5:堕天使の煉獄 パートC (Purgatory In Fallen Angel Part C)
俺は中に入った。
「やっぱりお前もか。お前は『無知』と言う黒死病に取り憑かれてる。恵まれた環境で育ったお前に俺の気持ちなど理解できまい。」
「どういうことだ、教えてくれ。俺たちは一緒にサッカーやった仲だ。お前を救えるかもしれない。」
「いいや、できないね。君はどれだけ恵まれているか分かっていない。」
「分かってるさ。お前の生い立ちを見てて尚更感じたさ。」
ギャングに入ってまでして生活に苦労していることくらい分かる。そして、親に捨てられてまともに教育もされなかったこともなんとか分かる。俺が唯一納得できないことは、旧友が他人の助け舟を沈ませ、自らの腕と脚で対岸に泳いで行こうとしていることだ。
ボブは気が変わったかのように表情を変え、俺にこう話した。
…両親が別のギャングに金を貸していたんだ、おそらく俺に健やかに生きてほしかったからだろう。しかし、その決断が間違いだった。ギャングは金の代わりに俺を連れて行った。俺はおそらく体を捌かれ、誰かの飯になっていた可能性もあった。俺は逃げ切った、自分でもどうやって逃げることに成功したか、本当に覚えていない。
孤独。ただ孤独。産業区域の汚れた空気が我が唯一の親友だったあの頃に、神は救いを授けることはなかった。俺は同じく苦しい生活をしていた仲間と手を取り合う、ANNIHILATE JOCKの名を掲げ。
俺はしばらく返答ができなかった。ふと周りを見ると、人種の壁など無いことが分かる。社会の垢として廃棄された哀れな者共に共通点は存在しない。俺は彼が間違った信念持っていることを指摘し非難しようにも、旧友の過去を鑑みれば社会に対する怨みが増加し、その信念の否定を完遂する意すら自分の脳から消えかける。
「カスプ、俺は俺の思い出の友人で、博愛に努めし一人の人間に問う。権益を濫用する長者の蔓延る資本主義社会を、髄まで粉々に潰す手助けをしてくれ。人が不幸のスパイラルに陥る社会構造を破壊してくれ。裕福で皆のことを想っている人間など珍しい。それがお前なんだ。頼む。」
俺が進む運命は既に俺により決定されていた。完全に心変わりした。さっきまで俺は裕福マンで、ビンボーな彼のことなど理解できないなんて言っていたくせして、1分後には俺の助けを乞うだぁ、ボブは明らかに主張が混濁しているし、旧友への評価ものらりくらりしている、コイツ、そしてコイツと仲間にいる連中は社会の垢として扱われて当然だと、俺は怒りとよぶか嫌悪とよぶか、そんな心を内に潜めながら、ひとまず彼に従うふりをすることにしたのだ。
「お前らがどうやって社会を破壊させるのか分からない状態で答えを訊かれても困る。」
「分かった。ついてこい。」
「おいボブ、食糧庫からクッキーを持ち出したぞ。飯を用意しろって言われたもんだからな。」
「ありがとう、ザック。だが後で食う。コイツが俺たちの計画を知りたいみたいでな。」
「それ、いいのか?コイツが国の人間だったら大変だぞ。」
「俺の友人を侮辱するなら出ていくんだな。」
「…俺は知らないからな、リーダーさんよ。」
ーー
俺はかつての友人に、不気味な祭壇のような場所に連れて行かれた。そこに聳え立つ一本柱には、漢字などの不可解な文字の羅列と、一人の幼女の線画が描かれていた。
「この女の子は、一体誰だ。」
「病に倒れた、哀れなネイティヴアメリカンだ。ヨーロッパ人が持ち込んだウイルスによって、その短い人生に終止符を打たれた哀れな女性だ。この地にいる白人は、自分が失せるべき人物であることを理解していない。人の住処を奪い、奴隷化し、病を彼らの血に流した。」
「だから、真の正義が欺瞞の平和と勝利の聖杯を『カンペキに』破壊する、か。でもどうやってそれを成し遂げる。」
「彼女を現世に復活させる。この天使の上にな。そして、西海岸をもう一度彼らのユーロピアへ還すのだ。そして彼らの齎した有色人種の隷属という屈辱を晴らす。俺が見た白人に良い人はいなかったよ、君の兄のゲイブリエル・オキーフ然り、俺の両親然り、そして俺とお前を虐め抜いたエリザベス・ハーキンズとその仲間達もだ。」
俺は前回と同様に、黙って彼の言うこと聞くことしか出来なかった。ユーロピアってなんだよ。
「…俺の祖母の話をさせてもらう。イリノイ州の南にとある屋敷があった。その三女の名前はゾイ。そんな彼女が学校に行く時に、とある人間と恋をしてしまった。彼は先生の助手として授業に出ていたが、身なりも貧相で、肌も黒かった。そんな人間に恋をしてしまったのはもはや神の悪戯だと多くは思うだろう。しかし驚いたことに、彼女の結婚は実現した。何故なら長女と次女が病で死に、残るはゾイしかいなく、両親が他の男を勧めても彼女は拒否したからだ。無論、人種統合法の改正によるところも大きいが。そして、その孫は俺と今は亡き姉、そして何故か生き残ってしまったゲイブリエルだ。彼も本来は優しい筈なのだが、皮肉屋の性質が父から受け継がれてしまった。お前は『最も賢いダチョウと良い勝負ができる程度の脳味噌』で表面だけを見てそれを決めつけてる。お前は間違っている。」
心のうちにある疑惑を押し切り、俺はなんとか彼を説得できる方向まで行けただろうと考えた。しかしそれは見当違いだった。
「でも、そのラブストーリーの舞台を作ったのは誰だ。彼らの祖先だ。親が残した負の遺産は子が回収するべきなんだ。」
「もう完了している、はずだろう、そんなこと。」
もう既に、正しい方向は分からなくなった。俺は悪人に決めつけられた「正義」に従っているだけなのか。聖書は間違っているのか。
「君に混乱の表情が湧き出た。お前はきっと理解してくれると願ったよ、この世界は偽善で成り立っていることが。」
「…そうだな。でも、君のしていることも偽善だ。お前がネイティヴアメリカンの理想を実現したとしよう。『怒りは怒りを生む』、彼らはまた復讐に来るだろう、その身を破壊してもお前が呼び出すよくわからん女の子みたいに誰かに復活させられるだろう。こんな馬鹿げたこと、もう終わりにしよう。」
俺はそうやって「正義」というよく分からないものをまた他人に押し付ける。
「…お前は堕ちたな。」
彼は突如として口笛を鳴らし、ザックとかいう奴に俺の腕を縛らせた。俺は「冷静に」ボブに訊く。
「おい、何をする。俺をどうするつもりだ!」
「大怨霊復活祭の贄となってもらう。こんなことを友人にするのは酷だが、せめての恩だ、君からお前を救ってやろう。」
コイツ、自分が論破されたことにいち早く気づいて俺を殺すつもりではないか。とは言ったものの、今、俺は自分だけでは何も出来ない状況にいる。ジーンズのポケットにある拳銃を取り出そうにも、手首が縛られて届かない。
「おい、止まれ。何をしている。」
それは、直近に聞いたことのある声だった。




