117 チャルダンの家族
「忘れ物はないですか」
エルはやっぱり引率の先生だな。
ベニザクラ号は、チャルダンの国『ディスポロ商業公国』に向けて旅立つ。といっても、マッハ1なのであっと言う間に到着してしまう。
「カナデさん、ディスポロ商業公国上空の飛行許可はあるんですか」
ジェイドが確認してくる。大事な事だ。
「ナツメさんが書類を整えてくれた。ロギスさんのサインがあったので直ぐに許可が下りたみたいだ」
ドモンが失脚したので、今はロギスさんが一番の大富豪になる。影響力も大きい。
「出発します」
今回は、ペンテとテネリのコンビだ。次元渦巻があるので、居場所には困らない。
「目的地はディスポロ商業公国首都です。距離は約1500キロメートルになります。マッハ1で進むので、約1時間半で到着します」
旅客機の時速がだいたい900キロメートルになる。それよりも速いと言うことか。風の道重ねがけはでたらめな力だな。
ディスポロ商業公国は、エレウレーシス連合王国とストラミア帝国の間に広がっている内海にある。大きさは、日本列島の半分ぐらいだろう。
多分だが、大陸同士がぶつかったときにできた島だ。
「ディスポロ商業公国上空です。止まります」
減速無しでピタッと止まる。
「さすがにいきなり首都上空は飛べないよな」
「はい、なのでいったんここで降ります。休憩もしましょう」
私とサクラさんで打合せをしている間に、他のメンバーは海に浮かぶ島を眺めている。
「空から見るとこんな感じなのか」
「長細いですね」
「陸路だとレオーフ州王国から船で渡るんですよね」
「一番近いところなら船で5キロメートルぐらいだな」
『風の森』パーティーは指名依頼で何回も渡っているんだろう。
ベニザクラ号がゆっくりと降下していく。首都まで100キロメートルほどの場所にある砂浜が着陸場所だ。
「船と魔動車で移動すれば、15日はかかる距離なんだがな。なんで1時間チョイで着くんだろう」
チャルダンがぼう然としている。うん、慣れろ!
「少し早いですが、ここでお昼にしましょう」
異議を唱えるものは誰もいなかった。
マーレさん特製のお弁当を平らげる。イグニス達は二人分だ。王都までの旅の教訓は活かされている。
「チャルダン、ここから風の道を使っても大丈夫なのか」
「主都の10キロメートル前までなら大丈夫です」
「わかりました。通常タイプの風の道で約1時間。そこから街道を車輪型で進んで20分と言ったところですね」
「よし、それでいい。行こうか」
「首都です」
予定通りの時刻に首都に着いた。
馬車は走っていない。全て魔動車だ。ベニザクラ号は目立っている。町並みはきれいに区画整備されている。さすがは商業の町だ。
人口も多そうだ。
町にはロギスさんの本店もある。いろいろお世話になっているので挨拶ぐらいはしておこう。
「チャルダンさん、道案内お願いします」
サクラさんに呼ばれてチャルダンは御者台に座った。
「そこを右に曲がると貴族門があります」
「王国みたいなお城じゃないのよね」
「はい、普通の邸宅です」
門が見えた。シンプルな門だ。
チャルダンが座っているからだろう。ベニザクラ号は検閲の為に止められる事もなく門を素通りした。
落ち着いた外見をした建物の前で停車した。執事だろう、きちんとした身なりの男が近寄ってきて礼儀正しくおじぎをする。
「チャルダン様、お帰りなさいませ。公爵閣下が執務室でお待ちしております」
視線を私達に移した。
「セルビギティウムの姫様、そして、ナイト様貴賓室のご用意が整っております。ご案内いたします」
イグニス達はベニザクラ号で待機する。次元渦巻があるので、車内は高級ホテルのような設備になっている。
わざわざかしこまった場所には行きたくない。エルとシンティも同じだ。工房にこもると言っていた。
ジェイドも王族なので、
「ぼくが行くと迷惑になりませんか」
と、心配していた。
「問題ないよ」
チャルダンが言うならまあいいか……ということで今いっしょにいる。
部屋で休んでいると、チャルダンがやって来た。
「儀式は終わったよ。これでぼくは自由だ」
「身分はどうなるんだ」
「貴族籍を抜ける手続きをしてもらった」
「いいのか」
「そのほうが気が楽なんだよ」
チャルダンは心の底からそう思っているのだろう。すごくスッキリとした顔をしていた。
「そうか、なら、おれと同じ平民だな」
「光栄だね、カナリズマ社長」
商人としてして生きる。そういうことか。
ドアをノックする音がした。
「サクラシア様、カナデ様、ノスチロール公爵が謁見を求めています」
ハハハ、謁見か。サクラさんではなく、サクラシア様に会いたいということだな。
「わかりました」
執事は動かない。どうやら向こうからここに来るようだ。
やがて、温厚そうだが眼光だけは鋭い壮年の男が、家族だろう女性と青年を伴って入ってきた。
「サクラシア様、デリコス・ノスチロールと申します」
「アルアクスと申します」
「アスタメートンと申します」
「サクラシア様、アルアクスが母です。そして、アスタメートンがぼくの弟です」
「始めまして。サクラシアです」
「兄の命を救っていただいたと伺っています。本当にありがとうございました」
「チャルダンは大事な仲間です。当然の事をしただけです」
緊張気味だった表情が少し緩んだ。ホッとしたのだろう。
「私からの提案があります」
ん、何でしょう? みんながキョトンとしている。
「私もチャルダンも平民です。堅苦しい話し方はやめませんか」
公爵一家が顔を見合わせた。
「そうしてくれないか。騎士は苦手なんだよ。丁寧に扱われるのがね」
くそ、悔しいがその通りだ。
「わはははは、やはり、息子と同じ変わり者か」
デリコス様が豪快に笑い出した。
「では、遠慮なくそうさせてもらおうか」
この時代の為政者はみんなこんな感じなのかな。切り替えが早い。
「ふー、よかった。私も疲れる姿勢と話し方が苦手なのよ」
3分限定のサクラシア様モードが時間切れになったようだ。
夕食を是非一緒に食べたいという母親と弟の懇願に負けた私達は、今夜はここで一泊することになった。嫌がるイグニス達も、この雰囲気ならまあいいかとベニザクラ号から降りてきた。
「兄はカナデ様の会社で働くことになるんですね」
「ええ、会計の仕事をしてもらいます。動くお金はこの国の予算よりも大きくなる予定です。天才会計士の出番です」
「チャルダンなら大丈夫だろう。子どもの頃から変わり者だったが、数に対しては天才だった」
父親がバンバンと背中を叩いている。
「いたたたた、ははは、今はメディの部下だよ」
家族の生暖かい視線がチャルダンにチクチクと刺さっていた。本人は気にしていない。大物だ。
「そう言えば、サクラシア様に何か話があったんじゃないんですか」
「ああ、サクラシア様ではなくてカナリズマ社長に頼みがあったんだよ」
ん、なんだろう。
「ケルデース商会のことだ」
「どうなりそうですか」
「ドモンは失脚した。今は、別邸で暮らしている。屋敷からは一歩も外に出ていないようだ」
「魔動機関貴族と手を組んでしまったんです。同情はしませんよ」
「もちろんだよ。我が国でも同じ扱いだ」
「それで、頼みとは?」
「従業員のことだよ。君の会社で何人か採用できないだろうか」
ああ、そういうことか。
「その事でしたらメディが動いています。でも、いい機会です。面接をしてもいいですか」
「ああ、好きにしてくれ」
「私が気に入らない社員は、どんなに優秀でも採用はしません。ケルデース商会と共に静かに終わりを迎えてもらいます」
「ほう、意外と冷徹な決断ができるんだね。気に入ったぞ」
デリコス様がご機嫌だ。
「だから言っただろう、ぼくの決断に間違いはなかった」
「その通りだ。しっかり学べ」
デリコス様が泣き出した。泣き上戸か。お酒は飲んでいないけど……。
* * * * *
「チャルダン、これがリストだ」
次の日、早速面接をした。1人1分の自己アピールをしてもらった。もちろん、真色眼で赤玉はみんな不採用だ。色無しは保留。青だけ即戦力としてその場で採用を言い渡した。
「53人ですか。予想よりも少なかったですね」
「ドモンの影響を受けた考え方のやつが意外と多かった。あいつは商人としては優秀だったと言うことだろう。あと、メディを自分よりも格下だと勘違いしているやつらも全員不採用だ」
「当然です」
強化した聴覚には不満の声が聞こえてくる。ここにも権力の意味を勘違いしたやつらがたくさんいる。やれやれだ。
「採用したのは即戦力だ。今週中には王都に旅立ってもらうぞ」
「父が全て手配します。文句を言う社員への牽制も任せてください」
うん、任せるよ!
ここでの仕事は終わりだ。さて、いよいよあの国に乗り込むとしようか。
次話投稿は明日の7時10分になります




