012 王都の隠れ家(1)
『大樹の森編』の続編になります
ベニザクラ号は、王都にあるカボーグ家の別邸上空で静かに止まっている。御者台に座っているのは、サクラさんのお兄さんであり、エレウレーシス連合王国案内人ギルドのギルドマスターでもあるナツメさんだ。
別邸は、魔術学院がある王都南東の森の中に静かに建っていた。馬車が通れるような道はない。どうやら歩行型の樹魔車両でないと辿り着けない場所のようだ。
そこには、すでに先客がいた。ややメタリックな青い色をした樹魔車両だ。ナツメさんの『青竹ミカヅチ号』である。そして、その傍らには、ナツメさんの息子であるリムケンさんがいる。
ん、近くにもう一人いるぞ。子どもだな、誰だ。
金色のさらさらした髪の毛を風になびかせた端正な容姿の男の子だ。
うん、ジェイドだ。
まあ、いても不思議ではない。魔術学院初等部の生徒だ。今は春休みって所か。
ベニザクラ号が静かに高度を下げ、玄関前の広場に停車した。風の道の解除と共に認識阻害の結界も解除する。
いきなり現れた紅色の樹魔車両にびっくりする2人。しかし、御者台に座るナツメさんとサクラさんを見つけると、安心したように笑顔になる。
「サクラシア様、お待ちしていました」
リムケンさんがいたずらっぽく笑いながら丁寧に頭を下げる。
「なにふざけているのよ。怒るわよ。それに、ジェイド、久しぶりね。元気そうでよかったわ」
サクラさんが御者台からポンと飛び降りた。そして、ペンテとテネリの所に向かい、ねぎらいの言葉を掛けている。
私達も、樹魔車両から順番に降りていく。一番最後がエルだ。遠足の先生みたいだ。忘れ物がないかを確認している。
このメンバーで、しばらくここで暮らすことになる。うん、ちょっとワクワクしている。
ジェイドが不思議そうにソフィアを見ていた。
「生徒会の副会長がなぜ、カナデさん達と一緒にいるのですか?」
ああ、なるほど。ソフィアは副会長なんだ。なら、ジェイドが顔を知っているはずだ。
「ジェイド、久しぶりだね。元気そうで安心したよ。それから、ソフィアの事は、後で説明するね」
うなずく王子様。そう、ジェイドは、マイアコス王国の第5王子だ。
とりあえず、中に入ることになった。
別邸は、新築だった。
「いやー、3ヶ月しか期間がなかったからね。職人には無理なお願いをしてしまったよ。でも、アルエパ公国の一流の職人を総動員して建てたからね。妥協はしていないから安心して使ってくれ」
何をしているんですかお兄さん。妹思いにも程がありますよ。
「兄様。ありがとうございます。大事に使わせてもらいます」
全員で、ハハーという感じで頭を下げた。
ナツメさん達はこの後予定があるようだ。ギルドマスターだ、きっと忙しいのだろう。
イグニス達には、屋敷の周りの探索をお願いした。一応、警備などの計画も立てたい。
私とサクラさん、それからシンティとジェイドが残り、ソフィアさんの今後の事をナツメさんと相談する。ああ、それから猫が1匹ソファーで丸くなっている。
ジェイドが残っているのは、本人の強い希望だ。何か考えがあるらしい。
「ナツメさん。カロスト王国の王太子と面会がしたいんですが、何かいい方法はありますか」
「うーん、それは、結構難しい事だよ。何日も前にお伺いの書簡を送っておかないといけないからね」
「ですよね」
「ソフィアなら直ぐに面会できるんじゃないのかい」
「まあ、そうなんですがね、本当ならソフィアは今、旅行で他国にいるんですよ」
みんなで無言になる。王太子に会わないことには話が進まない。
「やっぱり、妹を通じて面会しましょう」
「それは無理でしょう。敵がそれを許すはずがないです」
またみんなで無言になる。
「私の名前で申し込めばいいんじゃないの」
サクラさんが提案する。
「それも駄目です。相手に既成事実を作らせることになってしまいます」
それこそ相手の思うつぼだ、いつの間にか婚姻が成り立っているかも知れない。
「ふん、簡単なことだ。俺様が直接乗り込んで連れてくればいいだけだ」
猫が力ずくの提案をした。
ジェイドが固まった。そうか、ジェイドにはまだ教えていなかった。
「やっぱり、神獣様だったんですね」
ジェイドが静かに跪いた。
「その行為は必要ない。俺様とおまえは仲間だ」
猫が優しく声をかけた。
ジェイドの笑顔が弾けた。その時、ソフィアが不思議そうに辺りを見回した。そうか、『精霊の愛し子』であるソフィアには、精霊が喜ぶ気配が分かるんだ。
ん、精霊、そうか。確かに確認する必要があるな。
「ナツメさん。ここはつくも(猫)にお願いするしかなさそうです。それに、確かめないといけないことがあります。王太子に精霊の気配が分かるのかどうかです」
ナツメさんが全てを理解したとうなずいた。さすがだ。
「どういうこと?」
シンティが聞いてきた。
「シンティも分かる方だよね。ソフィアも分かる方だ。王太子がもし分かる方なら、今後の戦略が変わってくる」
ああ、と言う表情のシンティ。
「なら、本気モードの王族ユニットの出番だな」
ナツメさんがにやりと笑った。
「はい、場所はキリヤ島。そこに本気モードのベニザクラ号を待機させ、つくも(猫)の風の道で王太子を招待しましょう」
全員がうなずいた。
次話投稿は明日の7時10分になります




