100 終わりの始まり
ミリコスは、仲間達を誘って元婚約者といっしょに『入り口の町』に旅立った。
「音楽とは何だ?」
ずっと、この言葉をつぶやいていたらしい。
大合唱で受けたショックは相当なものだったのだろう。
『多言語翻訳君』は、私が理解しやすいような最適化された言葉で変換する。
私が言った『音楽』の言葉が、どのような意味でこの世界の人たちに届いているかはわからない。
『楽しむ』という文化は、高度で発達した平和な文明の中で花開く物だろう。ミリコスにはまだ理解できなくて当然だ。
この世界の文明は偏っている。『芸術』『教育』『技術』『薬学』『次元』『冒険』探求者が名乗っている分野についてはかなり発達している。
楽器についても初めはびっくりした。地球の物とそっくりだったからだ。本当の名前は微妙に違うと思うが、私にはそのままの言葉で変換されている。なので違和感もない。
文明の発達速度と探求者の存在には関係がある。10層に行けばこの謎も教えてもらえるのだろう。
『精霊の踊り』は、元の持ち主に返却された。皇帝の名で約束されたのだ。ゴネようがない。それに、ストラミア帝国の楽団長の態度も軟化していた。
エレウス王国王妃のバイオリンの音色に思うところがあったのだろう。
滞在中は合同練習をしているようだ。私達は、魔法戦の準備が始まるのでもう参加は難しい。少し残念だ。
* * * * *
「マーレさん、おかわりをもらってもいいかな」
ここは、魔術学院にある円形闘技場である。
マーレさんに昼食のおかわりをねだっているのは、聡明さを隠そうともしない風貌の男である。
名前を『エーデルシュタイン』という。この国の国王だ。
「エーデル様」
「なんだ」
「仕事に行かなくていいんですか」
「文官達は優秀だ。二人ぐらいいなくてもなんとでもなる」
「陛下の言う通りです」
同じようにおかわりをしてご機嫌でカレーを食べているのは、この国の宰相である『キュリンドル』だ。
「マーレさん、後で鍋ごと届けましょう」
お城で働く文官達への差し入れだ。
「このカレーを食べると、城のカレーはまだまだだということがよく分かるな」
「その通りです」
実に平和な会話だ。
「騎士よ。芸術勝負は見事だったな」
「仲間達の力があったからです」
「うむ、それも否定はしない」
「あの不思議な現象は何だったんだ」
二人もどうやらお忍びでその場にいたようだ。
「レーデルさんといま考察しています。近いうちに発表できるレベルになります。あれは、『精霊』です」
「その存在は確認されていなかったよな」
「あの『精霊の踊り』がストラミア帝国に渡ってしまったからです。現在の技術で精霊達を具現化できるのはあの魔道具だけだったんです」
「なるほど、そういうことか。ストラミア帝国は騙し取ったのはいいが、使い方がわからなかったのでただの国宝になってしまったということだな」
エーデル様がご機嫌だ。きっと、ざまあみろとでも思っているのだろう。私もそう思っているが。
「精霊はどこにでもいます。そして、楽しいことや美しいものが大好きなんです」
ジェイドの協力者たちがいい例だ。美しい容姿、美しい精神、才能溢れる知性、全てを備えているので精霊達にとってもアイドル的な存在なのだ。
「まだ仮説の段階ですが、『加護』は精霊の力ではないかと考えています。新大陸に存在する大精霊は『風の精霊』だけなんです」
まだ仮説だ。でも、レーデルさんと議論した結果、事実だろうと確信している。アステル湖島の精霊結晶は、何らかの原因で大精霊になれなかったのだろう。
「そうか、知識の探求者との合同研究として発表してくれるのだろう。楽しみにしているよ」
エーデル様はそれ以上は聞こうとしなかった。この人は思慮深い人だ。
「さて、いよいよ明日が魔法戦になるが、おれ達にして欲しいことはあるか」
「以前お願いしたこと以外はありません。全て予定通りに進んでいます」
「ふふふ、仕込みは完璧か。ならば、あいつの出番もあるな。招待しておいて駄目でしただとおれの立場がなくなる。安心したぞ」
「ナツメさんとアルティーヌさんが迎えに行っているのですよね」
「おれの親書を持たせた。超高速ゾーンを使えば1日で到着できる。今夜には王城に入れるはずだ」
あいつとはストラミア帝国の皇帝のことだ。エレウレーシス連合王国の王だからこその言い方だ。
負けたときに言い逃れができないよう皇帝に来てもらうのだ。『まとめてポイ』には、魔動機関貴族も含まれている。あいつらの終わりの始まりだ。
「試合前最後の作戦会議を始めます。議題は、まとめてポイです」
隠れ家の3階には平民学生達が30人といつもの仲間達が集まっている。
「まとめてポイの対象は、魔動機関貴族、貴族枠の教授、特権意識の高い貴族達、魔動機関貴族派の貴族や権力者達、その他10層攻略の反対派や抵抗勢力も含まれます」
「うーん、ずいぶん人数が多いな」
ジェイドの説明にボンがうなる。
「全てを一度に排除するわけではないぞ」
レーデルさんが説明を始めた。
「ここでは言葉にならないから説明はできないが、10層は可能性の宝庫だ。姫がそこに到達した時点で可能性は現実の物となるはずだ。そして、新しい秩序が生まれる」
「カロスが宣言した『大樹暦の始まり』見ないな感じですか」
ジェイドにも何か思い当たることがあるのだろう。
「うむ、世界樹の裁きさえ起こらなければ、緩やかな進化が始まっていただろうな」
この先は言葉にはできないのだろう。レーデルさんは話題を戻した。
「終わりの始まりになる」
ん、みんなの頭に? が浮かんだ。
「人類は進化していく。思考や倫理観価値観もそうだ。科学技術も進化していく。しかし、未熟な権力者が過ぎた力を持ってしまうと文明は歪んでしまう。魔動機関貴族がいい例だ」
ふっと、苦悩の表情を浮かべた。
「私の弟、レームスは、この世界の技術を緩やかに正しく導いていくはずだった。すまない。全ての元凶がここにある。あの、小さなミスがここまでの影響を及ぼすとは考えもしなかった」
サクラさんを見た。
「姫よ、おまえは希望だ」
これ以上は言葉にできないようだ。
「まずは魔動機関貴族だ。こいつらを排除すれば後は緩やかな終わりを迎えさせてやろう」
そう言って、ニヤリと笑った。
「貴族の特権意識がだめって事なのね」
サクラさんがざっくりとまとめた。
「今の段階ではそうです。国レベルの為政者はみな優秀です。取りあえず権力をそこに戻して、今後の新大陸をどういう世界にするのかを話し合ってもらうことになるでしょう」
私がそう言うと、
「ああ、特権意識を持った威張ったやつらの終わりの始まりって事か」
平民学生の誰かがそうつぶやいた。その通りだよ。
「カロスト王国だけは違うな。女王陛下は魔動機関貴族よりだ」
ボンが寂しそうにそう言った。
「ボン様が新しい王になればいいのです」
ソフィアがじっとボンを見つめていた。
「そうだな。うん、がんばるよ」
ボンにとっては母親だ。複雑な心境だろう。
「では、明日の対抗戦について確認しましょう」
エルが頃合いだと思ったのだろう、話題を変えた。
「おれ達はねこちゃんペンダントを身につけている。グライヒグは、おれが使っている力の元はこのペンダントだと確信したはずだ」
そう思うように仕組んだからな。
「だが、このペンダントは囮だ。今はただの飾りだ」
もう神力の付与は取り除いてある。
「本当の力の元は、すでにおまえ達の体の中にある。ただ、それを制御するために今身につけている腕輪が必要だ」
平民学生達が腕輪に触り確かめている。
「これは黙っていようと思っていたが、今のおまえ達なら話しても大丈夫だと判断した」
レーデルさんもにっこりと笑った。
「グライヒグは、試合前にそのペンダントを奪おうとしてくるだろう。どんな手段で来るかはいろいろなパターンがありすぎて特定できない。なので、おまえ達は自然体でいろ。奪われたら不安そうな表情を浮かべていい」
私の言葉にうなずく学生達。
「グライヒグは優秀だ。おまえ達が演技をすると違和感を持つ。なので黙っていようと思ったのさ。でも、必死になりすぎておまえ達が怪我でもしたら困る。なので全てを話すことにした」
そう言ってから、レーデルさんがめがねっ娘の顔になった。
「演技をしろ。焦って取り乱した姿を自然な形で演じて見せろ。今のおまえ達ならできる」
平民学生達が姿勢を正した。
「教官。了解しました」
レーデルさんは、彼らにとってはもやは教官なのだ。
「よし、戦う方法はもう言わなくてもわかっているな」
自信たっぷりにうなずく学生達。逞しくなった。
「これで会議は終わりにします。明日に備えてゆっくり休んでください」
準備は万端だ。魔動機関貴族達に引導を渡してやる。覚悟していろ。
次話投稿は明日の7時10分になります




