1:疑わしいご挨拶 パートB (Suspicious Greeting Part B)
中に入ると、そこは、木造のいかにも異世界の街並みが見えた。
「これは一体…」
「そのまま道なりへ進め。寄り道は絶対にしてはならない。道に迷うぞ。」
そう言って警備員は走って「入り口」の方へ戻っていった。また、入り口はたくさんあり、そこから出入りしている人の姿も見かけた。全く、警備員の男が話をするのではなかったのか。
俺はたくさんの興味深いものが立ち並ぶものに見惚れながら、レンガの道を進んで行った。途中で子供のはしゃぎ声も聞こえた。
ーー
「トマレ。」
そう言って俺に槍を構えてきた。門番だろう。止まれということか。彼らは小声で何か言った後、俺にこう英語で言ってきた。
「あなたの名前は何ですか?」
よかった。話が通じる。
「私はカスプ。キャスピール・ゾイ・オキーフ(Caspiel Zoe O’Keeffe)だ。」
門番は名前を聞いた後、おもむろに紙を出し、確認をする仕草をしていた。
「それではミスターオキーフ、門を潜ったら、突き当たりで右に曲がって、本堂へ向かってください。」
そう門番が言うと、無線を取り出し、何やら指示をした。8フィートの門は唸りをあげて開き、俺は中に入った。
門の中に入ると、庭のような場所が目に入った。俺の祖母のマンションとは全く違う園芸が施されている。泉から水が元気に流れている。おばあちゃん、俺がアパート暮らしになってから音沙汰が無いが、元気にやっているだろうか。
俺の頭は、そんな光景を見ているうちに、「ドッキリでは無いか」という疑惑を捨てたのだった。
ーー
突き当たりで右に進み、本堂と呼ばれるところについた。しかし、なんともみすぼらしい家だった。これが本当に本堂なのか。
「そこにいるのはだれじゃ。」
俺は扉の向こうの声を聞いた。
「カスプです。」
「…そうか。」
扉が開けば、声を発していたのは、気の太そうなご老人だった。
「はろ〜。」
「コンニチハ。」
老人は顔を和らげてそう言った。挨拶だろうか。
「今日、私はこの手紙について…」
「そうか。」
老人はそう話を遮って、ついてくるよう僕に言った。
ーー
俺は御老人に質問をした。
「すみません。名前は何ですか。」
「トクガワ ハルキ。ミスタートクガワ、もしくはハルキと呼んでくれて構わん。」
そう言ってネームタグの中身のようなものを差し出した。「徳川 喜驥」と書いてある。俺からしたら意味のわからない代物である。中国人か?顔も似てるし。
「年齢は。」
「60は超えてる。」
「ここはどこですか。」
「キョテンだ。マッケンジーに許可を得てあそこに境界を作った。と言っても、君にはまだ分からないかもしれないな。とにかく、アメリカでもヨーロッパでもオーストラリアでも無いところだ。
「じゃあアフリカ…」
「そろそろ老いぼれの耳を働かせるのには疲れた。少しは黙ってくれ。」
「すみません。」
着いたところは、木でできた低い、柵のないバルコニーだ。
「この奥の部屋で待ってろ。靴は絶対にここで脱いでから上がれ。」
「靴?…はい。」
俺はなんでバルコニーじゃなくて地面のところで脱ぐのか疑問に思いながらそう言って、ハルキのいう通りにした。
俺が待っている部屋に椅子は無かった。木やカーペット、もしくは石の床で生活していた僕にとっては、なんとも違和感のある床だった。壁にはカリグラフィーがかけられてあり、なんとも歪な形をした物置き場もある。
僕は少しだけ立ったまま、この光景を思い出そうとした。何故なら、座る椅子がないからだ。そうだ。僕の祖母のマンションでそんな風景の写真があるアルバムを見たんだった。タイトルはなんだったっけ。
ジャ…ル
ジャ…ントラ…
ジャパン…トラベル
そうか。日本か。あそこは日本に繋がっていたんだ。でも日本は確かWW2で民間人諸共滅びた筈だ。兵隊だった祖父がこうも言っていたな。
「私は日本を殺すために来たが、こっちが大量の戦車を発進していたのに対し、彼らは竹槍で倒そうとしていた。武器のないものは素手で襲い掛かろうとしていた。彼らは国、または家族のために命を尽くす覚悟があったのだ。」
また祖父によると、日本の皇帝とその家族だけが研究対象として牢獄に入れられているとの話だ。日本は滅びているはずだろう。なのになぜ…
考察が完了する前に、俺はまるで遠距離走を終わらせた人のようになった。痛い。
「待たせたな。とりあえず…」
ハルキは俺を見て驚いた。
「…ずっと立ってたのか。」
「そうです。」
「そうか…タタミの上に座れ。床と言った方がいいか。」
「…」
今まで床は汚いという考えを持っていたが。ここは靴を履かない。汚くないわけだ。僕はなんでそれにもっと早く気づけなかったのだろうか。
ーー
「やあ。アレクサンドラ・マッケンジーよ。」
「コ、コンニチハ。」
「…アタシはれっきとしたアメリカ人だけど。」
気まずい。
「…先ほども申したが、私はトクガワ ハルキだ。さて、君はこの部屋を見て、ある国を思い浮かべただろう。しなかったかもしれないが。」
「…日本?」
「そうだ。ここは日本を再現した街なんだよね。すごいよくできてるでしょ。」
「まあ、そうだが…」
ハルキはアレックスの元気さに少し引いている。
「…あなたたちは日本もどきの街を本拠地に悪霊をやっつけるんですか。」
「そうだ。」
「なんで日本?「悪霊退散」だからもっと教会みたいなところかと思いましたよ。」
「…日本の『お祓い』が今必要だからだ。」
僕はまだオハライの意味は分からなかった。
「オハライ?どういうことですか。」
「ま、一種の悪霊退散の方法かな。今現在、アメリカでは怪奇現象が頻発しているでしょ、自由の女神のトーチが消えて、フランスに作り直してもらってたり。」
「ああ、テレビではテロリストの犯行では無いかとか言っていましたけど、自由の女神像ですよ?5億人以上もの人のうち1人も見てないだなんて、あまりにも無理があるでしょう。もしかして、それがあなたの言う怪奇現象なんですか。」
「そうだ。今、アメリカでは怪奇現象を解決するものが無い。ただでさえユダヤ、キリスト、イスラム教がそれぞれの土着信仰を消し飛ばしたんだ。今残ってる『お祓い』は日本式だけだ。今さら自らが滅ぼした国の方法を用いて、母国を救おうと考えてるんだ。全く、愛国者のすることはわからんな。」
僕は今まで育った国に初めて嫌悪を抱いた。
「…私は君の生い立ちを知って、興味を抱いた。由緒ある家系を持つ祖母、そして軍人の祖父が結婚して生まれた孫。君の肌は黒いだろう。高等教育も受けられたが、人種差別主義者のせいで結構なティーンエイジャーとしては生きられなかったろう。」
「どうして私の家族を知ってるんですか。」
「市役所でデータをざっと見たんだよ。」
「え、あなたってそこまでの権利があるんですか。」
「そりゃそうとも。君が今雇用されるこのグループの活動は、大統領のお墨付きだからな。」
「え。」
僕はいきなりの発言に開いた口が塞がらなかった。何度もえ?と言ってその度アレックスとハルキが頷いた。
「…じゃあなんでキョテンを世間から隠してるんですか。」
「そりゃ、パールハーバーにいきなり攻撃した国の方法で世界を救うんだ。アメリカ政府は信用されなくなって革命がおこるに決まってるわよ。そして、もし私たちが大統領を無視したとしたら、多分軍隊を送るでしょう。私たちはただの中間管理職よ。上の考えに逆らうことはできないの。」
僕は黙ることしか出来なかった。
「…給料は…」
「ここでの飲み食いの料金と家賃、そして月収300ドルだよ。」
「…よし、ここで働こう。」
「ちょっと待ちなさい。私に警戒させとくれ。この仕事には命が伴う時もある。それでも良いか。」
僕は少し彼の真剣な様子にビビったが、すぐに態度を戻し、こう言った。
「いいでしょう。あと、給料が100ドル札3枚なのは勘弁して下さい。少しは給料をバラして下さいね。」
ハルキはケラケラ笑いながらもしっかりと頷いてくれた。
「さて、引っ越しのために業者を頼むことになるが、アレックスのコネでどうにかなるじゃろう。」
「いや、コネじゃ無くて『兄弟のよしみ』ですってぇ。」
「そうか。すまんすまん。」
ハルキは笑った。アレックスは少し困ったように笑った。
「すみません、もう帰ってもよろしいでしょうか。」
「ああ、ちょっと待て、帰りは自分の近くの入り口から帰ったらどうじゃ。」
「いや、私、車で…」
「そうか。それなら、入り口を見てから帰りなさい。次行くときは、そこから行くといい。」
「…俺、なんでわざわざあそこまで行かなきゃならなかったんだ。」
俺は小声でそう言いながら、入り口の場所まで連れて行ってもらった。




