夕暮れコンタクト
斜陽の映る教室。一日の役目を終えた空の教室の中で、俺はペンを走らせていた。
すらすらとペンを動かし、宿題を一つ一つ片していく。
国語、社会と順調に終わらせて行き、残りの教科を確認する。
「あと数学だけか……」
一息つき、少々伸びをする。六限目が終わった時に買ったコーヒーを鞄から出し、プルタブを開け少し呷る。
コーヒーの温かさと同居するように、暮れた陽が俺を優しく包んでくれる。
この時間が俺は好きだ。
カリカリと文字を書くその音だけが響く。心地よい静寂。
こんな最高な環境だ。自習も捗るというもの。
コーヒーを一気に呷り、空になった缶を机の上に置き、また自習を再開する。
いつものように、静寂だけが流れていく教室。
最後の問題に手をつけた辺りで、ガラッとドアを開く音が聞こえた。
珍しいな、こんな時間に。忘れ物か?
そう思い顔を上げると、そこにはクラスメイトの女の子が立っていた。
目線が合う。だがその女の子はこちらをちらりと見ては視線を外し、またちらりと見ては視線を外す。
「えーと……俺になにか用?」
「あっ! ええとえと……」
強くたじろぐ女の子、少々落ち着きがないながらも、俺に何かを言おうとしているようだった。
ふと視線を下にやると、俺が今日無くしたシャーペンと同じものを彼女は大事に握っていた。
「あ、そのシャーペン」
「ああああの!」
「は、はい!」
予測していなかった大声が飛んできたもんだから、驚いて反応してしまった。
「これ、えっと、落ちてたので」
そう言いながら俺にシャーペンを差し出してくる。が、手に取ろうにも物理的な距離が離れすぎている。
「ありがとう。拾ってくれて」
俺が迎えに行った方がいい感じかこれ。そう思い席を立つと彼女は俺がする行動を察したのか、焦りを称えた表情でこちらに駆け寄ってくる。
「す、すいません」
「何が?」
本当に心当たりがない。謝られるようなことをされたような記憶が無い。
「これ拾った時に、返せなくて」
彼女は本当に申し訳なさそうにしている。
「いやいや、拾ってくれただけでもありがたいのに届けてくれたんだから、むしろこっちが申し訳ないよ。でもありがとう。届けてくれて」
意外に思ったのか、彼女を表情は面食らっていた。そしてその後少々ニヤけた。
「あ、あの……あの」
「うん。どうかした?」
たじろぎながら、必死に言葉を絞り出そうとしている彼女。
決心したのか、きりりと眉毛を上げ彼女は言った。
「わ、わたしと! キャッチボールしませんか!!!」
「……え?」
今度は俺が面食らう番だった。
え? キャッチボール? 言葉のキャッチボール的なことだろうか……? いやそんなわけは無いよな。
じゃあ本当のキャッチボール? 何故? 何故俺を誘う?
頭の中が限界以上のはてなマークで埋まる。若干ショートした思考は言葉を発することを許さず、あまりに気まずい空気が流れる。
きりりと眉毛を上げていた彼女は、自分の言ったことの奇怪さに気がついたのか。茹でたタコのように顔を真っ赤にした。
「あっあのえっとえっと……ごめんなさい!!!」
そう言うと全力で逃げる姿勢を見せる彼女。
「待って! ちょっとだけ待って!」
そんな彼女を思わず静止してしまった。が、その言葉は届かず。全力で走り去る彼女の足音だけが聞こえた。