3:天罰 (Deserved Damnation)
「いやあ、まさかそんなことになるとは。まあ、呪いの危険性を教える手間は省けた事が、唯一の良いニュースかな。」
ハルキは神妙で、同時に悔しさも感じる顔をしながらこう呟いた。
あのビジネスマンの死亡事故で、私はその名を知ることとなった。名をアダム・Z・マッケンジー。アレックスと同じ苗字なのが妙に引っかかるが、どうやら彼女によると、血縁関係は「法の上では無い」らしい。
それにしても、何故そのような事が起きたのだろうか。あの呪いが彼が死に至る要因ではあるのは分かっているが、殺すのか。「家を守る」ために何も他の解決策を考えずにただ殺すのか。
あの事件から1週間が経って、ようやくそんな事が考えられるようになった。しかし、私の手で1人の人を殺したことは一生心に残り続けていくに違いない。
ラジオが聞こえる。俺はする事がないので、そいつを聞いて心を落ち着かせようとした。
『セントクレア郡の皆さん、ごきげんよう!今日は恐ろしい事が起こっているぞぉ!中国では、元首都の南京で大量殺人が行われた事が、中国で公開された。そして、同国がそれを23年間隠し通してきた事が明かされた。現在、死亡者:1784人、重傷者:4092人、測定不能レベルの軽傷者がいる。』
もうやだ。
ーー
手紙が自分の郵便ポストに届く音が聞こえた。手紙にはアレクサンドラ・マッケンジーの名が右下に万年筆で書かれていた。
以下のアドレスに該当する場所へ、午前11時までに来いとのことである。そのアドレスとは、地図を見たところ自分の家のある通りから右に進んだだけで来れるところだ。どうやら喫茶店らしい。
「お、来た。」
アレックス幹部はスマホを机に置き、皆に新入りが来た事を告げた。
周りには幹部に加え、2人がいた。幹部含め男1人、女2人である。彼らは俺に近寄って、新入りに対してサイアクな第一印象を与えることに成功した。
「お前、俺に仕事押し付けやがって。」
白人の男が俺を殴ろうとする勢いで近づき、女2人がそれを必死で止める。
「うわあ。許してくれ、その時は祖母が死ぬ直前だから行けなかったんだ。」
「俺も、親友の誕生日パーティを腹痛だあ言って断って行ったんだぞ。老耄のこと哀しむのは葬式の時だけでいいんだよ、ふざけんな!」
「お前の保護者は親孝行を望まなかったのか、俺のばあちゃんがお前を呪い殺すぞ。」
「俺は誰の腹の中にいたのか分かってねえんだぞ、俺に親孝行を知れなんて無理な話だろ!」
俺は雰囲気が一瞬固まったのを感じた。
「まず、お前に仕事を押し付けたことは本当に申し訳ない。」
彼は戸惑いを見せた。今まで素直に謝られたことが無かったのだろうか。それを見てアレックスは場の雰囲気を平和な状態へと戻そうとした。
「ええと取り敢えず、彼はカスピエル。」
「カスプと呼んでくれ。」
「俺は緑だ、ジョージ・『緑』・リー(George “Green” Ree)。」
数秒間の喧嘩への終止符は、俺たちの握手で終わった。
「ごめんね。彼はあんまり余裕のない性格でね。あたしはエイミー、エミリア・ワシントン(Emilia Washington)。」
いやはや、なんと都合の良い。黒人が一人いて、男女共に同じ数だけいる。裏社会に於いても、「男女平等」のプロパガンダの影響は受けてしまうということなのだろう。それともカスピエルという名を持つ自分が、ただ無駄な妄想を頭の中に浮かべているだけであり、この事象はただの神の戯なのだろうか。
「まあ、ここに来たんだから、折角だしコーヒーでも注文しましょう。」
「そうだな。」
俺は無言でアレックスの提案に賛同した。
「じゃああたしはミルク80%のコーヒーでも頼もうかしら。」
私はその言葉を聞き体が凍りついた。8割も牛乳など、不味いに決まっているだろう。私は元からミルク無しで飲むが、ミルクを一滴淹れただけで少々だが口に合わなくなる。コーヒーとは繊細な物だ。俺には、彼女が80%ミルクのコーヒーとかいうアボミネーションを呑みたくなる理由が分からない。
どうやら、俺は家の窓から見える景色だけを見ていただけのようだ。
ーー
「そういえば、南京の大量の死者についてだけど…」
俺はできたばかりの友人に対して話す話題に、困っていた。よって、こんな不謹慎なネタしか話に出せなかった。
「何?あれ?」
「そう。あれ。」
「『あれ』ってあのアレ?」
「そうだよあのアレだよ。それ以外に何が思い浮かぶんだ、お前の頭の中に。」
「アレがどうした。」
「アレって呪いが原因だったりするのかな。」
「それはどうか分からん。もし呪いが原因だとしても、自分を育て上げてくれた母国を、人を殺すまで憎むって考えられないし。少なくとも俺はしない。」
「でも人への怨みは、いずれ自分自身のコントロールも効かなくなるわ。WW2で日本が南京で大量虐殺を行ったのは知ってるでしょ。」
幹部が話に割り込んできた。「人の話に勝手に割り込むこと」に対して目を瞑れば、彼女は間違っていないと思う。
彼らはやり場のない怒りをそのまま放出している。野放しにしてもっと人が死ぬことは、許せるものでは到底あるまいが、
「やっぱり彼らの心を解放してやりたい。」
「無理だろ。中国で起きてることを米国が手を出すことは、言い換えると政府が許可を出さない限り国を越えて仕事をさせてもらうのは無理だろうし。」
「前にも言ったけど、私たちは三人の下っ端と1人の中間管理職ってだけよ。」
『上の考えにに逆らうことはできない』か。自分のやるせなさに背を向けて俺はコーヒーを飲む。初めてミルクを淹れたものを飲みたいと感じた。それは、俺の内心にある自分への甘えの現れだということは、既に自覚している。
俺は一人を殺し、有象無象の、誰かも知らぬ人間を見殺しにする。その罪悪感に心を蝕まれるのは、まさに俺に向けられた天罰なのだろう。




