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三題噺もどき4

返却(雨)

作者: 狐彪

三題噺もどき―ろっぴゃくはちじゅうろく。

 




 雨粒が傘に当たるたび、ほんの少しだけ心臓が跳ねる。

 体を覆うように、ドーム状になっている傘の中は、どうしても音が響いて苦手だ。

 この音が好きな人間もいるようだが、私には向いていない。

「……」

 それでも、傘をさしているのには理由がある。

 濡れては困るからというだけだが、その程度の理由なら基本傘なんかささない。雨の中で歩くのなら、適当に同化しながら行った方が濡れにくいし多少濡れたところで何の問題もない。アイツは怒るかもしれないが、それは濡れたからというより体調を崩す原因になりかねないのだから気を付けろというのが理由のはずだ。

 傘をさすのが、嫌いとは言わなくても、このように音が響くのがとにかく苦手なのだ。この低いとも高いとも言えない、ちょっと聞き間違えれば打撃音にも聞こえかねないような音がだめなのだ。

「……」

 それに耐えながらでも傘をさして外を歩いているのは、濡れて困るのが私の体の話ではなく、借り物の本だからというわけだ。

 今日は、少し前に図書館に行って借りた、本を返却しに向かっている。

 借りに行くときは早めに行く必要があったが、返却自体は外に箱が置かれているので実質時間に制限はない。

 直接渡した方がいいのは分かるのだが、そう頻繁に早起きができるわけではないのだ。残念ながら。しようと思えば出来るのだけど……。まぁ、苦手なので。

「……」

 それでも、この雨の降る中で行かなくてもいいだろうと言うのもあるだろう。

 しかし、図書館の本というのは返却期限というのがあるだろう。まだ余裕はあるのだけど、返せるときに返しておかないと忘れかねない。そうしない、させない従者が家には居るのだけど、その手を煩わせないためにも、用事が終わったら返すようにしている。

「……」

 極力濡れないように、胸の前で本の入った袋を抱えている。

 もう片方の手は傘を持っているから、両手がふさがれている状態だ。今襲われたら案外あっさり負けるかもしれない。

 ただでさえこの雨だ。音は紛れるし、匂いも紛れる。視界もそこまでいいわけではない。

 正直、個人的にはかなり弱体化されている状態だと思う。

「……」

 まぁ、そうは言っても。

 両手がふさがれている程度でどうにかなるようなつもりはないし、音が聞こえづらくて匂いも分かりづらくて視界が不良なのは、あちらも同じなので大した違いはない。

 あちらとはどちらだと言う感じだが。まぁ、色々あるのだ。

「……」

 あぁ、しかしホントにうるさい。

 帰りは傘をささずに帰ろう。

 アイツには怒られるかもしれないが、私が苦手なのは分かっているだろうから。極力濡れないように且つ不自然にならないように速足で帰ればそこまで濡れることはあるまい。先に言ったように適当に同化しながらでも帰ればいい。

「……、」

 と。

 響く雨音に耐えながら、すでにもう帰りの事まで考え始めたあたりで。

 ようやく図書館にたどり着いた。長い時間だったように思えた。

 箱は濡れないように、屋根がついている少し奥まったところに置いてある。

 ポストのようになっているその中に、あまり大きな音が鳴らないように本を入れていく。

「……」

 軽くなった袋を適当に畳、羽織っていたジャケットのポケットに入れて置く。

 屋根の下で傘を閉じ、少し休憩をする。

 地面を叩く雨音自体は好ましくはあるのだ。傘を叩く音だけがどうにも苦手なだけで。

 すこし耳と心臓を落ち着かせながら、呼吸をする。

「ふぅ……」

 吐き出した呼吸は、少し白く染まっていた。

 今日は雨のせいか、少し冷えているからな……。

 天気予報を見た限り、今週はずっとこんな感じで雨続きらしい。梅雨と言えばそうなので文句はないが、散歩に行きづらくなるなぁ。

「……?」

 降り続ける雨を眺めながら、さて帰ろうかと思った矢先に。

 すぐそばで小さな悲鳴が聞こえた。人のモノではなくて。

「……おや」

 全く気付かなかったが、いつの間にそこにいたのか。

 返却用の箱の横に、小さな段ボールが置かれていた。

 その中に、小さな猫が居たのだ。聞こえた悲鳴は、彼のモノだった。

「……」

 すこし位置が悪く、屋根の下ではあるものの、雨の降り方次第では濡れてしまうような位置にある。かと言って、少しずらしてしまえば見えづらくて気づきづらい位置だ。しかしこのまま放置というのもなぁ……せめて濡れないようにしてやりたいが。

「……、」

 手に持っていた傘の存在を忘れていた。

「……これでいいか」

 これだけのサイズの傘があれば、嫌でも目に入るし濡れることも無かろう。

 私はもう必要ないからな、手が空いてラッキーなくらいだ。

「すまんな……」

 小さく悲鳴を上げた彼に、軽く触れ、拾ってやることは出来ないが、この一晩くらいはしのげるように。

 傘をさしてやり、手ぶらになった状態で帰路につく。

 帰ったら、怒られたのは、言うまでもないな。




「……本の返却くらいしますよ」

「いや、借りたのは私だからな」

「傘をさすよりはマシでしょう」

「そうもいくまいよ」

「……なら、ちゃんと濡れないようにしてください」

「……肝に銘じておこう」









 お題:同化・傘・猫

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