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6.酒と背中と減らず口 その3

【前回の記憶】

「……だから、俺は酔ってるなんて、絶対に認めねえ」

「くだらないプライドですね」


 テーブルに突っ伏していたマグリスは、そんな言葉を拾い上げておもむろに顔を上げた。ヒロキは呆れたような顔で、誰に聞かせるでもなく話し出す。


「この世界の人は、『みんな違ってみんないい』って言葉を知らないんですかね? 向き不向きがあるのはしょうがないでしょうよ。ましてや飲酒事情なんて、無理に許容範囲以上のことを求めたら死ぬじゃないですか。あ、もしかしなくても馬鹿ですか?」

「……なんだと?」

「そりゃあ、尊敬したい人と同じようになりたいって願望は多くの人が抱いているでしょう。でも、そうなれない自分に幻滅している人だって同じくらいいるもんですよ。そんな、自分だけ惨めで可哀想みたいな顔でうだうだ話されても……現に迷惑かけれらてる側としてはたまったもんじゃないですね」


 自分の機嫌をうかがうことなく無遠慮に言葉を投げつけてくるヒロキに、マグリスは目をぱちくりさせていた。すると、店内がどっと沸き、一人の客がなかば叫ぶように口を挟んできた。


「まったく、ヒロキの言う通りだな。お前さんは親父さんと同じようにはなれねえよ。だって、あいつは獣人をやめてるようなもんじゃねえか!」

「お、何か御存じで?」

「御存じも何も、この世界では常識的なことよ。獣人ってのは、ただの人よりいろんな能力が優れていてな、もちろん嗅覚なんかもそこに含まれる。つまり、獣人は酒に弱いのが当たり前なのさ。もっとはっきり言うなら、お前さんの親父さんの方が異常なんだよ」


 決め顔でそう言い終えると、今度は別の客も獣の耳を揺らしながら賛同する。


「そうだぞー。あの副団長に憧れる獣人の奴らがそろいもそろって酒場に出向くのは、あれだな、若気の至りってやつだ。それで結局酔いつぶれて、恥ずかしい姿で帰ってきたやつがこれまで何人いたことか」

「おいおい、何上からものを言ってんだよ! お前も昔やってたってこの前言ってただろ!」

「ばっか、今ばらすんじゃねえよ!!」


 そんな茶番に、また笑いが広がる。


「ま、まあ? それでも飲み続けてるあんたの意地だけは認めてやらなくもないが?」


 なじられてもまだ年長者らしく気取った発言をするその客に、「おい、何様だよ!」「お前よりこの若造の方がよほど見込みがあるだろ!」とさらに野次が飛ぶ。にぎやかを通り越していい加減喧しくなってきたところで、ヒロキが軽く咳ばらいをして、話を再開した。客たちは急に熱が逃げたように、何食わぬ顔で席に座り直す。マグリスはまだついて行けず、ぽかんと口を半開きにしたままだった。


「えー、今見てもらった通りかと思いますが。酔っ払いの周りにだって人は集まります。……それがいい人かどうかは別として」


 「おい、誰のこと言ってんだ!?」「ヒロキ! 俺の心は傷ついたぞー!!」という絡みついた声に静かに笑みだけ返し、ヒロキは自分の話に戻る。


「まあ、世の中こんなもんですよ。酔っ払っていたって、頭の悪い人はいくらでも集まってきます。でも事実だけ見れば、『人に囲まれている』って、同じことでしょう? 一応自分の経験則で、100%酔っ払って話してても人が虫のように群がって来る事だけは保証しますよ」

「だが……」

「『だが』も何もないですよ。あなたはその副団長にはなれない。潔く諦めたほうがいいと思います」


 酒のせいでやや弱気になっているらしく、マグリスはそう言われると口をつぐんだ。尊敬する父親との差を目の当たりにして生き方に悩むその姿は、年相応といった感じだった。噂の「酒場荒らし」の新たな一面が発見されて、他の客が騒がず放っておくはずもない。


「なあ、あんちゃん。わいが酒の飲み方を教えてやろか」

「酒の飲み方? そんなもん覚えたって、結局酒に弱けりゃ意味ないだろ……」

「んな寂しいこというなよお。おやっさんは酒場で奥さん口説き落としたって話やろ? あんちゃんは酒に強いからだって言うとったが、別に酒に弱くたって女口説くくらい案外できるもんやで」


 酔っ払った客が肩に腕を回しながら話しかけてくると、マグリスは拗ねた子どものように「……嘘つけ」と呟いた。


「嘘やないよお。わいだってこう見えて昔は結構モテとったんよ?」


 客はからからと笑いながら、マグリスの肩を強めに叩いている。すると、今度はマグリスの背後の方の席から別の声が飛んできた。


「おいおい、そりゃあ何十年前の話だよ! な、若造。こんな胡散臭い爺より俺の話聞いた方が得だぞ? いい女がいる酒屋を紹介してやっから」

「おうおうおう、わいに喧嘩売っとるんか?」

「いや、俺は別に、女を口説きたいわけじゃ……」

「いいからいいから。いい女と話せりゃ他の奴らも自然と寄って来るってもんよ」


 マグリスが振り返ると、その声の主はテーブルに片肘をついてにっと笑っていた。二人があれやこれやと盛りに盛った自分の経験談を披露し始めると、他の客たちもつられてアドバイスというなの自慢をしにマグリスの方へやって来る。ヒロキとマグリスが座っているテーブルの周りには、あっという間に人の輪が出来てしまった。


「ね、酔っ払いの周りにも人は群がるでしょ?」


 あっちの隙間でもこっちの隙間でも騒々しい音が鳴り響く中、ヒロキはマグリスの方へ少しだけ身体を寄せて、そう言った。マグリスは不思議な心持ちで何度か瞬きをした後、頬を緩めて不器用な笑みを浮かべた。


「おっ、良い面してるじゃねえか!」

「よく見たらこりゃなかなかの男前だな」

「そうさな。酒癖さえ直せばどれだけモテることか」

「お前ら、こいつに自分の女持ってかれても知らねえぞ!」


 マグリスの一瞬の変化に気がついた目ざとい客たちがまたわらわらと沸き立ち、さらに詰め寄る。四方八方から圧を感じ始めたヒロキは、一つ咳ばらいをして「あの」と声を上げた。輪になって群がっていた客たちが静かになり、ヒロキに目線が集まる。


「……男ばっかりでいい加減むさ苦しいんで、離れてもらっていいですかね」

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