第3話:『夢をなくした少女と夢喰い』
カラン、とドアベルが鳴り響き、小さな少女が一人、店に入ってきた。彼女の名はココ。その瞳は、まるで色を失ったガラス玉のように、空虚だった。
「マスター。私の夢を、誰かに食べられてしまったの」
ココは、小さな声でそう言った。彼女は、疲れたように椅子に座り、両手を膝の上に置いた。その姿は、まるで全てを諦めてしまったかのようだった。
俺は黙って、彼女のために温かいミルクを注いだ。ミルクの表面には、虹色にきらめく小さな泡が浮かんでいる。
「誰にだ?」
俺の問いに、ココはうつむいたまま震える声で答えた。
「わからないの。でも、寝ていると、いつも誰かのすすり泣く声が聞こえるの。その声を聞くたびに、私、夢が少しずつ消えていくのを感じて……」
俺は、ココが直面している現象の正体を知っていた。それは、人の心の闇に引き寄せられ、その人の「悪夢」を食べることで生きる、夢喰いと呼ばれる存在だった。
だが、夢喰いは、悪夢だけでなく、やがてその人の**「希望」や「未来」**の夢まで食べてしまう。
「なぜ、君はそんな生き物に夢を食べさせていた?」
俺の問いに、ココはハッとして顔を上げた。その瞳に、一瞬だけ恐怖が宿る。
「だって、私の見る夢は、いつも怖くて、悲しい夢ばかりだったから……。夢喰いが、全部食べてくれたらいいって、そう、思っていたの……」
ココは、自分が悪夢を見ることを恐れ、無意識のうちに夢喰いに夢を与えていたのだ。彼女の心の空虚さは、自らが望んだ結果だった。
俺は、温かいミルクをココの前に置いた。
「君がこのミルクを飲めば、夢喰いは二度と君の夢を食べられなくなる。だが、その代わり、君は二度と夢喰いに悪夢を肩代わりしてもらえなくなる。それでも、君は、このミルクを飲むか?」
俺の問いに、ココは震える手でカップを掴んだ。彼女は、一瞬迷った後、ゆっくりとミルクを口に含んだ。温かいミルクが、彼女の冷え切った心を、ゆっくりと溶かしていく。
その夜、ココは夢を見た。
暗闇の中、彼女は一人で泣いていた。だが、その隣には、昔の楽しかった思い出が、光となって輝いていた。彼女は、怖い夢も、楽しい夢も、全てが自分の一部なのだと、心の底から理解した。
ココが目を覚ますと、彼女の瞳には、以前のような空虚さはなかった。彼女の心には、再び夢を見るための「部屋」が、戻ってきていた。そして、その部屋には、未来を信じるという新しい夢が生まれていた。
「ありがとう、マスター」
ココは、そう言って微笑んだ。その顔は、ほんの少し悲しげだったが、以前よりもずっと、温かさに満ちていた。




