自己紹介キャッチボール①
翌日。あの衝撃的な出来事を未だ消化出来ないまま、俺は登校していた。
キャッチボール。
その言葉が頭の中を埋めていた。
何故キャッチボールなのだろう。そもそも何故あのタイミングで誘ったのだろう。というかあの女の子の名前、胡桃沢さんで合ってるよな? ていうかキャッチボールなんてもう随分やってないな……胡桃沢さんがやりたいっていうならやっても構わないけど……何故キャッチボール?
校舎の玄関に入り、上履きを取り出しながら考える。
何回考えても分からん……当人に聞くのが一番手っ取り早いけど……あの慌て様。流石に聞くのはまずいかな……。
と、胡桃沢さんの姿が瞳に映る。
悩みに悩んだ末、とりあえず聞いてみることにした。
もし嫌がるようなら速攻で聞くのやめよう。うん、そうしよう。
*
行きたくない。こんなに学校に行きたくないって思ったの、間違いなく初めてだ。
人生でこんなに学校行きたくないって思ったこと絶対無いよ。何回でも言いたくなるくらい行きたくない。
里見くんは登校してるだろうし……休んでてくれないかなあ……違う! そんなこと願っちゃダメだ! わたしの都合なんかで彼の学校生活を邪魔するような願いは許されるはずがない!
でも行かないとお母さん心配するだろうしなあ……心配かけたくないし、行くかあ……。憂鬱だ。
“行きたくない”と頭の中で思いながら足を進めていった結果、見事学校に到着してしまった。
しかも授業開始三十分前に。
なんというか、真面目さで首を絞めているような気分になる。
でも行かなきゃ……授業受けないと……。
使命感に似た感情を心の底の方から無理矢理取り出し、昨日から重たくなることが多い足を引き摺りながら、教室へと向かっていく。
校舎の玄関口で上履きを取り、履こうとしたその時。
「おはよう。胡桃沢さん」
誰かがわたしに挨拶したようだった。誰だろう? 誰でもいいから里見くんだけではあって欲しくない。お願い里見くん以外で……。
顔を上げるとそこに居たのは正真正銘の里見くんだった。
瞬間、思考がショートした。
ただあんぐりと口を開け彼を見上げる事しか出来ない。
そんなわたしを見かねてか、彼は申し訳なさそうに言葉を口にした。
「あの、いや、大丈夫。ごめん話しかけちゃって」
「あ、いえ……」
必死に絞り出した言葉は、彼に届いたかどうかすら分からない。分からないけど……彼はわたしの動揺とその正体を看破しているように感じた。
あっという間に放課後になってしまった。
今日は一日が爆速で過ぎたように思えた。
もうずっと昨日の後悔で頭がいっぱいいっぱいだった。
勘弁して欲しいよ本当に。向こうの方がそう思ってるか。そうだよね。うん。
「はぁ……」
溜め息が漏れる。もう帰ろう……忘れて寝てしまおう。家帰って寝よう……。
「胡桃沢さん!」
とぼとぼと帰路につこうとするわたしに、今日の朝一番で聞いた声が呼び止める。
里見くんだった。思わず鞄で顔を隠してしまう。もう色んな意味で見られない! でも返事をしないのは良くないので、頑張って返事をした。
「は、はい里見くん」
「その、良かったら」
そう言い、彼が持っている何かを、わたしに差し出すように見せてくれた。
「キャッチボール、しませんか?」
その何かは、グローブだった。