128 魔術学院祭(2)
魔術学院祭が開催されている。今日が最終日になる。
学院祭が始まるまでの5日間、隠れ家にはカレーの臭いが充満していた。出店で売り出すカレーを作っていたのだ。
生徒会役員達も3日前から泊まり込んでの準備になった。初めは緊張していたが、もともと順応性に優れたメンバーなのですぐに打ち解けた。
将来我が社で働いてもらうかもしれないのだ。丁重にもてなした。
結局、生徒会役員と隠れ家の仲間達との共同出店という形になってしまった。他のメンバーは、クラスの出し物もあるので結構忙しそうだ。
王都中の住人に配れるのではないかと言うぐらい作った。米も強大な釜でガンガン炊いた。時間停止の収納なので、余ったとしてもまったく問題ない。
学院祭は、招待状がなければ中に入れない。いままで貴族枠の教授達が配っていた特典だらけの招待状は1枚も配られていない。
なので、威張ったやつらも来ないと言うことだ。どこの出店でも特権をちらつかせたごり押しのトラブルは起きていない。
例外があるとすれば、入り口だけだ。なんとか姫と接触がしたい貴族や大商人が大勢押しかけてきていた。招待状がない者は通さない。近衛騎士団が全て追い返した。
「ニクス、何しているの?」
サクラさんの精霊神獣がカレー鍋の下で燃えていた。
「このカレーという半液体は、火力が強すぎると焦げてしまうのだよ。なので、私が丁度いい温度で温めているところだ」
「……」
「誰に頼まれたの?」
「リネスというメガをした女の子だ」
あいつか……。
「あー、お疲れ様」
まあいいか。
「ラリリンはなにしているの」
「焦げないようによくかき回しているかな」
「誰に頼まれたの?」
「ポニーという女の子だ」
あいつか……。
「あー、お疲れ様」
まあいいか。
カレーの出店は今戦場になっている。イグニス達が整理券を配って会場整理をしてくれている。特権をちらつかせるやつはいないが、強引に割り込もうとするやつらは大勢いる。
すべてイグニスがはじき出していた。適任だ。
ソフィアを探した。いた。回収した食器を魔法陣展開『洗浄』で処理している。神装力を使った本気モードだ。それでも食器は山積みになっていた。
エプロン姿がよく似合っている。姉も通っていた高校の学校祭でカレーを作っていた。その姿を思い出してしまった。
(あーぁ、言い出しにくいなー)
しばらく見つめていたら、不思議に思ったのだろうソフィアが顔を上げた。
「カナデさん、私の顔に何か付いていますか。あっもしかしてカレーですか」
「いや、昔のことを思い出していたんだよ」
「……?」
「ソフィア、すまないがそろそろ交替の時間なんだが」
魔法陣学の研究発表の会場当番なのだ。エルとシンティも大忙しだ。ジェイドとサクラさんもそちらのお手伝いをしている。なぜかつくも(猫)が側にいた理由はさっき判明した。ニクスがこちらで捕まっていたのだ。
1日目は、数百年ぶりになる画期的な技術革新を是非確認したいと集まった研究者が暴動を起こした。全員が会場に入れなかったのだ。
なので、会場が急遽学生寮の前にある室内闘技場に変更になった。そこでも人手不足になっている。
「ああ、そうでした。忙しくて忘れていました」
ソフィアがエプロンを脱ごうとしたときに、悲鳴でも出そうな顔で生徒会役員達が私を睨んだ。
う、状況は理解した。私が後を引き継ごう。
そのまま、ソフィアが脱いだエプロンを受け取った。
駆け足で発表会場に向かって行く後を追ってホークが飛び立つのを確認する。ソフィアも公女殿下だ、護衛は必要である。
さて、ちょっと本気を出しますか。
(神装力第三権限開放、神力食器洗浄)
体内にある約40兆個の数倍存在している特別なミトコンドリアが活発に働き出した。
山積みになっていた食器がみるみるうちに洗浄され、きれいに積み重なっていった。それを見た役員達は、ホッとした表情でふたたびカレーの盛り付けに集中した。
チャルダンが会計か、適任だな。
メディといっしょに流れるようにお金の処理をしている。いいコンビだ。
モモンガのオキナが空いた食器を運んでくる。レーデルさんは隠れ家に残っている。
レームスさんの体調もコバルトブルーの実を食べたことで快方に向かっている。でも、楽観はできない状態である。
並んでいた客達の最後尾がやっと見えてきた。3日間の学院祭もいよいよ終わりが近づいてきた。
「いたいた、カナデ探したぞ」
環境学の先輩達だ。確か稲作の研究発表をしていたはずだ。なんだろう?
「ここのカレーライスのおかげでおれ達の発表もかなり注目されたんだ。反響がすごかったぞ」
ああ、なるほど、カレーライスのライスのほうに興味を持った人がたくさんいたというわけだ。
「ああ、卒業後は、是非我が国に来てほしいというお願いをされている6年生がたくさんいたぞ」
「でしょうね。ここで流れに乗れなかったらかなり出遅れてしまいますから、きっと必死ですよ」
「ああ、でも残念ながら6年生も5年生もエレウス王国とアルエパ公国のマルモル領に既に就職が決まっている。そこを何とかと、泣きつかれて困っていたよ」
「100パーセントエレウス王国が研究資金を出していますからね。そこは仕方ないです」
感謝状のような物を手渡して、先輩達は帰って行った。
魔法陣展開による『火球』がいくつも空に打ち上げられている。終了の合図だ。
実行委員や一般の学生達は、この後は『後夜祭』になだれ込むようだ。ほとんどの学生が寮生活なので、帰宅時間と方法の心配は無い。夜通し大騒ぎをするのだろう。
私達は隠れ家に帰って仲間達だけの打ち上げになる。ここに残ると警備やらなんやらで迷惑がかかってしまう。
片づけは一瞬だった。
「収納」
私の一言で全て片付いた。もはや誰も驚かない。当然のように流された。
「こちらも片付いていますね。なら、帰りましょう」
生徒会役員達はさすがに帰れない。なごり惜しそうに見送られた。
隠れ家のリビングには全員が集まっていた。
「チャルダン、売り上げはどうなった」
「金貨30枚ぐらいですね」
日本円で300万円か。すごいな。
「社長、本当に全額寄付でいいんですか」
「材料費はほとんどかかっていない。生徒会役員達も謝礼はきっと辞退する」
いや、本当ならばこちらがもらう権利がある。それに、野菜類は特売で大量に購入したのが時間漬けになっていた。スパイスも同じだ。在庫処分をしたようなものだ。
つくも(猫)も異論は無いようだ。アンモニャイト状態で尻尾を持ち上げていた。器用な奴め。
「では、どこに寄付するかが問題ですね」
ジェイドが考え込んでいる。何か心当たりがあるのだろうか。
日本や異世界あるあるでは、養護施設や孤児院が相場だが、エレウス王国にはそういう施設がない。貧困で生活に困っている者はいないのだ。賢王の名は伊達では無い。
「教育施設を作る元手にできませんか」
ん、どういうことだ。
仲間達も首を傾げている。
「魔術学院初等部よりも小さな子ども達が学べる場を作りませんか」
レーデルさんが勢いよく立ち上がった。
「おもしろい。賛成だ!」
魔術学院は、ジェイドの様な例外を除いて10歳からの入学になる。なので、それまでは家庭教師が教えている。
裕福でない子ども達は、塾のようなところで細々と学んでいる。もっと、お金に余裕がない子どもは、家で留守番になる。
「ジェイドは、学校を作りたいのか」
「はい、優秀な子ども達はまだまだきっといます。全ての子ども達が平等に学ぶ場が必要です」
く、これはおれの影響だ。おれの倫理観というか価値観を近くで見てきたからだ。どうする。まだこの世界では早いのか。
「カナデ、何を悩む。おまえはそういう価値観の世界の中で育ってきたのだろう」
レーデルさん。鋭いです。
「ジェイドの提案には賛成だ。だが、レームスさんと同じなんだ。まだ、この世界の人たちにはきっと受け入れられない可能性がある。保留にさせてくれ」
進みすぎた科学も倫理観も混乱の元になる。慎重に進めたい。
仲間達も私の葛藤に配慮してか何も言わない。
「それが保留なら、図書館に絵本や童話をたくさん寄付しましょう」
サクラさんが新たな案を出した。
「賛成です。今の図書館には、初等部の子ども達が読む本がありません」
ソフィアが真っ先に賛成した。
「うむ、それなら私も賛成だ」
レーデルさんもだ。
「いいですね。そうしましょう」
チャルダンもだ。
「ああ、それならおれも大賛成だ」
図書館の七不思議の1つ目が解決されることになるな。
これからは、
(「1つ目は……ないの」)
となるのかな。
芸術の探求者に相談するとしようか。
私がネメルさんのほうを見ると、「任せて」と言う感じでニコニコしながらラリリンの頭を撫でていた。
次話投稿は明日の7時10分になります




