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9.おつまみ その2

【前回の記憶】

「嫌ですよ。自分で食べるために作ったんで。食べたきゃ自分で作るか、マルガさんにでも頭下げて頼み込んでください。…………ま、無理でしょうけど」

「……どうです?」


 真剣な面持ちで金柑の甘露煮をゆっくりと咀嚼し飲み込んだマルガは、それきりしばらく黙りこんでしまった。そうして待つだけ無駄かもしれないかと思ったヒロキが、タイミングを見計らって話しかけたのであった。マルガはヒロキに感想を促されると、独り言のように小さく「……悪くないね」と吐き出した。


「うん、美味しいよ。確かに酒と合いそうだ」

「お口にあったならよかったです」


 マルガはそんなヒロキの言葉はそっちのけで、今度は何かをぶつぶつ呟いて、うんうんと一人で頷き始めた。そしてちょうどヒロキの手元のグラスが空っぽになった頃、マルガはようやく再び口を開いた。


「…………ヒロキ」

「なんでしょう」

「これ、店で出せないかい?」

「店で……居候の身でこんなこと言うのも生意気ですけど、自分が作るのは嫌ですよ?」

「ああ、いや、これじゃ言い方が曖昧過ぎるか。そうだね、うちにレシピを売ってくれないかい?」


 マルガに問われると、ヒロキは納得した面持ちで「ああ、そういうこと」と話を飲み込んだ。


「珍しいつまみは話題になるだろうし、大量に作り置きもできて便利そうだ。開店前の業務にはまだ余裕があるから、作り置きできるレシピなら大歓迎だしね。……ああ、元は異世界の知識だから、希望があれば報酬も出すよ。どうだい?」

「構いませんよ。あ、お金は要らないです。とりあえず今の生活を続けさせてもらえるだけでありがたいんで」

「そうかい。……なんとなくそう言う気がしてたけども、あんたは欲がないね」

「そうですかね? 自分も人間ですから、欲の一つや二つくらいありますよ」


 ヒロキがいつもの調子でにっこり笑うのを見て、「……やけにあっさりしていると思ったら、そういうことかい。まったく」とマルガは軽く息をついた。




 それから、ヒロキが異世界から持ち込んだつまみのレシピのいくつかがエンコントのメニューとして実装された。ヒロキが既に放送中に食べて客の気をひいていたこともあり、新しいつまみは瞬く間にエンコントの人気メニューとなった。


「ヒロキさん、お酒とおつまみです」

「あ、ラッドさん。わざわざありがとうございます」

「いえいえ。まだピークじゃないですし。それに、ヒロキさんのおかげで最近お客さんも増えてきていますから」

「本当ですか? それは良かった。これで『居候』からちゃんと『従業員』になれますね」

「ふふっ、ヒロキさんはもう既に立派な従業員でしょう? ……それにしてもこのおつまみ、すごく人気ですね。かなりの量を作っているはずなのに、毎日在庫がつきそうなくらいで。お客さんからの評判もすごくいいんですよ」

「そうですか。なら伝えた甲斐がありましたね」

「………………あのー、僕が言うのもなんですけど。……このレシピ、本当に教えてもらっちゃってよかったんですか……?」

「別にいいんですよ。自分なんかの持ってる知識で恩返しできるんなら、何よりです。お二人には感謝してもしきれないくらいお世話になってるので」

「…………そうですか」


 放送時の酒とつまみをテーブルへと運んできたラッドは、ヒロキの言葉を聞くとなんだか遠慮した感じで眉尻を下げた。申し訳なくもありがたい、といった表情である。ラッドのお人好しぶりに改めて感心したヒロキは、このままにしておくのはなんとなく可哀想な感じがしてきたので、黙っておくつもりだった続きの話も教えてやることにした。


「…………というのは、まあ、建前で」

「……え?」

「これからも楽しみにしてますね、おつまみ」


 テーブルに置かれた小皿を近くに引き寄せながら、ヒロキは満面の笑みを向けた。そして数秒考え込んだ後、ラッドは「…………ああ!」と声を上げた。と、咄嗟に両手で口元を覆い隠す。しばらくそのまま止まっていれば、突然耳に入った大声にラッドとヒロキの方を気にしていた客たちは、また何事もなかったかのように自分たちの酒に意識を戻していった。


「何というか……ヒロキさんって、そういうところありますよね」

「ははは。毎回おつまみを渡してくれるあたり、マルガさんは知らなかったわけじゃなさそうですけど。ラッドさんはすぐ騙されちゃいそうですもんね」

「ははは、はは………………あの、ほんと、気をつけます……」


 ヒロキのたくらみに気づくことが出来なかったラッドは、しょんぼり肩を落とした。ヒロキはそんな様子を眺めてまたふふふと笑いながら、自分で作る手間が省けたおつまみを存分に味わったのだった。

【気紛れアルコールギャラリー③ エタ・エミット(eta emit)】

 アルコール度数はやや高め。ある程度バリエーションはあるが、どれも共通してエタ(*)を原料としており、見た目は透き通った赤や橙がほとんど。香りはとてもフルーティーだが甘すぎず、紅茶に近い味。万人受けしやすく、特に女性に人気がある酒。「エタ」「エミット」など略して呼ばれることも多い。酒言葉は「心安らぐ時間」。


*エタ(eta)…茶葉と同じようなもの。数十年前、中毒性の高い成分が含まれていることが発覚し違法な薬物に定められたが、既に一部で需要が高まってしまっていたため、その後も隠れて栽培を続ける人々が多くいた。いくら取り締まってもキリがなかったため、やがて一部を許容する方針が固まり、中毒性の弱められた改良種のエタが合法的に開発された。

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