109 見えてきた神国の真実
夏休みでも魔術学院には学生が残っている。
学生の半数は平民学生だ。そして、だいたいがお金には余裕がない。なので帰省するお金もないのだ。
貴族学生を多数受け入れるようになったのには、こういった事情も関係している。裕福な貴族学生を受け入れて、多額の寄付金を募った。
そのお金を学生寮や食堂の運営資金に回した。初めの頃の貴族学生は事情を知っているので、優秀な平民学生との交流を大事にしてきた。そして、自分の領地に来てほしいとお願いしたのだ。
それが、多額の寄付をしているのだから特権を認めろという学生が出てきたことにより事情が変わってきてしまった。
創設者のレーデルさんがこもるようになってからは、貴族枠の教授達が発言権を強めていった。多額の寄付をしていた貴族の家系だったからだ。
今は、総合研究所の発明品が売れるようになったので運営資金は潤沢だ。寄付も募っていない。
平民学生は、学生寮と食堂の3分の2の金額を学院に負担してもらっている。学生達は、帰省するよりも学院にいた方が都合がいいのだ。
生徒会室には、イローニャとミラーシさんが来ている。ナダルクシア神国の情報提供のためだ。生徒会メンバーはいない。こちらのメンバーは、私とジェイドとレーデルさんだ。もちろん猫もいる。
「カナデ君、依頼を引き受けてくれて感謝するわ」
ミラーシさんが真面目にお礼を言っている。以外だ!
「カナデ、おれからもお礼をさせてくれ。行方不明者の中には、おれの知り合いもいる」
「まだ、保護したわけではないですよ」
「おまえ達が動くのだ。それはもう保護されたと同義だ」
何だろう、この信頼感は……。
「それで、ナダルクシア神国についてはどこまで分かっているのですか」
ジェイドが冷静だ。
「本国では魔動機関貴族を全て拘束し尋問している。伝書魔鳥の知らせでは、たいした情報を持っていなかった。ダーチェリストは頑なに供述を拒んでいる」
知られるとまずいことがたくさんあるんだろうな。
「屋敷の家宅捜索もしているので、追加の情報は出てくるはずだ」
「貴族って、自分の身を守るための努力は惜しまないはずだからあまり期待しないでおくよ」
「そうですね、きっと、証拠は残していないです」
ジェイドも同じ意見らしい。
「神獣様がナダルクシア神国へ直接乗り込むのだ。どんなに隠していても全て暴かれることになる。心配するな」
レーデルさんの言う通りだ。最近のつくも(猫)は壁抜けも可能らしい。隠し部屋があっても関係ないよな。
「これは、ナダルクシア神国の周りにある村人の証言だ。1000年ぐらい前から不思議な出来事が起こっていたという言い伝えがある」
やはりそうか。レームスさんが関係している。
「鉄の生き物が動いていた。大きな音がした。爆発する音が聞こえてきた。そして、黒くて大きな物が空を飛んでいた……」
「魔動車と飛行船ですね」
ジェイドの言う通りだな。
「それだけではない。細くて長い物が、大きな音で雲を吐き出しながら空高く飛んでいったという言い伝えも残っている」
う、ロケットか。と言うよりも弾道ミサイルに近い物かもしれないな。
「それは、ボクにはイメージできません」
ジェイドよ、まだ無理だ。おれもきっとこれの説明はできない。話そうとしたら頭にモヤがかかるだろう。
「この不思議な出来事は、世界樹の裁きと共になくなっている。なので、言い伝えもあやふやだった」
800年近く言い伝えられてきたことの方がびっくりだよ。長寿の種族がいるから実現したのだろう。でも、今のうちに資料として残しておいた方がいいな。
レーデルさんを見ると、目をキラキラさせていた。
うん、任せよう。
「次ぎに行方不明者の方だ。これは、200年前位からの事になる」
イローニャが資料に目を落とした。
「種族は決まっていないが、一番多いのが地質学者になる」
ん、なんで? 技術者じゃないの。
「大陸移動説が絡んでいる」
ああ、そういうことか。
「その説には、私もかなり関心がある。独自に調べてもいた」
レーデルさんが身を乗り出した。
「大樹山脈は、2つの大きな大陸がぶつかったことで誕生したという説が発表されている。その説を確かめようとナダルクシア神国に入った学者は皆帰ってきていない」
く、その人達の安否はかなり深刻だぞ。
「大陸移動説のことを話題にしてはいけないというのは、このことが原因だったんですね」
「そうだ。興味本位で近づくなと言う警告が含まれている」
おお、ストラミア帝国としては、学者達を守る立場での行いだったんだ。以外だ。
「魔動機関貴族どもが、秘密に近づかれるのを嫌がったという事情もある」
ですよねー。
「我が国の学者が一番多い。30人近く行方不明だ」
「他の国の行方不明者の名簿はあるのですか」
「残念ながらない」
「わかりました。行ってみないと分からないですね」
「他にも、技術者が多くいなくなっている」
「魔動機関貴族は関係していますか」
「技術者に関してはそうだ。なので、今厳しく問い詰めている」
「わかりました。出発は8月29日を予定しています。それまでに名簿ができていたら知らせてください」
「なつめ経由でいいかしら」
「ミラーシさん、それでお願いします」
次はグライヒグからの聞き取りになる。ねこちゃん印工場へ移動だ。
「ジェイドとレーデルさんはどうしますか」
「ボクは隠れ家に帰ります」
「うむ、私もそうしよう」
「図書館の資料庫から帰りますか」
「そうさせてもらうよ」
レーデルさんもジェイドもグライヒグとは顔を合わせたくないか。ならば、おれ1人で行こう。
「メディ、工場での生活で困ったことはあるかな」
「社長、あなたはふざけているのですか」
ん、なんで?
「工場で働く社員をこんなに優遇して何がしたいのですか」
ああ、そこね。この世界の人たちに福利厚生の知識はないからな。不思議なんだろう。
「幸福の実現、企業イメージの向上が目的だよ」
「給与だけ見てもここら辺の工場の倍はありますよ。それに加えて、住宅や食費にまで補助が出るなんて聞いたことがありません」
「従業員とその家族の生活の安定と向上、優秀な人材の確保・定着、従業員のモチベーション・生産性向上の面から考えたらどうかな」
メディの横でニコニコしているチャルダン会計主任に聞いてみた。
「住居費、育児、健康維持を支援することで、安心して働ける環境を提供することができます。結果として、収益増に繋がりますね」
チャルダンが淡々とそう説明すると、
「この会社の収益と社員の質だからこそ成り立っているのです。他の会社が真似をしたら倒産しますな」
グライヒグも表情一つ変えないで補足をした。
この3人は結構気が合うのかもしれない。
「副社長はどう思う」
我関せずで自分の仕事をしてる元ポンコツC級スター冒険者に聞いてみた。
「収益右肩上がり、やめる従業員がゼロ。それが答えだ」
書類から目を離すこともなくそう言った。
「はー、副会長の言う通りなんです。こんなに社員にお金を使っても、どんどん収益が増えているんです。それに、工場の士気も高くて、不良品もほとんどないんです。さらに、従業員達から次々に新しい作業改革のアイデアが出てくるので、生産性もアップしていくんです」
そう一気に話してドカッと椅子に座ってしまった。よほどのカルチャーショックだったようだ。まあ、その内に慣れるよ。
「グライヒグと少し話がしたい。借りていくよ」
どうぞどうぞ、気が済むまでどうぞ。と言う雰囲気の会社役員達に見送られて別室に行く。
「どうだ、ここの生活は」
「これが私への罰だというのなら、かなり効果的ですな」
表情も変えずにそう言った。
「ふふふ、おまえにとっては異世界だろうこの工場は」
「ストラミア帝国の思想とはかなり違います」
「姫が作る新しい秩序はこの工場と同じだぞ」
「100年、猶予が必要です。そうしないと帝国が崩壊します」
「もちろんそのつもりだよ」
どことなく安心した表情をするグライヒグ。こいつも少し変わってきたのかな。
「今日の本題はナダルクシア神国のことだ」
「何が知りたいですか」
「レームスさんの発明はどう管理されている」
「特別な結界が張られている倉庫に全て保管されているはずです。800年間一度も開いたことがありません」
「世界樹の裁きのあとの事だな」
「その通りです」
「ダーチェリストは開ける事を望まなかったのか」
「彼が迫害されていたのは、封印解除命令を拒否したからです」
やはりそうか。
「設計図はどうなっている」
「800年前に持ち出されてしまった物は魔動機関貴族が代々に渡って引継ぎ管理してきました」
「魔動車や飛行船などがそれか」
「はい、他にも魔法力測定器や防御魔道具、ゴーレム技術なども含まれています」
グライヒグが樹魔に吹っ飛ばされたときに身につけていた魔道具だろうな。高性能のはずだよ。
「わかった。あと、ナダルクシア神国の組織図が知りたい」
「神官が国の中心です。国民は全て世界樹様の信徒になります。技術者の多くは、甘い言葉で引き寄せ無理矢理働かせています」
「一応、本人の希望と言うことになるのか」
「建前はそうなっています」
家族には嘘を言って連れ出しているのか。でないと、行方不明者にはならないよな。それと、中には積極的に関わっているやつもいるだろうな。
「神官の頂点は誰だ」
「自らを『ハイトリプル』と呼んでいる一族です」
ん、トリプルは3種族の混ざりだよな。
「その存在を知っているのは誰だ」
「魔動機関貴族の一部、現在はダーチェリストだけでしょう」
「なぜおまえが知っている」
「神国宝物殿の文献で調べました」
「レームスとの関係はどうなっている」
「1代目までは良好だったようです」
2代目からは都合よく利用されていたか。
「神国が隠していることはまだあるか」
「推測でよろしいですか」
「構わない」
「転移魔法陣がどこかにあると思われます」
「……」
まじか……!
「何処にあるか分かるか」
「そこまでは分かりません。ただ、レームス殿が突然現れたと文献に記述が残っていました」
「このことを知っている者はいるか」
「その一族以外はたぶんいません」
「わかった。このことは機密だ」
「了解しました」
グライヒグはまだ、何かを言いたそうにしていた。
「気になることがあるのか」
「クエバ殿のことです。彼女の本名は『クエバリーナシルフィーローゼ・モリターナル』です。『モリターナル』はナダルクシア神国の1代目が名乗っていました」
そう言ってから一礼をすると、そのまま出ていった。
ダーチェリストがしつこく囲い込もうとしたのには、そんな理由もあったのか。
「レームスさんにも聞かなくてはいけないことが出てきたな」
体調の事を考えると無理には聞きたくない。レーデルさんと相談だな。
次話投稿は明日の7時10分になります




