第二話 君との出会い
「はっ!?」
周りを見渡すと、そこは薄暗い森だった。
木々の形も、葉の色も、見たことのない種類ばかり。
じっとりとした湿気、鼻を刺す土と草の匂い――。
そして、体には麻で出来ているような素朴な服が着せてあり、足には草履らしきものが履かせてあった。
本当に……異世界なのか。
そうだ。確かあの神に転生させられたんだ。
「『幽霊』の野郎が、生きてる……?」
胸の奥に、焼けつくような怒りが広がる。
あいつのやったことは、たった一度の死で許されるはずがない。
次こそ俺の手でちゃんと殺してやる!!
『それはおすすめできません』
「……誰だ!?」
突然、頭の中に声が響いた。
『わたくしはエレン。主によって生み出された疑似人格です。晴樹様のサポートを任されています』
疑似人格?……AIみたいなもんか?
主ってのは、あの神のことか。人格まで作れるって……流石は神だな。
「それで、サポートって具体的には何をしてくれるんだ?」
『主な役割は、晴樹様の疑問に答えること。寂しいときの話し相手もできますよ』
「……じゃあ質問だ。なんで『幽霊』の野郎を殺しちゃいけないんだ?」
『第一に、『幽霊』様も世界を救う役目を担っているからです。殺せば、その役目を誰かが引き継ぐ必要が出ます』
「だったら、俺が継ぐ」
『……第二に、主がそれを望んでいません。罰を与えられる可能性が高いでしょう』
「罰なら受けてやる」
『…………第三に、単純に『幽霊』様は晴樹様より強いです』
「なら俺が強くなればいい」
『非合理的です。そんなことして何か晴樹様に得になることがあるのですか?』
「『幽霊』がこの先殺すであろう人を助けることだできるだろ」
『例えその人たちを助けられたとして何の得になるのですか?』
「……」
『『幽霊』様を殺したとして損になることだけで、得になることなんて一つもないですよ』
「……いや、得はある。それは俺が気持ちよくなれることだ!!『幽霊』の野郎をぶっ殺して、人助けもできる。これぞ一石二鳥」
『晴樹様は感情で動くタイプなのですね……』
『まあ、わたくしは晴樹様の指一つ動かせない愚図なので、晴樹様がそうしたい思うなら、わたくしが止めることはできません。それとわたくしは晴樹様の考えていることが分かっているので、そんな大声で叫ばなくてもよろしいですよ。非効率的です』
なんかすごい悪意を感じるな……
そんなことを思っていた時、すぐ近くから声が聞こえた。
「ワンッ!」
ワン……?
この世界にも犬はいるのか?
『晴樹様はつくづく運が悪いですね。こんなところで魔物と遭遇するなんて』
魔物!?
次の瞬間、肩から胸にかけて鋭い警告が走った。
危機察知だ。
「――っぶね!」
とっさに地面に転がる。直後、爪が風を裂いて地面をえぐった。
現れたのは、信じられないほど巨大な“狼”。
体長は三メートル以上。湾曲した牙と爪、灰色の毛並みに走る血のような赤い模様。
その瞳には、獣とは思えない冷たい知性が宿っていた。
「化け物……」
命の危機を感じすぐに背を向け、全力で駆け出す。
ドン、と地面が揺れる。追ってきた。
『今の晴樹様なら五分五分で勝てますが、一度でも攻撃を受ければ致命傷は避けられません』
「誰がそんなリスク取るか! 一発で即死確定の相手と五分五分とか、どんなギャンブルだよ!」
『晴樹様には危機察知があるじゃないですか。それを駆使して攻撃を全部避ければいいのですよ』
「簡単に言ってくれるなっ!!」
背後で、空気が焼ける音。
飛び退いた瞬間、熱風が背中を舐めた。
振り向けば、地面は黒く焼け焦げている。
「火まで吐くのかよ!?」
喉を焼く熱気、鼻を刺す焦げ臭さ。異世界だと嫌でも思い知らされる。
「ワンッ! ワンワンッ!」
……鳴き声とのギャップ、酷すぎだろ!
「はあ、はあ……っ」
段々と息が切れてきている。だが体は妙に軽い。きっと、神の仕業だ。
――それでも限界は来る。
背後の足音はすぐそこ。あいつは持久戦に持ち込む気だ。
『安心してください。ヴァルフレアは縄張り意識が強いので、晴樹様を追い出すために追っているだけかもしれません』
「こいつヴァルフレアっていうのか……てか“かもしれない”ってほかの可能性もあるのかよ!」
『一応、食べるために追っている可能性もあります。まあ、あとは晴樹様の運しだいです』
俺の運しだいかよ……!
これまでの人生で、運がよかった試しなんて一度もないのにーー
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「エレン!縄張りはまだ抜けないのか!?」
ヴァルフレアとの追いかけっこは、もう五分近く続いていた。
『縄張りはとっくに抜けているはずです。それでも追ってくるということは……ヴァルフレアは晴樹さまを食べるつもりみたいですね』
クソッ! 俺の体力はあと少ししかない!
ヴァルフレアから少しでも距離を離そうと速く走りすぎたみたいだ。
追いつかれる。
そう思った時だ。
……人影?
視界の先、百メートルほど離れた場所に黒いフードをかぶった小さな女の子がいた。
池のほとりでしゃがみ込み、薬草を摘んでいるようだ。
「はぁ!? なんでこんな場所で薬草なんか……!」
焦りで喉が焼けた。子供が来ていいような所じゃない。
俺はとっさに池とは別の方向へ進路を変える。
ヴァルフレアを少女からできるだけ離すためだ。
だがヴァルフレアは――俺ではなく少女を狙った。
(クソッ……俺に追いつけないから、標的を変えやがったか!)
「逃げろ!!!!」
声は届いたのか?
意味を理解できていたかは分からないが、少女はこちらに気づいたようだ。
ヴァルフレアを見ると摘んでいた薬草を放り投げ、一目散に駆け出す。
だが足が遅い。このままでは確実に追いつかれる。
(まずい……! どうすれば――)
『あの少女を囮にすれいいのでは? 晴樹様は逃げ切れます』
(ふざけんな!! 見捨てられるわけねぇだろ! なんとかして助ける方法を教えろ!!)
『……でしたら強く念じてください。“命に代えてでも守る”と』
意味は分からない。だが迷う暇もない。
――俺は、あの子を絶対に守る。たとえ命に代えてでも!
その瞬間、エレンとは違った機械的な声が脳裏に響いた。
『…………「エトラ・エシィ」が契約者になりました』
『「エトラ・エシィ」に自己防衛能力が不足と判断』
『「五十嵐 晴樹」の能力値を補正します』
「エシィ……? あの子のことか!?」
『はい。そして今、能力が大幅に強化されています。走れば追いつけます』
確かに、身体が急に軽くなった。足に力がみなぎり、息苦しさが消えている。
走り出した瞬間、風が味方をするように背を押した。
自分が強くなったという高揚感が感情を支配する。
「はははっ! 今度は俺が追う番だ、犬っころ!!」
ヴァルフレアと少女までの距離は五十メートル。
だが間に池が広がっている。遠回りでは間に合わない。
(飛ぶしかねぇ!)
かつて走り幅跳び七十センチで絶望した中学時代を思い出す。
だが今は違う――この体はもう、あの頃の俺じゃない。
全力で踏み切った。
水面ぎりぎりを足先が掠め、飛沫が陽光を弾く。
空気が張り詰め、世界が止まってるように感じる。
水面を蹴って場所を微調整し、少女とヴァルフレアの間に着地した。
「今まで散々追いかけてくれたな!!」
急に現れた俺に驚いたのかヴァルフレアは一瞬固まった。
その隙を見逃さず、全体重を乗せたパンチを奴の頭部にクリーンヒットさせる。
奴は五メートル近く飛び、近くの木に強くたたきつけられた。
近づいてみると、ヴァルフレアは泡を吹いて倒れていた。
終わってみればやけにあっけない決着だった。
「……俺が強いのか? それとも、こいつが弱いのか?」
そういや、転生した直後の状態でも勝てる可能性が五分五分だって言ってたな。
息を整える俺の前に、少女が恐る恐る近づいてきた。
金髪に透き通る青い瞳。年は十歳前後。小さな肩は震えていたが、その瞳には確かな安堵があった。
「あの……助けてくださって、ありがとうございます!」
「どういたしまして。俺は五十嵐晴樹。君は?」
「……エトラ・エシィ、といいます。あ、さっきの契約って、ハルキさんがしたんですか?」
「ああ、そうだよ」
しっかし近くで見ると――本当に可愛いな。
本当に守れてよかった。
そしてこの先もずっと守りたい。
『晴樹様はロリ――』
黙れ!! 可愛いものを可愛いって言ってるだけだ。何が悪い!
あれ?そういえば言葉がわかるぞ。
なんでだエレン?
『それは主が言語だけは分かるようにとわたくしの知識を晴樹様と共有したためです。』
はあ?何を言って……うわぁ本当だ言葉についてはまるでずっと使てきたかのようにわかる。
でも知識の共有が出来るたってこの世界のことについてはさっぱりわからないぞ。
『それは主が「面倒くさいからそこんとこエレンちゃんが説明しといて」と』
あんのクソ神が!知識の共有が出来るならしとけよ!
こっちだって面倒くさいってのに。
まあいい、そこは後でエレン先生にちゃんと教えてもらうとして、これからどうするかだな。
取り敢えず、どこか人がいるとこに行かないと話にならない。
きっとエシィは町の場所とかを知ってるだろうから案内してもらおう。
「え~と……俺はな少し……いや結構遠いとこから来たせいでここら辺の地形とかよくわかってないんだ。だから町まで案内してくれるか?」
まあ、遠いところって言っても異世界だけど。
「は、はい!も、もちろんです!」
町に戻るために落ちた薬草をエシィと一緒に拾いに行く。
その途中、水面に自分の顔がチラリと映り込む。
それを見た瞬間、俺は衝撃を受けた。
なんと水面に写っていたのは俺が知っている顔と全くの別人だったのだ。
そこに映っていたのは、白髪で緑の瞳を持つ、イケメンだった。
やったのは神に決まってる。
でもどうしてだ?
『主が“せっかく異世界行くならカッコよくしないとね”と』
「神もたまにはいいことするじゃねえか」
鏡代わりの水面に映る自分へ思わず見惚れる。
別に前の顔もなかなか悪くなかったと思うが、これは比べ物にならない。
全ての部品が100点満点だ。
……あれ?でも俺の顔が変わったのなら『幽霊』や孤児院のみんなの顔も変わってるってこと!?
『その通りです』
「……あの神、余計なことしかしねえな」
『幽霊』の素顔は俺も知らないから関係ないが、孤児院のみんなやを探す難易度が上がったじゃねえか!
いや、でも美女、美男を探せば孤児院の誰かの可能性が高いのか?
そう考えると悪くないのかも?
『見かけた美女、美男すべてに話しかけるなんて……発想が非常識的ですね』
そんなこと言ってねえだろ!!
「ハルキさん、薬草拾い終わりました」
ずっと自分の顔を見ていたせいで薬草はエシィに任せきりなっていたが無事に拾い終わったらしい。
「あ、ごめん。任せっきりになちゃって。」
「大丈夫ですよ。じゃあ、町に行きましょう」
そう言ってエシィは町がある方へと案内してくれるのだった。
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目標
1、孤児院のみんなとの再会(New)
2、幽霊への復讐(New)
3、エシィを守る(New)