第三話 少女の秘密
私は生まれながらにして「異能」を持っていた。
異能、それは選ばれた人が持つ特別な力。
それはある日突然与えられる。
異能自体持っている人は稀だが、私のように生まれながらに異能を持っている人はもっと稀らしい。
私の異能は心の声が"聞"こえるというものだ。
異能を持っている人の中にはそれを制御できる人もいるらしいが、私は自分の異能を制御できない。
近くに人がいると勝手に心の声が"聞"こえてきてしまうのだ。
魔力が切れた時か、人から離れた時くらいしか異能を止める術を持たなかった。
そのせいで魔力の流出を止めることができず、いつも魔力が枯渇していた。
魔力が枯渇すると激しい吐き気やめまいによって失神してしまう。
生まれた時も、産声を上げた直後に失神したと聞いている。
でも最近は魔力量が増えてきたので失神することは減ってきた。
それでも人が多いところに行くとすぐに魔力が枯渇してしまうのだけれど……
私は小さい頃、自分が異能を持っていることに気づいていなかった。
それで自分の異能に気が付いたきっかけは些細なことだった。
四歳の頃、周りにも自分の心の声が"聞"こえると思っていた私は、言葉を覚えるつもりがなかった。
だって心の声で会話すれば喋る必要なんてない、と思っていたからだ。
それに、意味の分かる”声”が聞こえているなら、わざわざ意味の分からない言葉を覚えようなんて思わないでしょ。
お母さんにご飯欲しいって念じても何もしなかったから少しおかしいなと思っていたが、ただ無視されているだけだと思っていた。
でもお母さんの「この子何考えているのか分からないのよね」という心の声を聞いて私は悟った。
私しか心の声が聞こえないのだと。
私の周りには私を含め鈍感な人ばかりで、気づくのに時間がかかった。
まあ、私がずっと家の中にいたせいもあるだろうけれど……
それからは一生懸命言葉を覚えた。
両親に私が心の声を"聞"こえることを伝えたかったからだ。
元々、単純な言葉は覚えていたからすぐに覚えることができた。
そして意を決して両親に、自分は心の声が"聞"こえることを告白した。
両親は喜んだ。
それは異能を持った人を国に受け渡せば多大なお金を得ることができるからだ。
国に報告された私は、八歳で王城に引き取られた。
それからはもう両親は私を道具としてしか見ていなかった。
私が家から離れる時、両親が感じていたのは悲しみではなく、安堵だった。
きっと私が近くにいることがストレスだったのだろう。
あんな優しかった両親も私の秘密を知ってから変わってしまったことが、一種のトラウマになってしまった。
それからは誰にも自分の異能のことは言わなかった。
また両親のようになるのが嫌だったからだ。
王城でも最初の半年は普通に暮らしていた。
たまに軽蔑の声が聞こえたが、おいしいものを食べたりいいベッドで眠れたりできたから、そんなのはあまり気にならなかった。
でもある日私は教えられた。
王は、私を殺すつもりだと。
どうやら私の異能を奪おうとしていたようだ。
どうやって異能を奪えるかは分からなかったが、それを教えてくれた人には感謝してもしきれない。
それからなんやかんやあって、私は王城を抜け出すことができた。
親のところには戻らなかった。
戻ったって歓迎されないし、きっと兵士たちが探していると思ったからだ。
それからは地方に行って、自分の異能を生かして情報屋の真似事をして食いつないでいた。
それは退屈な日々だった。
いつしか私は世界に憧れた。
色んな場所を旅したかった。
でも私一人で旅をするのに、この世界はあまりに危険だった。
だから私は魔法を覚えるために、有り金全部はたいて魔導書を買った。
そのせいで食べるものを買うお金もなくなってしまって、どうしようか迷っていると薬草採取のクエストを見つけた。
他にできそうなのもなかったから、私はそれをしぶしぶ受けた。
それが私の人生を大きく変えるとも知らずに。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「ふう、結構歩いたわね」
町から五時間ほど歩いて薬草が取れる池に着いた。
町の近くではもうほとんど取りつくされてしまったが、ここは比較的新しく見つかったポイントだ。
ここを見つけた冒険者には悪いけれど、ありがたく使わせてもらいましょう。
何気なく"聞"いた情報を覚えていてよかったわ。
もう少し先に行けばヴァルフレアの縄張りだけれど、越えなければ問題ないわよね。
ヴァルフレアが縄張りから出ることなんてめったにないもの。
ズンズン
なんだろうこの地響き?
ズンズンズン
「――ゲロ!!!!」
遠くから声が聞こえた。
言っている意味までは分からなかったけれど、とても必死そうなのは分かる。
気になった私は声の聞こえた方に振り向く。
そして"それ"を見た瞬間、全身の血の気が失せた。
そこには男の人を追っているヴァルフレアが見えた。
(な、な、なんでヴァルフレアがこんなところにいるんですか!?もしかして、あの男の人を追いかけてこっちまで来たの!?)
私は集めていた薬草を入れていた籠を放り投げて、来た道を全速力で引き返す。
(あっ!もしかしたらヴァルフレアはあの男の人を追いかけているだけで私には気づいていないのかも)
そんな希望を抱き、私はまた後ろを振り向くと、さっきまで追いかけられていた男の人は消えていて、ヴァルフレアがまっすぐこっちに向かってくる。
「なんでこっちに来るのよ!あの男、私にこいつを押し付けて逃げるつもりね!死んだら恨んでやるんだから!!!!」
『「五十嵐晴樹」から守護の契約の申請が来ています。契約を承諾しますか?』
何よもう!!イガラシ・ハルキ?守護の契約?分からないけれどとりあえず承諾する!!
何でもいいからこれから逃げられるような力をちょうだい!!!!
『契約を承諾しました』
…………なんにも変わらないじゃない!
だめ、もう体力がない……ヴァルフレアも後ろに来ているし死――
諦めかけた次の瞬間、白い一線がヴァルフレアと私の間に割り込んだ。
そして、一発でヴァルフレアを吹き飛ばす。
この人さっきまでヴァルフレアに追いかけられていた人よね。
何で助けてくれたのかな?
こんな瞬殺できるのになんで追いかけられていたんだろう。
分からないことだらけだけど、とりあえずお礼をしないといけないわね。
「あ、あの……助けてくださって、ありがとうございます!」
「どういたしまして。俺は五十嵐晴樹。君は?」
美しい髪は雪のように白く、透き通った緑の瞳は宝石のようだ。
目に入る全てのパーツが完璧で、見られるだけでドキドキする。
「……エトラ・エシィ、といいます。あ、さっきの契約って、ハルキさんがしたんですか?」
「ああ、そうだよ」
あれ、そういえばさっき変な言葉で喋っていたような。
(しかし近くで見ると――本当に可愛いな。守れてよかったと、心の底から思える。
そしてこの先もずっと守りたい。)
ドキンッ!!
急に可愛いなんて……心臓に悪いじゃないの。
平常心よ私。今までも可愛いって思われることなんていくらでもあったじゃない。
『晴樹様は幼女――』
(黙れ!!可愛いものを可愛いって言って何が悪い!)
え?なにこれ心の声が二つ!?
こ、こんな人初めて見たわ。
(あれ?そういえば言葉が分かるぞ。なんでだエレン?)
『それは主が言語だけは分かるようにと、わたくしの知識を晴樹様と共有したためです』
(はあ?何言って……――――)
もう一つの声はエレンっていうのね。
それでハルキさんも言葉が分かっている理由を知らなかった?
そして主って誰?
知識を共有って?
後でそれとなく聞いてみようかしら。
答えなくても少しでも思ったなら答えは知れるもの。
「ええと……俺はちょっと……いや結構遠いところから来たせいで、ここら辺の地形とかよく分かってないんだ。だから町まで案内してくれるか?」
(まあ、遠いところって言っても異世界だけど)
「は、はい!も、もちろんです」
異世界!?異世界ってどういうこと!?
これも後でちゃんと問い詰めないといけないわね。
まあとりあえず落としてしまった薬草の回収をしましょう。
無心で薬草を集めているとハルキさんが近くにいないことに気づく。
探してみると池の向こう側で自分の顔を熱心に眺めていた。
あれ?ハルキさんはなんで自分の顔を眺めているんだろう?
エレンさんと話してるのかな?
ここからじゃ声が"聞"こえないや。
薬草を集め終わったのでとりあえずハルキさんに報告をする。
「ハルキさん、薬草拾い終わりました」
「あ、ごめん。任せきりになっちゃって」
「大丈夫ですよ。じゃあ、町に行きましょう」
そう言って私はハルキさんを町がある方へ案内する。
こうして話していると不安になる。
私が心を読めるって聞いたら、ハルキさんはどんな反応をするのだろうか?
ハルキさんはいい人なのだろう。
きっと私が心を読めるって知っても私を捨てることはないだろう。
でも心を読まれるっていうのは相当のストレスがかかるらしい。
私から離れてしまう可能性もある。
ハルキさんのことはよく分からない。
だから彼のことを少しずつ知っていこうと思っている。
そして彼のことを理解したら私の秘密を明かそうと思う。
それが、私と彼との仲を引き裂くことになるとしても。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
目標
1、晴樹に秘密を話す(New)