第二章
第二章
キーンコーンカーンコーンと甲高い予鈴の音が校内中に鳴り響くき、昼休みの開始を知らせる。
何かに駆られるように教室を飛び出し、購買部へ全力疾走する者。
その者を叱りつける教師の注意喚起の怒号。
一人の生徒の元へ駆け寄り、机を合わせて弁当を広げ、わいわいと喧騒を繰り広げる女子グループ。
前日に購入しておいた惣菜パンを片手に食らう者と恋人やら母親やら、もしくは自分やらが調理をしたであろう弁当を通学鞄から取り出す者。
周囲を見渡せば、二分しているどころでは収まらない、多種多様な者が存在する。
そしてもちろん、俺も例外ではなく。
普段ならば、号令を掛け終えると即座に惣菜パンを片手に取り、校舎の裏に位置する人気のなく、それでいて対して目立たなく、周囲の視線を向けられにくい、ポツンとそびえ立つベンチへと向かうのだが。
なぜだか今日だけは。いや……この先、延々と言っていいのかもしれないが。ルーティン通り、ベンチへと足を運ぶため席を立とうとする俺の目の前には、行く手を阻む一人の女子生徒の姿がある。
「なんだよ、神崎」
「なんだよはないでしょ。なんだよは」
「いや、しょうがないだろ。実際に状況を理解できていないんだから」
両手を腰に当てながら、仁王立ちで俺の行く手を阻み、なぜだか知らないが誇らしげな表情を湛えている彼女。
その片手には巾着袋に包まれた弁当箱をぶらぶらとチラつかせていた。
「せっかく、わたしたち友達になったんだし、友達らしいことしようよ」
なるほどな。
何となくだが、彼女が何を言いたげなのか察しがついた。
「その、友達らしいことと言うのが、昼食を共にすることだと」
「千秋くん、あったりっー!」
パチンと弾くように指パッチンをし、俺の事をビシッと指を差してくる彼女。
だが、気遣いのつもりで行動したのか、ただ単に『友達』その純粋な理由で声を掛けてきたのかは知らないが。
どちらにせよ、愉快な笑顔で昼食を共にすることに今か今かと待ちわびている彼女には申し訳ないが。この状況下でのその提案は世間知らずと言うべきか、周囲が見えていないと言うか。
とにかく、適材適所としては大間違いにもほどがあった。
「俺さ。昼食を食べない主義で。だから、また今度でもいいか?」
「……なに、その主義」
眉をひそめながら、怪訝な表情で俺の事をじっと見つめてくる彼女は、何やら言いたげな雰囲気を醸し出していた。
「な……なんだよ」
「千秋くんさ。また、わたしの株が下がるからとか気にして断ったんでしょ」
「な、何を言うか。そんなわけ、あるはずないだろ……。まったく……神崎ときたら」
彼女の言葉に俺は肩をピクリと震わせ、不自然に視線を逸らした。
あまりにも俺の本心を捉えている言葉だったから。
そんな、動揺の色をまるで隠しきれていない俺の表情を彼女は『本心が丸わかりですよ』と言わんばかりにじっくりと熟視してくる。
「千秋くんは本当に嘘をつくのが下手だね。目は泳いでるし、視線は逸らすし。何よりも昼食を食べない主義って、あなたはダイエット中なのかって」
「う……うるせぇよ。しょうがねぇだろ。俺と食事なんかしたら。周りから何か言われた時、俺とは友達じゃないって言い逃れ出来なくなるかもって思ったんだから」
「はぁ……!?わたしは最初から言い逃れしようなんて思ってないし!」
彼女は「はぁ……」とわざとらしく、深いため息を吐き、「それに……」と言葉を重ねた。
「何度も言うけど。わたしは本当に周りの目とかどう思われるとかどうでもいいの。当然、あなたがしつこく言い続ける株とかもね」
「今まさに向けられている、普通ではない視線も気にしないと?」
「それはもちろん。当然だよっ!」
フンスッと鼻息を立てながら、誇らしげに胸を張る。
転入早々から一際目立っており、俺なんかに干渉していなければ、間違いなくクラスどころか学年中の注目の的となり、周囲からは高い評価を受けていただろうに。
だが、彼女は誰もが選択するであろう栄光への道よりも、確実に暗闇が広がっている言わば地獄なような「死神と友達になる」という選択を下した。
そうして彼女は教室にいる大半の生徒らから向けられている、冷酷で懐疑的な視線でさえも眼中にないらしい。
「わかったよ。神崎が気にしないと言うなら、それをどうこう言う権利なんか俺にはない」
「そういうこと。やっと分かってくれましたかぁ」
どこかホッと安堵したような、嬉しそうな、眉尻を下げながら穏やかな笑みで「うんうん」と腕を組んで頷いていた。
周囲からどうな視線を向けられようと、偏見を抱かれようと、彼女自身は言葉通り本当にお構いなしのようで。
そんな鋼のようなメンタルで図太い神経を持ち合わせている彼女がどこか羨ましく思えてしまう。
自分の信念を貫いて、誰になんと言われようと決して屈さず、立ち向かい続ける彼女の存在が俺にはとても眩しく映った。
「そんなことより、早く食べようよ!もうわたし、お腹ぺこぺこで死にそうだよぉ〜」
「あぁ、俺もだ。今日は時間がなくて朝飯も抜いてきたから、尚更」
「え〜なにぃ。千秋くんお寝坊さんなの?どうせ、夜遅くまで起きてたんでしょ。ゲームやらアニメやらで」
「全然ちげぇよ。昨日は勉強をしてたんだ。そのせいで、今朝は寝不足だし、疲れは全然取れてないしで散々だわ」
通学鞄から通学時にコンビニで購入した、惣菜パンを取り出し、パクリと一口かじる。
席を合わせながら、なぜだか無駄に俺との距離を狭めながら椅子に腰を下ろしている彼女がパカッと弁当箱を開けた。
「へぇ〜。千秋くんも勉強とかするんだ」
おかずをキラキラと煌めく瞳で眺めながら、そう返答する彼女は俺との会話よりも弁当箱の中身の方が重要視は高いらしく、割と適当に流された。
「……どれから食べようかなぁ」と独り言ちりながら、案外即断即決してみせた彼女は片手に持っている箸で唐揚げを掴み、一口で頬ばった。
「……めもわへなね。いなりぬる」
「何言ってるか分からねぇよ。飲み込んでから喋れよ」
満面の笑みでハムスターのように頬を膨らませる彼女はゴクリと嚥下音を立てながら、再び口を開く。
「結構意外だったよ。そんな常日頃から勉強をする優等生さんだったとわ、思っていなかったから」
「別に常日頃からしてるわけじゃないし、優等生でもないが」
誰がどう見ても、死神と呼ばれその上不良とも認識されている俺が優等生なはずがないだろう。
仮に優等生ならば、もう少しは周囲から向けられる眼差しや印象も緩和されていたかもしれないな。
「もしかしたら、わたしよりも成績いいかもね」
「流石にそれはないだろ」
「いやいや、有り得るって。だってわたしなんて、テスト期間しか勉強しないもん」
その時、そういう彼女の言葉に俺は一つの疑問を抱いた。
それと同時に彼女が今現在、大いなる勘違いをしているという事実も。
「いや、神崎何言ってんだ?今、テスト期間だけど」
「えっ?もう、千秋くんそういう冗談はやめてよー。面白さゼロ点だよ?そんなはずーー」
「これ、マジだから。マ ジ で テスト期間中なんだが」
流石に彼女自身も俺が嘘をついているとは見えなかったらしく、次第に額から汗がタラタラと流れ落ち、身体が震える反動の影響で箸で掴んでいたミートボールが机に落ちる。
ガッガッガッとまるでロボットのような硬い動きで首を動かし、俺に視線を向ける彼女はこれ以上にないほどに動揺した感情を隠しきれないでいた。
「……マジですか」
「あぁ、マジだ」
「……本当に」
「あぁ、本当だ」
「……エイプリルフールとかでは」
「あいにくだが、その日はもうとっくに過ぎた」
ようやく、今自分が置かれている状況に気がついた彼女の顔が一気に血の気が引き、たとえ心情を訊かなくとも、とてつもない焦燥感に駆られているのだろうと容易に推測できた。
「千秋くん……。どうしよう」
「どうしようも何も、今から猛勉強するしかないだろ」
「それはそうだけど。わたしさ、実はそれほど頭良くないんだよ……」
「それは……まぁ、なんと言うか。お気の毒に」
「ねぇ……千秋くんは……わたしのこと……見捨てないよね……?よね……?」
彼女から向けられる眼光が恐怖を煽るような眼差しへと豹変し、「よね……よね……」とブツブツと呟きながら、顔の距離を縮めてくる。
普段の彼女とはまるで別人のようで、若干どころか結構、メンヘラ気質を備えているというか。
ハイライトを消し、どこか恐怖心を感じさせる眼差しと徐々に迫ってくる彼女の威圧が余計に俺の鼓動を荒く乱す。
まるで、吊り橋効果並のドキドキ感だ。
「わ、わかった。わかったから、少し離れろ。……そんなに迫られたらさすがに怖ぇよ」
「怖い……?何を言ってるの?全く千秋くんはおかしな子なんだから」
あの豹変させた姿が、二重人格を彷彿とさせるあの姿が、まさかの無意識で行っていただなんて、怖すぎるにもほどがある。
だが、何とか彼女の性格や姿は普段通りに戻り、俺との距離も適切なまでに取られた。
「っていうか。お前さちゃんと先生の話聞いてないだろ。昨日の帰りのホームルームで定期考査が目前だって言ってたろ」
「あぁ……あはは……。そんなこと言ってたかなぁ」
「めちゃくちゃ言ってたわ。しっかり聞いとけよ」
今思い返せば、帰りのホームルームで行われる担任からの連絡事項があるのだが、その時の彼女は「……話長い」やら「……たいくつぅ」やらでノートに落書きをしていた記憶が蘇っていた。
だが仮に、担任の話の内容が長く退屈でノートに落書きをし、その結果何も聞いていなかったは百歩譲っていいにしろ。
それを行うのであれば、せめては年間行事予定表を確認にするやらで、把握するのが最低限のマナーだと思うのだが。
今回の一連のおかげで、どうやら彼女にとってはそんな常識は存在しないのだと認識できた。
「それで、テスト一日目っていつから?」
「来週からだが」
「ら、来週!?……またまたぁ、千秋さんご冗談をーー」
「冗談なんて一言も言ってねぇよ」
どれだけ俺への信用が薄いのか、それとも定期考査まで残り僅かの期間しか存在しない、決して変えようのないこの現実から目を背けたいのか。
俺の言葉のことごとくに対して彼女は必ず「ご冗談を」と返答するのがお決まりとなっていた。
「先に言っておくが、俺は対して勉強を教えるのが上手くないし。その上、お前同様に俺も頭は対して良くないからな」
それも当然。
なぜなら俺は早数年、友人と呼べるような親しい人間など存在しなければ、家庭教師のような誰かに勉学を指導するような仕事もしていない。
その上、兄弟もおらず一人っ子の俺は誰かに勉強を講じたことも当然としてないのだ。
つまりまぁ、端的に言ってしまえば。
誰かの講師につくなど、初心者中の初心者。未経験だということ。ただそれだけだ。
「まっ……まぁ、そこは何とかなるよ。きっと」
「……その、何とかなるに一mmも信ぴょう性も説得力も感じないんだが」
「大丈夫、大丈夫!なんたって、わたしの座右の銘は『心配するな、なんとかなる』だもん!」
「あぁ、一休さんの名言か」
「えっ!この言葉って一休さんだったの!?」
「誰の言葉か知らないのに、座右の銘だって言ってたのかよ」
今の彼女の言葉で、余計に心配になってきた。
まさに先が思いやられるとはこのことだ。
「テストまでそう時間もないし、試験勉強は早速明日から始めるがそれでもいいよな?」
「そのぉ……明日は……ちょっと……」
「何か予定でもあるのか?」
「予定という予定でもないんだけど……。せっかくの土曜日だから一日くらいは休みたいかなぁ……なんて」
「あのな。お前、今自分が置かれてる状況理解してないだろ……」
わざとらしく、「はぁ……」と呆然とした深いため息を吐きながら、もはや呆れて笑えてくる。
先程、あれほどまでに焦燥していたにも拘わらず、土曜日だからと休息をもらいたいなど言う権利は果たして彼女にはないと思うのだけれど。
そして、その発言を許されているのは毎日欠かさず勉学に励み続けた者だけだ。
額から汗をダラダラと流し、振動マシンに乗っているのかと錯覚させるほど身体を震わせていたのはどこの誰だよ。
「ちゃんと理解してるよー!でも、でもさ。明日一日だけ休めば、「よしっ!勉強頑張ろ!」ってなれるの!」
「それってつまりさ、明日から頑張ろうってやつだろ。そう言う奴はな、大抵いや、絶対に確実に必ずその日が訪れてもやらないんだよ」
どこか癇に障るような「チッチッチ」と舌を鳴らしながら、人差し指を左右に動かす仕草を披露する彼女は、そう反論する俺に何か言いたげな雰囲気を醸し出していた。
「なんだよ神崎」
「千秋くんの言い分もすごく分かるよ。でもね、わたしに限ってはそんなことないんだよなぁ」
俺にとっては、むしろ彼女は余計に要注意人物なような気がするのだけれど。
だがここは敢えて、異論する気持ちを精一杯に押さえつけ、仕方がないからと彼女の言い分も聞いてみることにした。
「その根拠はなんだ。適当な理論だったら許さないからな」
「フッフッフ……。千秋くんには悪いけど、今回に関しては歴っきとした証があるんだなぁ、これが」
先程の舌鳴らしといい、今の不敵な笑みといい、どうやら彼女は俺の癇に障る領域を充分に認知しているようだ。
それがたとえ、無意識であろうとそうでなかろうと、彼女を一発殴りたい衝動に駆られる俺は力強く握られた拳を机の下で密かに構えながらも、その衝動に支配されまいと必死に堪える。
「なんと言ってもこの、神崎芹奈様は。巷で至難の業と言われている、あのダイエットを明日からやろう明日からやろうと引き伸ばしたりはせず、その日その時に今日始めようって、決断したんですよぉ!」
「は、はぁ……。悪いんだが、その凄さというか難易度というか、あまり分かってないんだけど」
「はぁっっ!?本気で言ってるの、千秋くんっ!」
率直な感想を包み隠さず彼女に打ち明けると、俺の言葉に驚嘆したのか、甲高い声を張り上げながら、机をバンッと叩き、勢いよく椅子から立ち上がった。
その瞬間に教室にいる生徒という生徒の視線が一斉に俺ら二人に向けられ、喧騒に包まれていた教室内が水を切ったように静まり返った。
そんな、状況を目にした彼女はこちらに視線を向け続ける生徒らに対して「……大声出してすみません」とぺこり会釈し、後ろに吹き飛んだ椅子を定位置に戻すと、そっと腰を下ろした。
「もう!千秋くんが変な事言うから、大きな声上げちゃったじゃんか!」
「俺のせいじゃないし、それに変な事も言ってない」
「ぜんっぜん言ってたよ。ダイエットの苦しさと困難さを知らない人なんてこの世にいるんだ」
「まぁ……実際に俺がそうだし」
人生で一度もダイエットをしたことがない俺からすれば、申し訳ないがどれくらいの苦痛なのかどのくらい成功率が低く難解なのか、知る由もない。
だから、先程彼女が誇らしげに胸を張りながら言い放った、歴っきとした証に値する価値なのかどうかは到底分からないが。
それでも、彼女の反応を見る限り、虚言を口にしているような素振りも俺を騙そうと企んでいる言い回しも感じ取れなかったため、恐らくダイエットの難解差に関して、大袈裟に言っているわけではなさそうだ。
「分かった……分かったよ。試験勉強は明後日からでいいから、明日は思う存分休めばいいさ」
「千秋くんならそう言ってくれると思ってたよぉ〜っ!」
不満気に不機嫌そうに唇を尖らせていた彼女が途端に屈託のない表情へと一変させ、「ありがと〜」と感謝を述べながら、俺に抱きつこうとしてくる。
そんな彼女の肩を両手で押し返しながら。
「抱きつこうとするな」
「いいじゃん!ちょっとくらい〜」
「ちょっととかそういう問題じゃない。いいからとりあえず座れ」
「は〜い」
気の抜けた返事をしながら、どこか不服そうに眉を八の字に歪めている彼女。
男女という性別の壁を越えようと、いや……破壊しようとしているのか、男子の俺へに対しての接触に何の躊躇いもないのはどこか危険性を感じる。
それに、そういった行為を異性にしてしまえば、相手から好意を寄せられているのではと勘違いしてしまう男子もいるだろうに。
まぁ……俺じゃなければの話だが。
俺に限って、誰かに対して恋愛感情を抱くほど感性は豊かではないし。
生まれてこの方十七年、一度だって恋に落ちたことがないんだ。
『死神』『不良』そんな肩書きが存在する以上、俺が異性と仲睦まじい関係に発展させられる事なんて、夢のまた夢だろうし。
「あっ、そうだそうだ。そういえば、わたしたち友達になったのに連絡先交換してなかったよね?」
昼食を終えた彼女は弁当箱の蓋を閉じながらそんなことを語りかけてくる。
「あぁ。そういえばそうだったかもな。でもまぁ、別に連絡先を交換してもしなくても対して不便も支障もないけどな」
「そんなことないよ。不便も支障もありありだよ」
「そうか?たとえば?」
「いざという時、相手の連絡先を知らないと色々と伝えることができない」
人差し指を立てながら、誇らしげに淡々と言葉を並べる彼女。
「いざという時って?色々って?」
「それは……その……あれだよ、あれ。……「待ち合わせ時間よりも少し遅れるかもー」とか「暇だから少し話そー」とかだよ」
「それなら別に俺の連絡先はいらなくないか?一緒に出掛けることだって、暇だから話そうと思うことだって、当然としてないだろうし」
というか、後者に関してはあくまでも同性とするのが一般的で、仮に異性とするにしたって親密な相手か、相当のかまちょ、又は恋人同士に限られるのでは。
そして、そのどれもに該当しない俺らは、連絡先の交換への必要性に欠けると思う。
昨日、友人関係になった相手を親密とはお世辞でも言えないし、俺も彼女もそれほどかもちょでもない。三つ目の恋人同士なのかどうかなど言うまでもない。
そんな、相手と、ましてや異性と連絡先を交換してどんな利益が得られるのか理解しかねる。
けれど、どうやら彼女は違うらしく、ポカンと疑問符が浮かびそうな表情を浮かべながら。
「そうとは言いきれないかもよ」
「どういうこと?」
「二つ目に関してはともかく、一緒にどこか出掛ける可能性は充分にあると思うけど。だって、実際明後日から勉強会開くんだし」
「それって……外出にカウントされるのか?」
「され……ってそういう事じゃなくて。つまりね、明後日もしかしたら千秋くんが何らかの事情で遅れたり、行けなくなることだってあるかもってこと!」
「は……はぁ……。まぁ、そんなことはないと思うけど」
「あるのっ!絶対の絶対!」
なぜだか、そう言い切る彼女はどこか必死に見えて、互いのどちらかが譲歩しなければ決して論争が終幕することはないだろうと思った俺は、仕方がないからと「……そうかもな」と渋々彼女の意見に同調した。
「っていうことで。改めて連絡先交換しよう!」
「あぁ。分かったよ……」
俺は制服のポケットからスマホを取り出し、彼女が差し出しているスマホに近づけると、ピコンという受信音と共に液晶に表示されている連絡先の欄に『芹奈』と追加された。
今の今まで、俺が取得している連絡先のどれもが身近な人ばかりで、両親や従兄弟、祖父母といった言わば血縁関係の人のみだった。
だが今回、彼女ーー神崎芹奈と連絡先を交換したことによって、人生初の友人と呼べる人が追加された。
嬉しいような、心がザワつくような、なんとも言えない感情に陥り、でもなぜだか自然と口角の端が緩んだのが分かる。
そんな時ピロリンと通知音を鳴らしながら、液晶に一通のメッセージが届くと、まもなくタップした。
「……すたんぷ?これはどういうメッセージ性なんだ?」
「特にこれといって伝えたいことはないんだけど、とりあえず連絡先交換したんだし、なんでもいいから送っておこうかなって」
「なる……ほど……」
『なるほど』と同意や納得を示すような言葉をくちにしたはいいものの、実際問題、全くと言っていいほどに送られてきたスタンプに関して理解はできていなかった。
だが、何となく俺も何かしら返信をした方がいいのだろうと察知し、彼女を真似するように俺もまた適当に選択したスタンプを送信する。
「おっ!千秋くんから何か来たっ……」
まもなくした頃、彼女が片手に持っていたスマホもピロリンと通知音が出音され、すぐさま俺からのメッセージをタップすると、唇をへの字に眉をひそめながら、訝しげな面持ちてじっと液晶を眺めていた。
「……なにこれ。うさぎ……?いや……ごりら……?それとも……未確認生物……?」
顎に指を添えながら、小刻みに左右へ首を傾げ、次第に疑念の光を宿した瞳をこちらに向けてくる彼女。
「未確認生物はあながち間違ってはいないけど。これは……うさぎとゴリラのハーフ。ずばりっ!うさゴリラだよ」
「うさ……ごりら……?何それ。初めて聞いたし初めて見たんだけど、こんな必要性の低いスタンプなんてあるんだ……」
「失敬な奴だな。こんな可愛い動物見たことないだろ。うさゴリラの存在価値も重要性も分からないなんて。お前、人生の九割は損してるぞ」
「いやいや……。ダイエットの価値も苦痛さも知らない千秋くん"だ け に は "言われたくない 」
と、彼女からの思わぬ反撃を受けた俺は自分が今不利な状況に置かれていると察知し、いち早くにでもこの話題を終わらせようと適当に言葉を重ねる。
「まっ……まぁ。数少ない俺の宝物の一つだから、もし良ければ神崎も買ってみればいいさ」
「人それぞれ価値観が違うのは当然だから、否定や貶すわけじゃないけど。流石にそのスタンプを宝物だというのだとしたら、千秋くんの感性はだいぶ曲がってると思うよ……」
否定も貶しもしないと言っておきながら、しっかりと前言撤回をしている彼女。
『死神という名の悪評判のある意味不良生徒と干渉し続けるお前には言われたくないな』という言葉を心の内でグッと堪える、喉まで出かかったのを必死で抑える。
どうせ何を言ったにしろ、彼女から返ってくる言葉は大体想像できるから。




