2:死の意義 パートA (Being Of The Death Part A)
雪が振り初めてほぼ1ヶ月、突然の電話が来た。
「はろ〜?」
電話をかけた人は息切れしながらこう言った。
「お前、何処にいんだよ。お前のいたアパートの部屋は売られてるし、引っ越しの連絡もよこさなかったじゃねえか!」
「あー、取り敢えず言いたいことはそれだけか?」
「んなわけねえよ!お前のおばあちゃんが死にかけてんだぞ。今すぐ病院に行け!」
青天の霹靂といえば良いのだろうか。僕はその知らせに内心驚いていた。キョテンに引っ越しが完了し、今まさに初のオファーを受けるという日に、私の祖母が天国へ旅立とうとしていたのだ。
「…わかった。」
電話では平静を装っているつもりだったが、心は揺らいでいた。俺たちはずっと祖母のマンションで一家共々暮らしていた。いつも庭で遊んでいた。学校では、俺が肌がクロいだけで虐められたりしたから、学校なんて行かずに「黒人の」家庭教師を雇おうかなんて話もしていたようだ。
俺の祖父は、軍人である以上、帰っている余裕はあまり無かった。家族に、あんたは「おじいちゃんに良く似た子だ。」なんて言われても、幼かった頃の俺はピンと来なかった。今の俺も、それが「性格」なのか「肌の色」なのかはまだ分からない。
というのも、俺は自分の兄弟姉妹と比べて、肌がヤケに黒かった。うちの家族は、「1番白いのはゾイおばあちゃん、1番黒いのはムハンマドおじいちゃん。」と言われていて、俺レベルまで肌が黒いのはおじいちゃんしかいなかったのだ。でも、正直どっちでも構わない。俺は俺だ。誰かと何が似ているなんてことは今更関係ない。
ーー
俺は、マッケンジー幹部に事情を伝え、今すぐに入り口へと行き、潜り、車に乗ってエンジンをかけた。
全く、マニュアル車にしなくて良いことを、2年前の俺に伝えてやりたい。ちょっとカッコつけてやろうとしたせいで、祖母が最期に見るものが天井になってしまう。俺はエンストした車に対して八つ当たりをする。車は機械音を立てるだけ。俺は2からエンジンをかけ直す。祖母の元へ、俺の車は走らなくてはならない。走れ、走れ。速く、早く。俺は車のガソリン量とスピード、そしてトラフィック運を信じるしか無かった。
俺が着く頃には祖母の命がもうそこにはなかった。冷たい、湿った体だけがそこには残されていた。俺は泣き崩れただろう。「だろう」というのは、俺にあの時の正確な記憶は残っていなかったからだ。
平和の中で休みを取れ、ゾイ。(1939〜2023)
ーー
俺は、自分の地元にある、野球場の掃除をしていた。なぜなら、ここが僕が知る「二つ目の入り口」であり、従業員以外の何者でも無いことを装うためだ。雪は既に解けていた。
野球場の隣には、売店が並んでおり、ホットドッグとポップコーン店の間の扉が、例の「入り口」なのだ。幸いなことに、入り口前のドアは、従業員専用と書かれている。従業員を装ってさえすれば、誰にも疑われまい。
俺は、入り口を潜りキョテンへ戻り、私服に着替えて休む。あのオファーは、代行者がいたのでなんとかなったらしいが、俺にとって初のオファーはまたまた先になってしまった。祖母の死も相まって、俺は泣きそうになった。今回は真面目だ。
電話が鳴る。俺はさも当然かのように、受話器を持つ。しかし、さも当然かのように挨拶する気力は無かった。
「…お前が落ち込んでいるのは分かっているさ。愛しの祖母が癌で死んだ境遇は同じだ、カスプ。」
俺は無言のまま、我が兄、ゲイブの話を聞く。
「いいか。終わりがあれば、それに続く始まりもあるわけだ。今のお前の道は、大きな門をくぐった筈だ。それがなんなのかは、俺は気に留めない。もしかしたら、おばあちゃんも今頃大きな門を潜っているかもな。そして、その向こうでおばあちゃんが、俺たちが生まれる前の若い頃みたいに、わんぱくで破天荒な人になっているかもしれないな。」
「…それで俺の心を癒した気なのか?」
「そうとも。」
俺の心は全く癒ていなかった。ゲイブはイイ奴だ。イイ奴なんだが、所々笑いのセンスに欠けるのに加え、笑えないジョークまでも口から出てくる。放送禁止用語もお手のものである。
「…そう思ってろ。」
俺は電話を切ろうとした。
「本題にはまだ入っていない。とある億万長者が、うちのマンションを壊して映画館を作ろうって考えているんだ。これに関して家族会議を開いた…」
「ほう、俺は家族じゃないってか?そうする話なんて聞いてなかったぞ。」
「引っ越し先を教えなかった罰さ。」
「…なるほど。で、あー、結論はどうだ?」
「マンションは譲らない方針で行くことになった。多分弁護士を雇ってどうにかするだろうさ。」
「…事情は分かった。でもなんで俺に電話をかけたんだ。もしかして、俺が弁護士呼んでこいとか、弁護士を雇う金が要るとか?」
「お前、『ポルターガイスト』を信じるか?」
「いきなりなんなんだ。俺は信じないぞ。」
「なら俺たちのマンションに来い。俺が良いものを見せてやる。」
「はいはい。どうせアンタは俺を笑いものしたいだけだろ、ったく。」
「いやいや、俺はマジメ-」
電話を切った。このことを、念の為に相談した方が良いのだろうか。もしかしたらゲイブの言っていることが本当かもしれない、もしかしたら死んだ祖母が若い姿でハッチャケてるのかもしれない、もしかしたら俺の初オファーがプライベートな案件になるかもしれない。
よし、相談しよう。俺は家を出て、マッケンジー幹部の家へと赴いた。
ーー
ドアベルが鳴り響く。鍵の開く音がしたので、扉を開けると、アレックス、もといマッケンジー幹部は、その大きな胸を引っ提げてドアの前に待ち構えていた。
「こんにちは。」
アレックスは何かが不満そうな顔をしていた。
「今回、私の家族が持っているマンションについてなんですが、ポルターガイストが出るとか言われているんです。」
「…堕とすのに失敗した、これで三度目なのに。」
彼女はうわ言のように呟いた。
「…すみません、聞いてますか?」
「あ、ごめん。聞いてなかった。何の用なの?」
「私の家族の一人がポルターガイストが出たとか騒いでいるんです。」
「…まあ、行く価値はありそうね。ついてきて。」
「分かりました。」
ーー
幹部は、俺を連れて、ほかと比べてやけに近代的な施設へと向かった。
「に、尿意が…」
ほぼ初対面の女性に向かって「大便」を語るほど僕の腰は堅くなかった。
「行ってきなさい。トイレなら向こうにあるから。あと、ちゃんと座れるタイプにしないと、腰を痛めるからね。」
「私はあの程度で腰を痛める程の老ぼれではありませんよ。取り敢えず行ってきますね。」
俺がトイレに行くと、自分の知っているあの便座のあるブース、その隣にスリッパに似た何かがブースの中にあった。その白い陶器でできた巨人のスリッパは、水が中に入っており、いかにも前衛的で悍ましいものとしての雰囲気を放っていた。
「全く気色悪い。」
そんな代物を見た俺は、無意識にそう呟いていたのだった。
その途端、何と今まで元気だった電気が絶え、物が鮮明に見えない暗闇が現れた。全く、人種差別主義警察に拘束されるわ、祖母は死ぬし、電気が絶えて暗闇便所。またこうやって不幸というものは重なっていくものなのか。俺は何とか便座に座ることに成功し、詰まり気味のお通じを少しは改善することができた。そう思っておこう。もし俺が洗面所に排泄物を出すなんてことを想像してみろ。誰もが死にたくなるに決まっている。
ーー
俺がこの怪しげな建造物のトイレを出た。マッケンジー幹部は、何か銃のような機からくりをその手に持っていた。
「あ、来た。」
彼女は僕の存在を感知したとき、俺の方へ走ってさっきの銃もどきを俺に差し出した。
「あなたの使うツールよ。」
「ツール?もはや銃では?そもそも何のための銃なんですか。」
「呪いを可視化させたり、無力化させる効果があるわ。」
「はあ、無力化はまだしも、可視化ってどういう-」
幹部が何故か俺の話さえ聞かず出口の方向へと向かっていた。そのため、会話を切り、彼女の赴く方へと向かうことにした。生憎、俺はキョテンの地理にはまだ少々疎いため、彼女にスーツケースのように引っ張られながらでなければ、13歩進むだけで迷える子羊モードに突入するのだ。
彼女は入り口へと行った。そして、数ある門の目の前で、彼女はこう問う。
「あなたのマンションはどこら辺に?」
「イリノイ州のベルビル。セントクレア郡の。」
俺はこう言った。彼女は、「IL-St.Clair-ベルビル」と上に書かれた「門」を探った。見つけた時に彼女はすぐに飛び込み、俺はそれに間を置いてからついてきた。
「ここからはあなたがリードしなさい。私にはここは分からないもの。」
「確かケノーシャでしたっけ、あなたが建てたレクリエーションセンターは。」
「そうよ。」
どうやら今度は幹部が俺のスーツケースになったようだ。キョテンの中とは逆である。何故俺はそれに優越感を感じるのだろうか。
ーー
「そういえば、呪いってどんなものなんですか?これ・・を使ってどう戦うんですか?」
「あれ、話さなかったっけ?」
「話を聞いていなかったのはあなたの方ですよ。私の話を聞かないでどっかに行くもんですから。」
幹部は少し黙った後、こう説明してくれた。
どうやらこのガジェットは、ファインドとアゲンストの二種類のモードがあるらしい。
ファインドモードで引き金を引くと、銃口の向きにレーザーが発射され、そこから白い光と色のある光の二種類が現れる。そして、色のある物が「呪い」で、白いものは「呪絃」と呼ぶ。色によってその呪いの感情や性質が違うらしいがそれは討伐という点では関係ないとのことだ。
アゲンストモードでは、端的にいえば、その呪いや呪絃に向けて自分の感情をぶつけるものとのことだ。呪いに撃てば、それは自分の気持ちを呪いに対して矢で射抜く形になるし、呪絃に撃てば、そこからまた「感情の弾丸」が発射され、大きな壁や戦車にもなりうる。
最後に、その呪いに対してとどめをさすかどうかも選択できるようだ。しかし、それは勝者の権利であって負けたら、自分の生殺与奪の権を他人に譲ることになる。死ねと言われれば死ぬしかなくなるし、カジノで儲けろと言われれば、儲けられないという結果が絶対にあってはならない。幹部たちはそれを「契約」と読んでおり、どうやら今でも複数の人間が、呪いとの契約を結んでいるとのことだ。勿論、勝てれば呪いに対して好き勝手に命令することが可能となるし、どうやら戦闘前でも「対話」という形で「公平な契約」を作ることができるようだ。しかし、「公平な契約」を結ぶには、呪いの感情を上手く解く必要があるので、ルーキーの俺にはあまり向かないとのことだ。ちなみに、トドメを刺した呪いががどこへ行くのか、彼女は分からないらしい。
ーー
こうも話している内に、俺たちはマンションに到着した。なんとも豪華な作りに、彼女は驚きを隠していたように見えた。
「あなた、こんなのに約20年も住んでいたの?」
「まあ、そうですね。学校よりも時自分の実家が好きでしたもの。でも、あいつと直接目を合わせるのはもうやだったんだけどなあ。」
「誰?」
「私の兄です。笑えないジョークを振り回してチップ稼ぎをしようとする大馬鹿者ですよ。」
「兄弟に対してその言葉はどうかと思うけど…」
俺はドアベルを押した。不幸にも、誠に不幸なことに、出てきたのはゲイブだった。




