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その想い出は蜃気楼のように

作者: 虹彩霊音
掲載日:2025/12/19




「雨だな」


「雨だね」


「せっかくだから雨の日だからこそ遊べる遊びでもやろうぜ」


「黒テープぐるぐる巻きにして生足魅惑のマーメイドするのはダメだよ、風邪ひくから」


「あれテープ剥がす時が地獄なんだよなぁ……ファントムに思いっきり剥がされた時は皮膚破けるかと思ったぜ。でも、それがダメなら何して時間潰すか良い案がねぇや」


「だったらお家でまったりしてたら良いじゃん」


「退屈じゃねぇか」


「それが良いんだよ。だって、姉さんもファントムも一緒だもん」


「……変な奴」



今思えばこの時からだったか。自分の身体に異変が起き始めたのは。



「……い、……お……ト……ライト!」


「あえ?」


「何惚けてんだ?」


「あ……う……なんでもないよー」



今から、だいたい一ヶ月前からか。時々、意識が飛ぶようになった。その時間は一、二秒という刹那的なものだった。しかし、確実にその間の記憶は飛んでいるのだ。



「最近多いな。悩みがあるなら聞くが?」


「姉さん達が居れば満足な私に悩みなんかあると思う?」


「それなら良いんだけどよ」


「…………」


「……ライト!」


「ッ!!」



最初は、ただ疲れているだけなのだと思っていた。少し休めばまた元気になれるって、侮っていた。



「ふぁぁ……ファントムを起こしに行かなくちゃ……お日様も頑張って良いお天気だね〜……」


「姉さんッ!!」


「……あれ、ファントム?」


「……あぁ、良かった。戻ってこないかと思った……」


「……太陽が、いつのまにか、沈んでる……?」



気がつけば、私はその『世界』に居た。白色の世界にたった一人、私が居るだけの世界。地面があるのかさえも疑ってしまうほど、その世界には何もない。そして、その世界に来て少しすると、『あいつ』はやってくる。



「……逃げたか」



この世界に居た間の記憶はない、けれどこれは紛れもない事実である。



「……突然意識が飛んで、死人のように身体が冷たくなり、岩のように不動となる。加えてその間の記憶はなし、と。何千年も生きてきたが、こんな症状は見たことがないぞ」


「ライトは、大丈夫なのか?」


「さぁ……どうだろうな。まぁ、推測はできるな。一つ、質問をさせてくれ。嬢ちゃんが能力を使って見える光景せかいは、どんな感じなんだ?」


「………時が止まっているのと、同じようなものだよ」


「………なら、長くないな」




「これ以上手を焼かせないでください。ただでさえ貴方の能力は……擬似的にとはいえ『時を止めている』んですから。そうでなくとも、貴方は『速すぎる』」


「……女の子を縛るだなんて、悪趣味だねぇ」


「こうでもしなければ、逃げるじゃないですか」


「嫌われるね、絶対に」


「なんとでも言えば良い。私はただ仕事を完遂しにきただけだ、その魂……回収させてもらう」



この世界には、私とこいつ以外本当に何もなかったから、氷柱を生成できなくて本当に焦った。でも、武器なら………



「……閻羅様に怒られるのは、私なんですが」




「………生物は誕生した時に命と同時に……それぞれの個体に決まった長さの『寿命』を与えられる。だから生きる者は必ず死ぬし、死ぬからこそ生というものを実感できる。……嬢ちゃん達に問題だ、何故寿命の長さには個体によって差があると思う?」


「……生まれた時に、すでに決まっているからだ」


「……そっちの嬢ちゃんは?」


「そうだねぇ……そういうのはあまり得意じゃないけど……体力的なやつ?」


「なるほど、もっともらしい答えだな。それらを否定するわけじゃないが……さっきの問題には明確な答えがある。心臓が鼓動する回数には、限度がある。それは、生まれた瞬間に決められたものかもしれない、その者の体力によって定められたものかもしれない。ただ、確実に言えるのは……脈を打てる回数には上限がある。彼女の能力……心臓が速く動くことによって周囲の情報を鮮明にできるようになっているのか、はたまた本人が言うように本当に時が止まっているのか……まぁ、なんの選択肢が正解であったとしても、彼女の世界に留まりすぎた彼女の心臓は……」


「……死ぬんだね、私」


「………」


「……私ね、いつ死んでも後悔しないように、毎日楽しく過ごしてきたんだ。姉さんの妹になって、ファントムの姉になって、毎日が大変だけど、本当に楽しくて楽しくて……そんな毎日が大好きで、だいすきで………」


「…………」


「いやだぁ……しにたくないよぉ……ねえさんといっしょがいいよぉ……ふぁんとむとはなれたくな―――」


「ライト!?」

「ライト姉さん!?」


「……案ずるな、例の症状だ。いや、大丈夫でもなんでもないのだが……」


「………頼む。ライトを、助けてくれ……」


「エニグマ姉さん!?」


「………ひとつだけ、方法がある」




「……またここに来たか。今度は何にも縛られてないみたいだね」


「………そろそろ捕まってくれません? 私は他にも仕事があって暇じゃないんですが」


「……私には、あとどれくらい残ってる?」


「……はぁ? 答えは一秒もない。だからこうして私が直々に迎えに来ているんだ」


「それは残念だ」


「……そう何度も逃がすかよ」




「はぁ………ぁぁ……」


ずっと、ずっと、あいつの姿が見えなくなるまで走り続けた。落ち着いたら、また元の場所に―――


「………あ、れ?」


「……驚きましたか?」


「なんで、いくらなんでも、はやすぎる……」


「……私を何だと思っている。私は死神だ、回収するべき魂の位置はわかっている。どこに逃げようと、貴方は私の手から逃れることはできない。いくら、それこそ光に匹敵する速さで逃げようが、貴方の位置は筒抜けだ」


「私は……まだ、死ねない」


「この状況で、まだ抗うのか? まぁいい……あとで閻羅様に特別手当を貰いましょう。それに、味気ない魂ばかりで退屈だったところだ。楽しませてみろ」


「……光の速さを、舐めるなよ」




「そんなことが、可能なのか?」


「ああ、私……いや、私達なら」


「お前はここらでも腕の良い医者だと聞く。そんなお前を信頼しないわけではないが、ああなったライトを……どうにかできるのか? 絶対零度の中、何日も放置されたかのように、身体が冷え切っているというのに……あいつの時間だけ、止まっているみたいだ、とんだ夢物語だ……」



「正解」



「……は?」


「夢に対抗できるのは、夢だけだ」


「………なるほどね」





「……いい加減諦めてくれませんかね?」


「…………」


「……わかりましたよ。貴方は、よく頑張った。でも……もう飽きた」



グサ



「…………」


「さっきから誰に向かって喋ってんの? ライト姉さんは最初っからこっちに居たけど」


「………幻影か。何故、貴方がここに居る。幻影の創生者、ファントム」


「……ここは夢の世界……私の世界だ。私のシマで私の姉さんに乱暴する不届きものを……見過ごすわけにはいかねぇよなぁ?」


「貴方の寿命はまだ先だ。早く彼女を渡せ」


「……私がどうしていつも寝てるか知ってるか? 体力を温存してるからだよ、こんな時の為にな!!」


「はぁー……次から次へと面倒なことばかり。いつものボーナスじゃ足りやしない。まぁいい、さっさと終わらせるか」


「………がッ!? う、腕が!!?」


「連続で幻影を召喚できないことが仇になったな。諦めろ、その腕で戦えるものか。ここでの傷は現実には影響はない。尤も……夢の影響を受けやすい貴方はどうかは知らないがね。これ以上やるなら、次は腕じゃ済まないぞ」


「……わかった!」


「………」


「は!?」


「わかったから……もうファントムを傷つけないで……これ以上傷つけたら、姉さんが治せなくなっちゃう………」


「……最初からそうしていれば…………何をしている?」


「あのさぁライト姉さん……そんなこと言われたらさぁ……私がわざわざ面倒な思いしてここまでやってきた意味ないじゃん!!!」


「まだ抗うつもりか? 物分かりの悪い女子おなごだ。片腕を失い、ダメージを受けた今の貴方に、私に勝てる要素はない。まぁ……例え五体満足だったとしても勝てはしない。私を誰だと思っている? 死神が負けるわけがないだろ、生者にも死者にも!!」


「ぐえっ!!」


「……さて、そろそろ終わりにしましょうか」


「……大人しくすれば、これ以上ファントムに痛い思いさせないんだよね?」


「私の今の仕事は貴方の魂の回収。あの方の魂は、眼中にはない」


「……こんなにも、死にたくないのに……」


「姉さんッ!! やめろダボ骸骨!!」


「安心しろ、痛くはしない」


「現実って、本当にひどいなぁ……」


「……………」


「………どうしたの、早くその大きな釜でさくっとやっちゃいなよ」


「……何故? 寿命が、延びている……!?」


「エニグマ姉さん! 成功したんだね!!」


「成功?」


「ライト姉さんは心臓移植をしたんだ! だから、心臓の鼓動できる回数が延びた! だから寿命も延びたんだ!!」


「なるほど………だから……」



貴方の寿命が無くなったんですね。




「さっきも、方法はあるとは言った。ただ……この嬢ちゃんに適したドナーが居ないんだよ」


「そんなもの、私の心臓を使えば……」


「ダメ。私のを使って」


「な、ファントム。お前何を!?」


「ライト姉さんを、『血も涙もない化け物』にするつもり? 心臓を新しく作るったって、時間もないし。姉さんのよりも、私の方がまだマシだし」


「……お前は、心臓抜かれたら死ぬだろうが」


「心臓抜かれたら死ぬ……? あははは!」


「な、何を笑っている!?」


「よく手品でさ、身体が真っ二つになるやつあるじゃん? それよりもっとすごいのを……ライト姉さんに見せてくるよ」





「ファントム!! しっかりして!!!」


「……ぁー……やっぱり、ダメかぁ……」


「ダメじゃないっ!! ダメなんてダメッ!!」


「………やっぱり、こんなにも誰かの為に泣いてくれる人を……化け物にするなんて、勿体ないよなぁ……」


「ファントム!! 嫌だ!! 死なないでよぉ!!」


「にひひぃ……ライトねえさんに……とっておきのてじなを、みせてあげるよぉ……まほろから、やりかたおしえてもらったんだぁ……」


「…………え?」





「……ライト!! 目を覚ましたか!!」


「……姉さん……ファントムは……どこ?」


「ファントム? ファントムは……」


「………ああ、なんだ。そこで寝てたんだ……布団も被らないで雑魚寝なんかして、風邪ひいちゃうよ……」


「………。……あとで、被せておいてやる。だから、まだ今はお休み」




「あ、姉さん。洗濯物干すの手伝ってくれないかな」


「うん、わかった」


「……大変そうだな。俺も手伝った方が良いか?」


「じゃあお願ーい。あ、ソル! 聞いて聞いて!」


「何だ?」


「この前ファントムと遊んだ時うっかり蜂の巣落としちゃってさー! 二人でとにかく逃げて逃げて大変だったんだ! 私は余裕だったけどファントムは逃げきれなくて何箇所か刺されてたのちょっと可哀想だけど面白かったの! それで疲れたせいか今は寝てるんだよね、今度はいつ起きてくるかな」


「……? 何言ってるんだ?」




ファントムはもういないじゃないか。




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