2:死の意義 パートB (Being Of The Death Part B)
「こりゃあカスプ、お前が俺の知らねえカノジョまで連れて来たってのに、お前が何事もなかったかのようにノコノコと歩いてられるのは尊敬モノだな。」
もう二度と話したくは無かった。俺の家族の中で唯一嫌いな存在。それがゲイブことゲイブリエル(Gabriel)だ。
「真面目に、俺は今は亡きゾイおばあちゃんの部屋や風呂場、いろんなところでクソみたいに物が動くなんてことが起こっている。あのカワイイ女の子を連れて、何をする気か知らねえが、どうにか平和を取り戻してバアちゃんを幸せにしてやってくれ。」
「いや、あの人は俺の-」
「妻とでも言う気か?だったら結婚式に招待ぐらいしろよ。」
「もし結婚したら結婚式に招待するつもりだから安心しろ。あの人は俺の上司だ。」
「ボッシーってか?」
もうやめてくれと言いたくなる程に、彼はいつものように、さも暴飲暴食で自分の腹を太らせるかように事を肥大化し捲し立てる。俺は元来、静かな場所で眠ったり本を読んだり、MATTERY PORTABLE2を使ってビデオゲームを遊んだりするのが好きだが、そんな時に、常に大雨の様に煩わしく、竜巻が如く俺の「幸」と言う文明を悉く破壊して周る男が一人いた。それが俺の兄であることが、俺が想像できる、俺たちの世代の中での唯一の欠点である。
もし彼が先祖として存在していたとしても、同世代の人間、特に彼の身近な人物は死にたい気持ちになるだろう。もしかして、祖母が癌で死んだのも、彼女の細胞内のDNAが、ゲイブのジョークによって破損され癌になったからではないか、と俺は妄想する。
「よし。入っていいですよ。」
俺はドアの前に立って待っていた幹部を中に入れた。あまり乗り気では無かったが。
「おお、こりゃまたデカい奴だ。あんたの家にはこんなすごいものが入ってるのか、全く、本当に羨ましい限りだぜ。バーにいい酒はつきものだからな。」
マッケンジー幹部が俺に小声をかけた。
「あんたのお兄ちゃん、あたしのことあなたのカノジョと勘違いしてないかしら。」
「もっと悪い方ですよ。アイツ、女性を酒に例えることが好きらしくて、さらに俺のことをバーの顧客に例えてるんですよ。もうどう言う意味か分かりますよね?」
「分かりたくは無かったわ。」
俺はゲイブの方向に嫌々と目線を戻した。現場が掴めないとどうしようもない以上、仕方がない。
「で、どこに行けばいい。風呂場だったっけか。」
「まあそんなところだ。」
ーー
俺は階段を上がる。駆け上ってみると、僕が子供だった頃を思い出す。家族に歯が抜けたことを伝えたり、姉のアシーナ(Athena)にゲイブに学校で間違えてボールを当てたことをチクったり、若しくは誕生日パーティーにみんなを招待するようゲイブに言ったのに、人種差別主義者がどうのこうの言って、空にばら撒こうとした招待チケットを丸ごと河に捨てられて姉に怒られていたことも思い出してしまった。
こうやって思い出すたびに、まだ彼女は生きているのでは無いか、あの交通事故で、彼女は家族に死を偽り、どこかでひっそりと暮らしているのでは無いか、そんな妄想が働く。
そんな理に適わぬ妄想をしているうち、風呂場に到着した。俺は、あの例の銃もどきを取り出し、側面の摘みを上へ向け、ファインドモードにした。俺はゲイブの言っていることが、いつものイタズラだろうと思ったが、雰囲気から見て分かる。ここには人でも動物でも植物でも、あるいは無生物でも無い何かがいる。
しかし、俺が銃を構えても、もの一つ動く気配すらしない。やはり、「ポルターガイスト」は彼の冗談という名の繰り言だったのだろうか。
「あのねぇ、銃を構えて出てこいって言われてもあなたは隠れるでしょ。それと同じように、そんな物騒な形状の奴を構えてたら、出るのも出ないわよ。」
「じゃあなんでこれを…」
「1番扱い易いタイプだからよ。こいつはツマミとダイアルだけだし、命中し易いから良いけど、中には、当たることすら稀だったり…」
「ああ分かった、そういうことか、『攻撃特化』ってことか。」
「私に任せて。」
そう言うと彼女は、板のようなものを出して、そこから白い触手が出てきて、部屋全体を鞭のように打ちつけた。俺は怪我をすると思っていたが、どうやら実体に痛みは与えられないようだった。
そして、その一瞬、大量の白い光と1つの緑色の光が見えた。その緑色の光は、動き周り、風呂場の外へと逃げていった。
俺はその光景が一瞬のうちに起こったため、茫然と立ち尽くしていた。
「何をしてるの。追うわよ!」
アレックスに言われるがまま、俺たちは風呂場から出て、緑色の光る球体を追った。
ーー
気がつくとそこは、懐かしい物が並ぶ、祖母の部屋だった。今は、もはや物置きと化したこの部屋だが、そこには祖母の体臭と光に反射する埃、何もかもが俺の子供時代に見た、まだ活発に運動していたゾイおばあちゃんの部屋のままだった。目の前にいるこの気色悪い緑色の球体を除けば。あれを見るとブロッコリーを思い浮かんでしまう。俺の苦手な野菜の一つだ。
俺はつまみを下に下ろし、適当に引き金を引いた。すると、映画で見た雷鳴のようなものが銃口から放たれた。その色は分かりにくいが青色だった。それは、黄緑色の球体に当たったが、効果は見られなかった。
「いい。あなたの感情をそのままぶつけるの。あなたの、本当の感情を。今のダイアルの位置は… ネイビーね。真ん中のボタンを押してまた当ててみて。」
俺は今まで気付かなかった、ダイアルの中央のボタンを押し、また銃口を合わせて引き金を引いた。今度は前よりも鮮やかなオレンジ色が出た。
どうやら今度は効いたようで、当たった瞬間、球体は速く動き出して、蓄音機の中へ消えた。あの「呪い」とか言う物は、一体何を図っているのだろうか。
「おい、どうした。いきなり走り出したかと思ったら、このオモチャと一緒にガールフレンドと戯れているのか。」
後ろには父親のウォルターがいた。子供時代の、祖母に次ぐ良き遊び相手だった家族だ。
「こんにちは。あなた方のマンションにお邪魔しております、アレクサンドラです。」
彼女が挨拶をした直後、突如として蓄音機から音が鳴った。クラシック楽曲だ。どうやら、レコードが予め挟まっていたようだ。でも、これはゼンマイ式。どうしていきなり蓄音機から音が鳴り出したのだろう。
「はあ、またか。」
「父さん。どう言うことなのか教えてくれ。」
なぜか勝手に始まったその音楽を良く聞くと、それは俺が幼少期の頃に、祖母の部屋から良く聴こえていた曲だったのだ。
ーー
「実はな、最近この蓄音機の調子が狂って、勝手に音が出るようになったのさ。」
「…それっていつから?」俺は聞く。
「十二月の中頃からずっと。」
「それって… おばあちゃんの命日と殆ど被ってるじゃん。」
「俺もそれについて考えたのだけれど、やっぱり偶然なんじゃないかなぁって思う訳だ。」
お父さんは間違っている。これは偶然なんかじゃない。勿論、そんなことを口に出す訳にはいかない。精神病棟に連れて行かれるのがオチだ。
「それは、どうして?」
「だって、俺が死んだ母親と、勝手に壊れた蓄音機を関連付けるのには流石に現実的じゃないし。」
「でも、動かしていない蓄音機がなるのも現実的とは呼べないんじゃ。」
「いいか、我が息子よ。物を沢山壊してきた俺だから言える。物事はいずれ壊れる。誰かの不注意だったり、ふとした時にな。」
お父さんは、昔から工作などの類が全て苦手だった。いわゆる不器用というやつだ。「だから言える」と言うが、それはおそらく彼の管理能力が低いだけだろう。俺は、物を「間違えて」壊したことなど一度も無い。
そうこうしているうちに、曲が終わりに差し込んできた。その直後、幹部が俺に囁いた。
「ねえ、あの緑色の呪いをやっつけるんじゃなかったのかしら。」
俺は父親から離れてから、こう答えた。
「いや、俺に考えがあるんだ。『公平な契約』と言う物を目指そうと思っているんだ。」
「なるほどね。でも、ああいう性質の呪いは、楽しんで物に当たってくる類いだし、そんなのに応じてくれるのかしら。」
「賛成してくれるよう頼むよ。あの呪いをやっつけて、万が一にもあいつが俺の祖母だったら、俺はとんだ恩知らずだ。」
まあ、流石にそんなことは無いと思うが。
「よし。なら教えてあげるわ。本当は、これが終わってから説明するつもりだったけど。」
ーー
呪いというのは、性質というものがあって、色によってそれが違う。怒っていれば赤、何かを拒絶していれば橙、この地から離れたく無いなら黄色、というようにだ。
そこで、自分の銃もどき…正式名称は「祓い機」らしいので今後はそちらで呼ぶことにしよう。
とにかく、その祓い機のダイアルを呪いの色と揃えて、その魂を撃つと、その呪いと心で会話することができるらしい。しかし、声などが直接脳に響くとかいう、俺が昔に読んだような、出鱈目だが面白いファンタジー小説で見られるようなものではなく、単純に文字列が頭の中に入ってくる感覚に近いようだ。
正直、そういう類いのテレパシーでも、出鱈目な物は出鱈目だと思う。なんで五感を通さずにものを感じ取れるのだ。俺の学んだ生物学と相反するでは無いか。俺の学んだ科学はあの出鱈目と同じく「出鱈目」なのか。もはや俺の感じる現実ですら、ただの出鱈目から、出鱈目な出鱈目に変貌したかのように思えた。
よし。深く考えることは、もう諦めることにしよう。俺は祖母の部屋に戻って、幹部から教えてもらったやり方で、「公平な契約」を結ぼう。そして早く寝よう。
ーー




