4:喜と驥 (Harking)
「喜驥、起きなさい。」
聞こえる筈のない母親の声が、また耳を通る。
「じゃあ、私行くね。」
朝食を食べた後の姉の声だ。父と兄が家に帰らない1日が、戦時中のように始まる。僕も一緒に行きたかったが、僕は幼過ぎたことを私が思い出す。
母親と農作業にくれる日々が、あの時は続いていた、それも八月末までだが。日本の最期の夏。大日本帝国も、「大東亜共栄圏」も、歴史と「夢」に消えた。
家族で、僕以外の男は血と火薬の臭いに埋もれ、もう片方の親は、自分の子供と共に自らの首を吊った。
僕にはすでに何も残っていなかった。ママが残していた雑穀・乾パン・ドロップ、さらには「腐った臭いのする、稲に包まれた大豆」ですらも、自らの腹を満たしたいが為に無心に食っていた。私が思うに、僕は獣だった。自分が生きる為なら、思いやりだって捨てていたに違いない。
僕が見上げた時、肌の暗い亜米利加軍と目が合う。彼は、懐から駄菓子を取り出して僕に勝手に食わせた。何故なら僕が有無を言わず、殴り合いの準備をしていたからだ。当たり前だろう。英語が分からないのだ。
私は自分の席に座りながら考えていた。あの米国軍人が自分の人生の転換点であった。最期まで僕から私までの勇姿を見届け、遂には私の敷地の下に自分の棺桶を入れた男。その他にも「先生」がいたが、まずはあの軍人のことを思い出そう。あの男はいつも明るい表情をして、仲間にも友情を深めていた。私が彼の家族に引き入れて貰えた時も、彼の家族はいつも優しい人たちで溢れていた。さらに彼は自分の愛人にも優しい。私の想像できる最高の人間の一人だ。
世界全員があのような思いやりのある人で溢れていれば、どれだけ良かっただろうか。今私の住んでいる世界は、中東でも、ユーゴスラビアでも地域紛争が勃発している。
それは、互いの拒絶により成り立つ。自分とそれ以外・善と悪・天使と悪魔・人間と自然。そう言う隔絶・差別、そして利己主義こそあらゆる戦いを生む原因だ。日本があのような行為に走ったのは、元はと言えば世界恐慌が原因だ。そして、それは誰かが株式を売ったことを発端に、株価が下落、それによって起こったことだ。彼らは自分の利益のためだけに、結果論とはいえ1億人程の死者を出したのだ。
さらに、欧州などで広がった「黄禍論」とか言うナンセンスも、白人こそがトップであり、全くの別人種であるアジア人が欧州と並び立ったことによる恐怖、「正義」の邪魔物を「悪」とみなしたことを主張している。そして実際に、悪は打ち倒され、正義のヒーローは世界を救い、この事実は永遠に語り継がれる。
そのような人間は、僕がなっていた「獣」と同じだ。彼らがいつもこういう人格なのは、僕と同じようにゆとりが無いからだ。ゆとりさえあれば、人間は平和を実現できる、私はそれを確信している。そしてそれを確信させたのは、僕を助けた、かの米国軍人、ムハンマド・アリ・サム・アル=ティクリーティだ。結婚で名前はムハンマド・アリ・サム・オキーフに変わったが。
ーー
電話が鳴る。私はさも当然かのように受話器を取る。
「誰だ?」
「アレ、Moshi-Moshiとは言わないのかこのジャップ。」
「君らにそう笑われるのは、今更死ぬより腹が立つからな。」
「ハハ、良く言うじゃねえか。」
「で、一体何の様だ。社会主義者の弱小テロリストでも殺せばいいのか。」
「いや、それよりも少々シリアスな内容だ。西海岸の黒ギャングがオカルトじみたことに手を出し始めたらしい。」
何が「シリアス」だ、アイツらを迫害してきて、銃を売っぱらってるのはお前らだろう。
「それで?いつも彼らの銃の不法売買や殺人を泳がせてるお前らが、なんでそんなことを『シリアス』と言ってるんだ。人の命が無くなるよりマシだろうと私は思うが。」
「お前らに調査させてくれ、ハルキ。金は支払う。」
「…分かりましたよ、アダムさん。」
全く、ギャングだからって黒人が腫瘍のように扱われても彼らも困るだろうに。誰だってギャングに成り果てるものなのに。
受話器を所定位置に戻し、私は幹部に情報を伝える。こうやって上の言われたまま動く、私は差し詰め、国家の犬ならぬ馬。主人のためなら千里を走る馬。私の名前は、今の処遇を、密かに暗示していたのかもしれない。
私はいつもそうだ。いつも何かに縛られている。私がこの組織、CCO(Curse Container’s Organizations。OをA(Agency)にしたかったが、CIAとごっちゃになるから没になった)の長となれたのも、所詮、私が徳川家の末裔であり、15代将軍の慶喜の「喜」の字を持っていたからに決まっている。私が全く別の名前であれば、長にもなれずただ朽ちて終わるだけの人生だったろうに。
マッケンジーの姐が、携帯電話から、西海岸の「騒動」の鎮圧を引き受け、銃の使用許可を申し出た。私はYESと送った。それがまた人の死・小さな紛争を起こすと知りながら。
全く、世界平和の実現とは難しいものだ。しかし、我々には絶対に可能なはずだ。




