001 旅の1日目
『大樹の森編』の続編になります
ベニザクラ『白銀』、それがこの紅色だが白銀に輝く不思議な色をした馬車に似た乗り物の名前だ。
車体は薄いが軽く丈夫で弾力性がある装甲で覆われている。車体全体は、やや丸みを帯びた箱形だ。車ならワンボックスカーに近いスタイルになる。
この新大陸の人たちは、この乗り物を『樹魔車両』と呼んでいる。
その車両を牽引しているのは、駝鳥に似た姿の魔鳥だ。それが2体、軽やかな足取りでややでこぼこした道を進んでいる。
この道は、エレウレーシス連合王国の首都である『エレウス』につながっている。ベニザクラ号は、そこにある魔術学院に向かっている。
サクラさんが留学することになったのだ。
サクラさんは、大樹の森の中にある『入り口の町』のC級案内人だ。樹魔車両で冒険者達を目的地まで届けたり素材確保の後方支援をしたりするのが仕事だ。
大樹の森は広大だ。10ある層が年輪のようになっていて、1層は、幅だけで200キロメートルもある。冒険者達は、樹魔車両がなければ、その距離を徒歩で進まなければならない。
案内人は、大樹の森の観光タクシーのような存在なのだ。
「ついてきていますね」
冒険者パーティー『風の森』のリーウスが索敵感覚を強化した耳で馬車の音を確認してからそうつぶやいた。
入り口の町を出発してから2時間ぐらいになる。その間、明らかにベニザクラ号を意識した進み方の馬車が数台、後をつけてきている。
魔鳥ではない、馬が走る足音だ。私の耳でも確認できる。
入り口の町の案内人や普通の貴族や商人なら、魔鳥や魔動車を使う。馬を使うのは、他国の有力貴族や裕福な商人だ。
「町を出るときに数台停まっていたよな」
『風の森』のリーダー、イグニスがマーレさんに確認する。
「ええ、確か5台停まっていたわ」
副リーダーでありチームのまとめ役でもあるマーレもうなずいた。
「1匹いたら100匹系は撲滅! ククク」
融合魔法の使い手であるクエバさんが不気味に笑う。
「きっと、サクラやカナデが泊まる宿までついてきて、『偶然ですね』とか何とか言って、切っ掛けを作ろうとしているのよ」
おやつなのか、ビスケットのような物を食べながらドワーフ族の加工鍛冶術士であるシンティが面倒くさそうにソファーに寝転んで言い放つ。
「たぶんそうですね。『これも何かのご縁です。このまま王都まで一緒に旅をしませんか』とか何とか言いくるめて、私達に交渉権がありますよという既成事実でも作ろうとしているんでしょう」
シンティが食べているおやつを何とか取り上げようと隙をうかがいながら手を伸ばしている、錬金魔術士であるエルも同意する。
「うーん、どうしましょうか。面倒なことになりそうですね」
ベニザクラ号の御者台からサクラさんも顔を覗かせる。隣には、つくも(猫)が丸まっている。
「とりあえず、ペンテとテネリに頑張ってもらって、引き離す作戦で行きましょう」
私がそう提案すると、全員がうなずいた。
樹魔車両の車軸と車輪は樹魔が変形した姿だ。樹魔達は、何か特別な方法で私達と意思疎通をしている。また、短い言葉の指示も理解でき、いろいろな型に変形できる。
学習能力も高く、悪路では自らの体をしならせて衝撃が座席に伝わらないように調整できる。AIを積んだ車のサスペンションみたいな働きだ。
魔鳥である賢魔鳥達の能力も高い。二頭立てなら、時速20㎞から50㎞ぐらいで魔力がある限り走り続けることができる。大樹の森の深層なら、3日ぐらいなら全力で走ることができるだろう。魔物とはそういう生物なのだ。
馬車だと小走りで時速10㎞、全力なら時速40㎞ぐらい出せるが5分も頑張ればバテてしまう。そして、サスペンションが未熟な車内は揺れがひどくて乗っている人は直ぐに酔ってしまう。さらに、3時間走り1時間休憩しないと馬がもたない。
「ふふふ、ペンテとテネリについてこられる馬はいるかしら」
サクラさんがにやりと笑う。
「ペンテ、テネリ、ちょっと本気出してもいいわよ」
「ぴよ!」
え、いいの? 頑張っちゃうよ!
ペンテとテネリが嬉しそうだ。少し羽をパタパタさせながら速度を上げた。馬の足音がどんどん遠くなっていった。
「いますね」
リーウスがあきれた顔でそうつぶやいた。
ベニザクラ号は、町に入る手前の茂みにひっそりと停車している。
お昼を食べるために、途中にある小さな町に立ち寄ることにしたのだが、そこにも町の入り口に数台の馬車や魔動車が止まっていた。
さすがにこんなに早く到着するとは思っていないので、車内に人はいない。きっと、どこかの宿でゆっくりしている。多分だが、今日はこの町で私達が泊まると考えたのだろう。
「この分だと、これから立ち寄る町には全てあんなのがうようよしているぞ」
イグニスがやれやれと首を振りながらそう言うと、
「そうですね。イグニスさんの言う通りでしょう。さて、どうしましょうか」
サクラさんが、つくも(猫)を抱きながらみんなが集まっている『リビング』に入ってきた。
『リビング』は、通常部屋の呼び名がつまらないと文句を言うシンティに、『生活の部屋』というつもりで言った言葉を『多言語翻訳君』がリビングルームと訳した。その呼び方が気に入ったシンティが略した言葉で言い始めて定着した。
「現状を整理します」
なぜだか分からないが、作戦会議の進行役はエルになった。きっと、冷静で客観的に物事を考えることができるからだろう。うん、イグニスでは無理だ。適任だ。
シンティが黒板を運んでくる。書記はシンティだ。
「イグニスさんの言う通り、たぶんこれから行く町には全て貴族や大商人の使いが待ち構えているでしょう」
シンティが黒板に『貴族、大商人の使い』とチョークで書き込む。
「そこにのこのこと顔を出せば、『うじゃうじゃ』並に他の貴族や大商人の使いが湧いて出てくることが予想されます」
シンティが『うじゃうじゃと湧き出る』と追記する。
クエバさんは、ツバキさんのカウンセリングのおかげもあり、うじゃうじゃの言葉を聞いても恐怖感が出てこなくなった。ちなみに『うじゃうじゃ』とは、体長10センチほどの蟻型魔物の愛称だ。
「危険ですね。近寄るのはやめましょう」
マーレさんが真顔でそう言うと、
「リーウス、振動波発生装置の出番」
クエバさんが、やはり真顔でリーウスに指示を出した。
「わかりました」
リーウスが、振動波発生装置の制御盤を持ち出した。
「おまえらいい加減にしろよ」
イグニスがあきれた顔でそれを止める。
いや、いっそのこと本当にその装置で地震でも起こして逃げてもらうのも手だよな。
私がそんなことを考えていると、
「森の中を進みましょう。途中の町には全て寄りません」
サクラさんが決断した。
シンティが、『森の中を進む』と書き込み、赤いチョークで大きく花丸を描いた。
「問題は食糧よね。王都まで10日の予定だったわよね。お弁当はどのぐらい積み込んだのかしら」
マーレさんが私の方を見た。うん、食糧などの準備は私の分担でした。
「1人3食で15日分積み込んであります。5日分の余裕があるはずです」
私がそう答えると、
「おやつは別よね」
シンティとイグニスが椅子から少し腰を浮かして確認してくる。
シンティもイグニスもドワーフ族の家系だ。筋肉質の体を維持する為に、他の種族よりも食欲が旺盛だ。
「ええ、かなり余裕を持って準備してありますよ。安心してください」
私がそう言うと、ホッとしたように2人がドカッと椅子に座り直した。ドワーフ族にとっては、食べるという行為は大事な事なのだ。
「それでも、町に寄らないということは、食料の補充もできないということだから節約は必要ね」
マーレさんが冷静に状況を分析する。
全員がうなずく。
なぜ貴族達がこんなにもしつこく私達の後を追いかけてくるのか。それは、10層の攻略が絡んできたからだ。
大樹の森は1層から10層までの階層で区分されている。奥に行くほど魔素濃度が高まり、強い魔物が生息している。
10層には『世界樹』がそびえ立っていると言われている。なぜ言われているなのかは、まだ誰もその姿を見たことがないからだ。
9層にはS級魔物がさらに力を蓄えた状態でひしめいている。その境には強力な結界も張られている。なので、まだ10層にたどり着いた人類は、『カロス・エニュオン』ただ1人なのだ。
その10層に到達できるかも知れない勢力が現れた。それが私達なのだ。なので、各国の権力者や有力貴族、大商人が、何とか情報を得ようとしつこくまとわりついている。
「ベニザクラ『白銀』、歩行型よ」
サクラさんが優しく樹魔車両に語りかける。そして、制御木琴を取り出しそれを奏でると、樹魔の変形が始まる。
車軸だった部分が、シュパッと数十本の触手になり、それがねじれ合わさり8本の触手を持つ蜘蛛のような形に変形する。
「出発します」
サクラさんがそう宣言すると、8本の触手がシャカシャカと蜘蛛のように動き、森の中に入っていった。
樹魔車両に慣れていない森の動物たちが皆びっくりして逃げ出す。鳥達もバタバタと慌ただしく飛び去っていく。
なんかこの感じ久しぶりだよ。日本の里山の雰囲気に似ている。大樹の森の魔物達はみんな強い力を持っているので、つくも(猫)が神力を垂れ流さない限り慌てて逃げていくことはない。
そう、ここは異世界だ。私とつくも(猫)は、地球という星から転生をしてこの星に飛ばされてきた。このことはこの世界の人たちは誰も知らない。
この世界の人たちは、私達のことを『探求者』『神獣様』と呼ぶ。
次話投稿は明日の7時10分です




