浮気で刺された王子の夫がすがってくるが妻は冷めた目で払い除ける
「はあ……また朝帰り?」
小さな国。
その王子妃になっていたが、政略結婚で結ばれた王子は結婚生活を蔑ろにする男だった。
ため息を隠さずに述べる。
「……別に、お前に関係ないだろ」
その発言が出てくるとは、舐められている。
「関係ある!私、あなたの妻でしょ!」
当然の権利なのに。
「白い結婚だろ?形だけの夫婦だって、お前もわかってるはずだ」
形だけとはいえ、ちゃんとしてくれと思う。
「わかってるけど……でも、あんまりじゃない?街で噂になってるんだから。『白雪王国の王子様、今日も綺麗な女性と歩いてたわ』って!」
こちらは何もしてないのに。
「ふん。平民の噂なんて気にするな」
汚名をなぜ、妻も被らねばならないのか。
「平民だって、あなたの国の国民だよ!それに、その綺麗な女性って、愛人でしょ!」
愛人は不潔だと国民に思われる。
「……別に、誰と付き合おうと俺の勝手だ」
勝手はいいが。
「ひどい!私だって、我慢してるのに!この結婚だって、国のためだって言われたから……」
我慢したのに。
「お前こそ、不満があるなら出て行けばいい」
彼は、ゴミを捨てるみたいに投げつけた。
「っ……!」
(ひどい……やっぱり、この人は私のことなんて何とも思ってないんだ……)
「私、もう我慢できない」
吐露する。
「なんだ?」
「私、あなたのこと、好きになろうとしたんだ。少しでも、夫婦としてやっていけたらって……でも、無理みたい」
夫婦として、既に破綻している。
「……それが言いたいことか?」
「うん。私、もうあなたの妻でいるのは嫌だ」
首を振った。
「……そうか」
(全然、驚いてない……やっぱり、どうでもいいんだ……)
「私、出ていく。自分の力で生きていく」
振り返らない。
「好きにしろ」
(魔法だって使えるようになったんだ。この世界で、私だって強く生きていける!)
現代知識を元手に商売を始めた。
考えた商品はヒット。
それから数ヶ月後。
「大変だ!王子様が、何者かに刺されたらしい!」
出店で販売している時、街の人が騒いでいるのが聞こえた。
(え……あの人が?)
まさか、あんなに強い魔法が使える人が……誰がそんなことを?
悩んだが、もう無関係だしと他人事になる。
数日後、王宮から使いが来た。
なぜ?
「王子妃様、殿下が……一命は取り留めたものの、まだ危険な状態です。どうか、お見舞いに来ていただけませんか?」
形ばかりの王子妃に今更、懇願してくる。
(私が、お見舞い?)
あの冷たい態度を思い出すと、気が進まない。
でも、かつての夫が苦しんでいると聞くと、少しだけ心が痛んだ。
人として、必要最低限の感情なだけ。
仕方なく王宮へ行くと、ベッドに横たわった夫が、やつれた顔でこちらを見ていた。
「あ……来たのか」
声も弱々しい。
「その……どうしたの?一体、誰に?」
「わ……わからない。夜道で、いきなり……」
いつも強気な夫が、こんなにも弱っているなんて。
でも、自業自得。
さっさと王宮をあとにして、見舞いはそれきり。
それからしばらくして、さらに商売はどんどんうまくいき始めた。
現代の知識を生かした新しい商品や、魔法を使った便利な道具が、貴族たちの間で評判になったのだ。
お店も大きくなり、毎日忙しいけれど、充実した日々を送っていた。
楽しくてやめ時がない。
そんなある日、また王宮から使いが来た。今度は夫本人からだという。
また?
「は?……会ってほしい、と?」
使いの者は深々と頭を下げる。
迷ったけれど、馬車に乗って王宮へ向かった。
部屋へ入る。
夫は以前よりもさらに痩せて、憔悴しきっていた。
なぜか、こちらに顔を下げる。
「……すまなかった」
開口一番、夫はそう言った。
「えっと……何が?」
「お前に対して、酷い態度をとったこと……それに、愛人のこと……全部、俺が悪かった」
「今さら、何を言ってるの?」
その声は、自分でも驚くほど冷たかった。
刺されたから反省する。
それは反省とは言わない。
「あの時は、お前の気持ちなんて、少しも考えなかった。ただ、国のための結婚だと思って……でも、こうなって初めて気づいたんだ。お前がいなくなって、どれほど寂しいか……」
はい?となる。
夫は涙ながらに言った。
「頼む、戻ってきてくれないか?もう二度と、あんなことはしない。お前を大切にする」
夫の必死な様子をあきれた目で見下ろした。
バカにしている。
「今、あなたは苦しんでいるから、そう言っているだけよ。もし、あなたが元気になったら、また元の酷いあなたに戻るでしょう?」
「違う!本当に、心からそう思っているんだ!」
夫は手を伸ばしてきたけれど、それを雑に払いのけた。
心から思うが、喉元を過ぎたら逆戻りしそう。
「遅すぎたのよ。私はもう、あなたのいない世界で、自分の力で生きていくと決めたから。そういえば、刺されたのって愛人がしたんじゃない?」
商売が順調なのに、夫という不良債権を背負い込む理由はない。
「そんな……!」
夫は絶望に顔を歪めた。
まるで、昔の自分のように。
「さようなら、王子様」
そう言って王宮を後に。
文官達にも止められたが、見て見ぬふりをしてきた人達に止められてもと、冷めた目で無視した。
手伝ってくれる人の中に、己を熱のこもった目で見てくれる人もいて、初めて胸が高鳴る日々でもあるのだ。
清々しい。
彼らを二度と、振り返ることはなかった。
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