010 カロスト王国の事情
『大樹の森編』の続編になります
カロスト王国は、新大陸の北東に位置し、大陸で3番目に大きな国だ。王が絶対的な力を持ち、剣技と武術に重きを置く貴族がそれを支えて成り立っている。
隣国にはストラミア帝国が山脈を境にして存在している。『世界樹の裁き』以降は、魔木を求める帝国兵に何度も攻め込まれて、それをエレウレーシス連合王国やマイアコス王国と協力して押し返してきた。
今は女王が王配の支えを受けながら国を治めている。ストラミア帝国も、皇帝の代替わりと共に今は攻め込むことはしていない。
「妹の名前は、クリシスレーシィスと言います。私達はクリシスと呼んでいます。王太子殿下であるボンシュタント様とは、幼い頃からお付き合いをしてきた相思相愛の2人です」
シンティが、王族用の高級茶葉で入れた紅茶を運んできた。サクラシア様の側近モードになっている。本当にシンティか、別人だろう。
「王配殿下であるピラントニータス様は、そんな2人を温かく見守ってくださり婚約の折にもお力を貸していただきました」
シンティが淑女の顔で紅茶を入れる。澄ました顔に吹き出しそうになる。睨まれた。後で殴られそうだ。
「女王陛下であられる、ディニピーティア様も特に反対はしていません。というか、あまり関心がないようです。陛下が今一番気になっているのが、ストラミア帝国の動きです」
でた、面倒臭い国ナンバーワンだ。
「と言うのも、他の公爵家、特にタリチェート公爵家がストラミア帝国の魔動機関貴族との関係を深めています。女王陛下の後ろ盾になっている有力貴族です」
なんか嫌な転開だぞ。
「その影響を強く受けているので、入り口の町の改革を強く押し進めようとしています。つまり、自分たちの支配下に置こうとしているのです」
やっぱりだ。面倒なことになりそうだ。
「タリチェート公爵家の後には、ストラミア帝国の魔動機関貴族がいると思われます。このことは、ボン様、あ、王太子殿下がよくご存じです」
ちょっとはにかむ公女殿下。そうか、ボン様と呼んでいるんだ。
「話が長くなりましたが、王太子殿下とサクラシア様を婚約させようとしているのが、タリチェート公爵家の嫡男であるテロピールです」
ああ、あの一番威張っていた男か。
「たぶん、ストラミア帝国の魔動機関貴族の指示です」
本当にしつこいぞ。魔動機関!
「私をこの島に閉じ込めておいて、妹に婚約者を辞退するよう圧力をかけるつもりなのでしょう」
そう言って、心配そうにややうつむいた。
話は理解した。さて、どうする。
協力するのは決定だ。だが、どうやる。
「入学式前に手を打たないと駄目なパターンね」
シンティが素に戻っている。3分間しかもたない淑女モードだな。
「つくも、これから王都まで運んでくれないか」
私の力ではない、神獣様の力というのが効果的だろう。
「問題ない」
「公女殿下、これから妹さんのところに行きましょう。まずは無事を知らせておかないと心配しているでしょう」
もう、1回目の脅迫をしているかもしれない。
「ソフィアとお呼びください。探求者様」
「分かりました。ソフィア様、私もカナデでお願いします」
「ふふ、カナデ様ですね。よろしくお願いします」
サクラさんを見る。
「ごめん、サクラさん。いっしょに行ってもらえるかな」
「もちろんよ」
イグニス達が帰ってきた。獲物が大量だ。夕食を期待していたな。
「イグニス、ちょっと王都まで行ってくる。ここの護衛頼めるか」
「ん、なんだ。どうした」
イグニスがソフィア様と脳筋剣士を見ながら困惑している。
「その剣士、強いぞ。暇なら相手してあげな」
そう言って、つくも(猫)の神力が込められている木刀を2本手渡す。怪我をしないようにできている私の練習用だ。そして、小声で、
「たぶん、しばらくこの公女様を預かることになる。この剣士がうるさいとやりにくい。格の違いを見せてやれ」
そう言ってにやりとする。
イグニスも、
「本気出していいのか」
と言って、にやりとする。
私はうなずいて、ポンとイグニスの肩を叩いた。
「イディア、その男は強いぞ。おまえでは勝てないぞ」
そう言ってけしかける。
脳筋剣士の頬がピクリとした。闘気が湧き上がってきている。よし今だ!
「ソフィア様、行きましょう」
そっと、その場を離れた。
つくも(猫)がすでに、神力の風の道を王都に向けている。サクラさんも渦の中にいる。
「ソフィア様、失礼します」
そう言って、ヒョイとお姫様抱っこで抱えると、渦に飛び込んだ。脳筋剣士が何か叫んでいたが、気にしない。
この島から王都まで100キロメートルぐらいだろう。約15分。私達は王都の上空で止まっていた。
「ねこちゃんの風の道、気持ちいいです」
サクラさんがご機嫌だ。
「妹さんのいる場所はどこですか」
「はい、貴族街のノーテフィロ家の屋敷です」
「その場所を思い浮かべろ」
猫が命令する。
「あ、ハイ」
ソフィアが目をつぶる。思い出しているのだろう。
ブン、5秒かかっていない。ノーテフィロ家の上空で止まっていた。もうこれ、瞬間移動だよな。
「どうする。多分あいつらを追い越しているぞ」
猫が瞳孔を細めている。でも、確かにそうだ。
「私が妹に事情を話します。みなさんがいてくれた方が信じてもらえると思います」
静かに高度を下げる。神装結界で認識阻害をかけているので、誰も気がつかない。
そのまま、妹がいる部屋に向かう。
神装結界を解除する。ソフィアがドアを叩いた。
「はい」
返事があった。中にいる。
「ガチャリ」
ドアが開いた。侍女だろう、ソフィアを見てびっくりする。
「クリシスお嬢様、ソフィア様です」
「えっ」という声がした。そして、駆け足が聞こえる。
「お姉様、どうしたんですか。旅行に行ったんじゃなかったんですか」
なるほど、そういうことにしてあるんだ。
ソフィアの後ろにいる私達を見つけると、警戒した顔になる。
「あなたたちは誰ですか。どうしてお姉様と一緒にいるのですか」
「クリシス、この方達は、探求者と神獣様よ。そして、この方がサクラシア様よ」
ポカンとする婚約者様。侍女はすでに椅子で眠っている。
とにかく落ち着こう。ドアを閉めて、ソファに腰掛ける。
クリシスがチラッと侍女を見た。
「大丈夫です。眠っているだけです。起きたときには、ソフィア様のことも覚えていないはずです」
私がそう言うとほっとした表情をする。
ソフィアがかいつまんで事情を説明した。信じないわけにはいかないだろう。何しろ猫が空中に浮かんだまま、紅茶を入れているのだ。
「うん、なかなかいい茶葉を使っているな。今度仕入れ先を教えてもらおう」
猫がしゃべっている。
「それでお姉様、テロピールが来たら、私はどうすればいいのですか」
ソフィア様が私を見た。
「とりあえず、困った振りをしておいてください。そして、考える時間をくださいと言って、時間稼ぎをしましょう」
「そのあとはどうなるのですか」
「王太子殿下を交えて、作戦を考えましょう。私達は、2日後に王都に入る予定です。また連絡します」
「わかりました。それまでお姉様どこにいますか」
私はサクラさんを見た。
「私達が責任を持って預かります。安心してください」
その言葉を聞いて安心するクリシス様。
「お姉様のことをお願いします」
そう言って、静かに立ち上がりカーテシーをした。
クリシス様は、何事もなかったようにそのまま部屋に残る。椅子に座っている侍女が目覚めたら、「何寝ているの」と笑い話にしなければならない。
私達は、そっと外に出て、静かに風の道で島に帰った。
島では、汗をびっしょりかいてハアハア息を切らして、跪いている脳筋剣士と木刀で肩を叩きながら首を回している余裕のイグニスが待っていた。
「これは、どういうことですか。イディアは我が国でも指折りの腕利きの剣士ですよ」
ソフィア様が困惑している。
「嬢ちゃん、『おちょうしもの』っていう猿型の魔物知っているかい。あいつらの動きに比べたら、あんた達の動きなんて止まっているようなもんだぜ」
イグニスがどや顔だ。
「その男が言っていることは本当です。私の剣はかすりもしませんでした」
これが入り口の町の冒険達の実力だ。イグニスは、深層ではこれの数倍強くなる。それでも、8層の魔物には勝てない。
女剣士が跪いたまま、イグニスを見据えた。
「イグニス殿、私をあなたの弟子にしてください。私は、ソフィア様のためにもっと強くならなければいけないのです」
そう言って、静かに頭を下げた。
イグニスが固まった。
うん、計画通りだ。イグニス、その脳筋のことは任せた。
「本日からしばらくお世話になります。私のことはソフィアと呼んでください。それから、この剣士はイディアです」
イディアが前に進み出た。
「イディアです。イグニス殿の弟子になりました。この中では一番の若輩者になります。イディアと呼び捨てにしてもらって構いません。よろしくお願いします」
うん、脳筋は扱いやすい。
「では、自己紹介も終わりましたので、料理長、本日の料理についての説明をお願いします。ジュル……」
エル、よだれをふけ。
「今日は魚料理だ。この湖は淡水だ。春なのでニジマス系の魔魚がいた。カナデの神装投網で生きのいいのを捕獲してある。それから、レイクトラウトに似た、サケ科の大物も捕獲してある。こいつはうまいぞ」
ジュルリとよだれが流れる。
みんなのテンションについて行けない女性が2名、ポカンとしている。
「いいか、ニジマスは串焼きにしてある。シンプルな塩焼きだ。しかし、こいつが一番うまい。エルが作った遠火にできるコンロにたくさん焼いてある。2時間かけてじっくり焼いたからもう食べ頃だ。がぶりとかぶりつけ」
うんうんとうなずく、味の従僕達。
「レイクトラウトは、燻製にしても美味しい。これも、エル達が作った、燻製用の釜で燻しているが、これは明日のお楽しみだ」
エルとシンティがどや顔だ。そうか、今日工房ユニットで作っていたのはそれか。
「まあ、今日は、切り身で食べる。こっちは炭火で焼く。淡水魚は。脂身が少ないので身の方から焼くと旨みを閉じ込めることができる。両面で5分から10分焼いてくれ。時間は魚の厚みで判断しろ。身が白くなって、軽くほぐれるようになったら食べ頃だ。いいか、焼きすぎるなよ」
魚の切り身がお皿に山盛りになっていた。
「さあ、宴の時間だ、召し上がれ」
そうか、ソフィア達の歓迎会も兼ねているのか。
まだ、何が起きているのか理解できないでいる2人に声をかける。
「ソフィア達の歓迎会らしいよ。ここにいるみんなは貴族特権がない町で暮らしてきたから、ソフィア達に対しても気兼ねなく接するよ。初めは戸惑うかも知れないけど、その内慣れるから大丈夫」
うんうんとうなずく二人。
見よう見まねで、塩焼きにかぶりつく。
「……おいしいわ……。身がホクホクしていて、皮もパリッとしているから気にならない。塩だけのシンプルな味付けなのに味が穏やかでクセがないわ」
どこの料理評論家ですか!
脳筋剣士は言葉もない。ただひたすら魚にかぶりついている。
その夜。2人の淑女が、猫に胃袋を捕まれた。
次話投稿は明日の7時10分になります




