カナデさん、起きていますか、みんなが集まっています」
ジェイドの声だ。ちょっと眠ってしまったようだ。
「すまない、ちょっと寝てしまった。直ぐ行くよ」
ドアを開けると、ジェイドが少しすまなそうにしている。
「起こしてしまってすみません」
「気にするな」
リビングに行くと、紅茶を飲みながらみんなが雑談をしていた。
「では、全員が集まりました。会議の続きをしましょう」
シンティが、少し大きな黒板を用意していた。
「みなさんが休んでいる間に、イグニスさんたちと話をしました。提案があるそうです」
何だろう?
「サクラの嬢ちゃんがな、当番表を作っていたんだよ。それでな、俺達のパーティーメンバーで相談をした結果、公共の場所の掃除や片づけは、おれらでやらせてもらえないだろうか」
本邸には、屋敷を管理する使用人がいる。しかし、ここは隠れ家だ。使用人はいない。なので、いろいろな家事は自分たちで当番制にしてやろうと決めてあった。
「ありがたい提案ではあるが、護衛ということで契約してあるんだぞ。そっちは大丈夫か」
私がそう言うと、
「護衛、必要か、お前ら」
イグニスが護衛対象の方をチラリと見てそう言った。
サクラさんがキョトンとしている。そして、
「いらないわね」
いや、いるでしょう。大陸の姫様だよ。
「だって、神装結界使えるようになるんでしょう。誰も私達に手出しできないんでしょう。なら、いらないわよ」
うん、正論だ。でも、ほら、一応体裁だけでもそうしておかないと都合が悪いんじゃないの?
「学院内では、護衛は基本いませんよ。イディアは学生として私のそばにいますけど、護衛ではないわよ」
ソフィアがそんなものよとあっさりと言う。
「登院するときと帰宅するときだけです。護衛が付くのは」
イディアもそう言う。
「そこだって、おまえら護衛必要か、このベニザクラ号に手出しできるS級魔物クラスの実力者いるか」
うん、絶対にいないな!
協議の結果、イグニスの提案は満場一致で可決された。
それでも、一応シンティがいつもそばにいることになった。ナイトのお仕事は、どうやらないらしい。いいのかなー。
「そうなると。やっぱりつなげておくか」
猫が大きな伸びをしてからあくびを一つするとそう言った。
「確か、一階に小部屋があったよな」
使用人用だろう。廊下の奥に4畳ぐらいの小さな部屋がある。
「そこにベニザクラ号の次元とつなげた出入り口を作っておくぞ。王都から離れすぎると使えないが、それ以外なら大丈夫だぞ」
全員が顔を見合わせた。
「ベニザクラ号から直接その部屋に行けるってこと?」
マーレが代表で聞いてくれた。
「そう言っているだろう」
猫が後ろ足で耳をかきながら瞳孔を細める。
「護衛、やっぱり必要ない」
クエバがぼそりとつぶやく。
全員がうんうんとうなずいた。
ジェイド、すまん、後で説明する。
「さて、昼飯を食べたら神装結界の練習だ。今日中に使えるようにするぞ」
猫がとんでもないことを言った。
次話投稿は明日の7時10分になります




