011 つくもの思い
『大樹の森編』の続編になります
キリヤ島での生活は今日で最後になる。2日間の自由行動が終わる。つまり、『基礎研究仕放題』も終了になる。しばらくはまた忙しい日々が始まるのだろう。
だが、成果はあった。5人の王太子とその婚約者を10層攻略の協力者にする。この任務の最初の一人との交渉に見通しができた。それも、一番難航するかも知れないと予想していた、カロスト王国の王太子だ。
明日はベニザクラ号で堂々と王都に入都することになる。いろいろな貴族や権力者達がそれぞれ思惑を抱えて待ち構えている所に乗り込むのだ。正直面倒だが仕方ない。私も本気を出していかないと、足下をすくわれてしまうだろう。
交渉の鍵となりそうな二人の淑女は、つくも(猫)に胃袋を捕まれた。もやはこちらの言いなりだろう。脳筋剣士はイグニスの弟子になった。いろいろと役に立ってもらおう。
ベニザクラ号の中が何やら騒がしい。何があった。
「料理長、キッチンユニットが完成しました。ご希望の機能はだいたい揃えられたと思います。確認をお願いします」
「うむ、でかした。早速使ってみるか」
エルとシンティが猫に跪いている。
システムキッチンみたいなものか。そんなものも作らされていたのか。でも、確かにあると便利だ。きっと、王都の別邸でも。つくも(猫)が料理長だろう。
「うむ、だいたい希望通りだな。よくできている。さすがはエルとシンティだ。褒めてやろう」
エルとシンティがハイタッチをしてから小躍りをしている。よほど嬉しいらしい。
「それにしても、いちいちユニット交換するのは面倒だな。どれ、次元をつなげておくか」
猫がテクテクとリビングの壁に歩いて行き、魔法陣を組み立て始めた。
ん、ちょっと待て、今何かとんでもないことを言ったような?
「よし、こんなものか」
「ニャッ」とないて、出来上がった魔法陣を壁に押し当てた。
そこには何やら揺らめく白い渦ができている。
何だあれは? みんなが注目している。
「さて、ついでだ、全部の部屋をつなげておくか」
そう言うと、完全宿泊型になっている全ての部屋の壁に同じ魔法陣を押し当てていく。さらに、床全体に魔法陣を広げ、それを押し当てる。全ての床に同じ事をする。
「よし、いいな。では術式展開……定着……よし完了だ」
何が起きている。つくも(猫)説明して!
私の願いが通じたのか、つくも(猫)がみんなを集めた。
「第3世代型次元箱のユニットは画期的だ。エル、偉いぞ。時代を100年は飛び越している。しかし、いちいちユニット交換をするのはさすがに面倒だ」
まあ、そうだ。トイレやお風呂、寝室に台所と、ユニットを使えるのは完全宿泊型になっているときでも3つが上限になる。
「なので、全てのユニットを異次元でつなげた。俺様も最近できることに気がついた能力だが、神力でつなげたものは絶対に異常は起こらない。これは絶対だ」
うん、「神に誓って」と言う台詞そのままだな。でも、異次元でつなげたって、嫌な予感しかしないぞ。
「カナデ、ここから4番の部屋に行ってみろ」
はい、やっぱり。私が実験台だ。
「この渦の中に入れってこと。神装結界発動するんじゃないの」
「当たり前だ、それがなければ入ることはできないぞ」
なんだ、なら、おれとつくも(猫)しか使えないじゃないか。まあ、そのほうが面倒事にはならないからいいか。
渦の中に恐る恐る入る。ん、白い渦がいくつも見えるぞ。
ひょいっと、顔だけ出してつくも(猫)に聞くことにした。壁から顔だけ出ているようにエル達には見えているだろう。すまん、気持ち悪いよな。
「つくも(猫)、白い渦がたくさんあるんだけど」
「どれでも同じだ。自分が行きたい場所をイメージすればそこに行く」
ふーんそうなのか。じゃ、ここで、いいや。
4番部屋に行きたい。そう思って渦の中に入ると、出た場所は4番部屋だった。そこから、リビングに歩いて行く。
「本当に4番部屋に出たよ」
私がそう言いながらリビングに行くと、他のメンバー達が一斉にこちらを向いた。
「当たり前だ。神力だぞ。技術に関しては間違いや冗談は一切ない」
「でも、この力おれとつくも(猫)しか使えないよ」
私がそう言うと、全員がうんうんとうなずく。
「何を言っている。ここにいる全員が、朝食の時、白銀の実を食べただろう。みんなが神装力第二権限の結界を使えるようになったはずだぞ」
なんですとー!
聞いてないぞ、いや、頼んでないぞ、いや、いいのか本当に……。人間やめますかと聞いてからやろうよ。
みんなが固まっていた。
「何をびっくりしている。10層に行くと言うことは、神装結界を使いこなさなければならないということだ。ここにいるメンバーは、全員そのつもりではないのか」
全員が顔を見合わせた。
「俺達は、そのつもりだ」
エルとシンティは即答だ。
「私も問題ないわよ」
サクラさんも平然と言い切る。
『風の森』パーティーのメンバーは困惑顔だ。
「あのー、その力をなしにするってできるのか」
イグニスが恐る恐る聞いた。
「問題ない、俺様が状態異常として扱えば、直ぐに無効化できる」
ホッとするメンバー達。
巻き込まれた感じのソフィア達は、ようやく状況が理解できたらしい。
「私達も、問題ないです」
まじですか。本当にいいんですか。
「緊急会議を開きます。みなさん、リビングに集まってください」
エル、全員そのリビングにいるよ。
「料理長から提案された件を、整理します」
エルのこういう能力は本当に貴重だ。
「まず、私達は、白銀の実を食べたことにより、神装力第二権限と言う力を授かりました。また、この力は、神装結界という、カナデ達が使っていた力の一部を使えるようになります。料理長、これで合っていますか」
猫がうなずく。
「そして、ここが大事なことです。10層に行くには、この神装結界を使えるようにしないといけません」
猫がうなずく。
「また、この力は料理長がいつでも無効化できます」
猫がうなずく。
「では、この力はどんなことができるのでしょうか。説明を求めます」
全員が猫を見る。
「次元空間に入るときにはこの結界を張らないと入れない」
全員がうなずく。
「この結界は、俺様とカナデの他には世界樹の精霊しか破ることができない」
ソフィアが精霊の言葉にピクリと反応した。
「認識阻害が使えるようになれば、そこにいるのにいないということになる」
全員がゴクリとつばを飲み込んだ。
「エルが作ったユニットに、自由に行けるようになる」
ん、と全員が首を傾げた。
「トイレ、お風呂、食料庫、工房に寝室。全てに、そこの渦を通れば、ベニザクラ号が通常型でも関係なく行けるようになる」
女性陣の目が輝いた。何ということだ、トイレ問題、お風呂問題が全て解決する。
イグニスとシンティの目が輝いた。おやつ食べ放題ではないか。
エルの目が輝いた。工房にこもれる。
リーウスの目が輝いた。いつでも昼寝ができる。
「料理長、身体に異常が出るというような、何か困ることはありますか」
「神力だぞ。絶対にない」
うん、つくも(猫)、全て計算尽くでやったな。まったく。たまにはやる前に相談してよ。でも、ありがと。これでまたひとつ、結束が強まったよ。
さて、問題はソフィア達だな。
私はソフィア達を見据えた。
「ソフィア、本当にいいの、キミたちは巻き込まれたようなもんだよ。今なら引き返せるよ」
「いいえ、これも精霊のお導きなんです。覚悟はできています。私達は、カロスト王国と縁を切ります」
いや、そこまでの覚悟は……、必要なのか?
(カナデ、その子は『精霊の愛し子』だ。おまえがこれからやらなければいけないことを助けてくれる存在になれる子だ。受け入れてやれ)
「分かった、でも、カロスト王国との関係は、そのままでいいよ。王太子の反応次第ではあるけど、悪い方向には行かない気がするんだ」
ホッとしてうなずく2人。
(つくも(猫)、本当にありがとう。でも、これからはやる前に少しは相談してね)
(ふん、俺様はおまえを守ると決めたからな。当然だ。ただ、今の俺様の神力では、使える力はここまでだ。あとはおまえ達で何とかしろ)
ああ、もちろんそのつもりだよ。全員が結界を張れるようになったという事は、みんなに危害を加えることができる存在がなくなったということだ。これはありがたい、おれが動きやすくなる。
はしゃぐ仲間達を見ながら、私はそんなことを考えていた。
さて、なんだかんだで、戦うための準備は整った。明日はいよいよ王都に乗り込む日だ。うん、なんかできる気がしてきたぞ。
その夜は、また宴になった。といってもお酒は出ない。みんな学生だ。ドワーフのイグニスはお酒を我慢できるのだろうか。気になって聞いたことがある。
冒険者はみんな問題なく我慢できるそうだ。それができないような意志が弱いものは、大樹の森の冒険者にはなれないと言われた。なるほど、そんなものか。
昨日の燻製をはじめ、ナツメさんがもってきた食料は、全て食べ尽くした。まあ、ほとんどが食いしん坊コンビのお腹なのかに消えたのだが。
* * * * *
8日目の朝が来た。さあ、王都に向かって出発だ。
「風の道」
サクラさんの風の道が王都から少し離れた街道に向かった。認識阻害は発動している。後は、人がいない場所を見つけてそっと降下するだけだ。
「出発します」
景色が後ろに飛んでいった。ソフィア達がぼう然としている。まあ、これから嫌でも慣れるだろう。他のメンバー達も、ソフィアの決意を理解した。もう大事な仲間だ。
「見つけました。降下します」
ベニザクラ号が減速なしでピタッと止まる。そして、ゆっくりと降下していき、着地と共に認識阻害を解除する。
そして、何事もなかったように、街道を進み出した。
「入都門が見えてきました。シンティ、旗を掲げて」
シンティがうなずき、セルビギティウムの紋章が入った旗を掲げた。そして、その下にはねこちゃん印のシンボルである猫が描かれた旗も掲げられている。
王都にも検問がある。当然、サクラさんは貴族門からの入都になる。大陸の象徴の紋章がはためく車両を止める検査官はいない。そのまま素通りで王都に突入した。
ベニザクラ号は目立つ。少し丸みを帯びた車両など、魔動車をぬかせば存在しない。しかも神秘的な紅色だ。あっという間に、『サクラシア様が入都した』という伝令が貴族街に届くことになるだろう。
その知らせが届くよりも早く、ベニザクラ号は、貴族街にあるカボーグ家の邸宅に到着していた。
そこには、ナツメさんが笑顔で待っていた。
ソフィアをみて、「どうなっているの?」という顔をする。サクラさんが事情を簡単に説明した。
「なるほど、ならば、歓迎するよ」
カボーグ家の一族は切り替えが早い。
では、王都の別邸に案内するよと、そのままベニザクラ号の御者台にすわり、風の道を展開させ静かに浮き上がった。つくも(猫)が認識阻害の結界を張る。
別邸は、魔術学院がある森の中をさらに奥に行った場所にひっそりと建っていた。そこは、別邸というよりも、もはや隠れ家と言った方がしっくりくる。そんな場所だった。
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