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28.夢に溺れて何度でも その1

【前回の記憶】

「…………お嬢もなかなか悪い人ですね」

「あのしらばくれ令嬢との戦いの勝利を祝して…………」

「「「かんぱーいっ!!」」」


 店内のあちこちでグラスがぶつかり合う音が響く。それはまるで、楽器でも奏でられているかのようなにぎやかさである。


「今日は私のおごりよ! 好きなだけ飲みなさい!!」


 ローナが声高らかに言い切ると、一斉に雄叫びが上がり、店内はますます喧騒に満ち溢れた。隣の席に乗り上げるようにしてグラスを掲げるローナに、従者はため息をつく。


「……お嬢、はしたないですよ」

「いいじゃない、こんな日くらい。はーっ、せいせいしたわ!」


 従者に諫められて少しだけむすっとしながらも、ローナは上機嫌な笑みを崩さなかった。とすっと腰を落ち着けると、満足気にぐいとグラスを傾け、華奢な喉の奥に酒を流し込んだ。両想いの二人の恋路を邪魔するために暗殺を仕掛けられた身としては、一仕事終えた後の酒は色々な意味で極上の香りを纏っているのだろう。従者はそれを察し、今回ばかりは見逃すことを決めて、静かに目を伏せた。


 すると、そこへ一人の男がやって来る。


「よお、姉ちゃん」

「ああ、いつかの『酒場の紳士』さんじゃない」

「またからかってるな? 勘弁してくれって」

「ふふっ、ごめんなさい。マグリスさん」

「まあ、その、なんだ。無事ならよかったよ」

「あら、心配してくれたのね? ありがとう。この通り、ピンピンしてるから安心して頂戴」

「そりゃ何よりだ。……連れがいるとはいえ、あんまり飲み過ぎるなよ?」

「はあい」


 隣に従者がいることに配慮してか、早々にローナのテーブルから立ち去ろうとしたマグリスは、最後に「あ」と思い出したように付け足した。


「そういえば、ニアも姉ちゃんのことを気にしてるみてえだったぞ。気が向いたら顔を見せてやってくれ」


 そう伝えると、マグリスは「じゃあな」と片手を振って歩き出し、やがて近くの客に肩を組まれ、もつれるように人混みの中へと消えていった。


「ニアくんも来ているの? それは行かなくちゃ」


 マグリスから情報を得たローナは、すぐに椅子から立ち上った。いつもより飲むペースは速いが、元から酒に強いため、その足取りはいたってしっかりとしている。これならまだ放っておいても大丈夫だろうと思った従者は、相変わらずおてんば娘なローナの後姿を無言で見送ったのだった。


「ニアくん!」

「あっ、お姉さん!」


 ローナが喧騒に負けないように声をはると、ニアはその音を確かに拾い上げ、振り向いて可愛らしい笑顔を向けた。ローナはますます口角を吊り上げながら、ニアの近くでカウンターに体重を預けた。


「うまくいったんですね?」

「ええ、あなたのおかげよ。ありがとう」

「えへへ、お役に立てたならよかったです」


 ローナに礼を言われて破顔したニアに、ローナは思わずぐっと胸を貫かれた。そしてそのままの勢いでニアの頭をわしゃわしゃと撫でまわそうとして、ふと手を引いた。


「……あら、お隣はお父様?」


 ローナがそう尋ねると、ニアはゆるく首を横に振った。


「いえ。ドンさんは、ここで知り合った人です。前に助けてもらって……」


 ニアの説明に「そう」と相槌をうちながらちらと再び様子をうかがうと、目線を感じたドンは小さく頭を下げた。表情が見えず寡黙ではあるが、決して理解し得ないような奇人というわけでもなさそうである。一瞬ローナの脳内に何かの影が掠めたような気がしたが、珍しく酔いがまわっているのかしら、なんて考えながら丁重に笑みを返すにとどめた。それが正しかったのか、ドンは手元のグラスに目線を戻し、変わらず黙ったままだった。


「…………ニアくんの将来が楽しみね」

「……ありがとう、ございます?」


 ローナの言葉の真意を理解できず、ニアはこてんと首を傾げながらそう返した。しかし、ローナはただ微笑まし気に笑うばかりなので、これが大人の事情ってやつなのかな、と賢いニアも同調するように笑ったのだった。


「ああ、そうだ。ヒロキはどこかしら? 声は聞こえるから、いるはずなのだけれど」

「ヒロキさんなら、前と同じ場所にいると思いますよ。あの人、基本動きませんから」

「へえ、見つけやすくて助かるわ」

「……もう行っちゃうんですか?」

「ニアくんにそう言われるとすごーく名残惜しいけれど……あの人にもお礼を言わなきゃいけないから」

「へへっ、じゃあまたお話しましょうね」

「勿論よ」


 穏やかな雰囲気で別れを済ませ、ローナは次の目的地へ向かって歩き出した。


 ヒールの音が騒ぎ声に打ち消されて届かなくなった頃になってようやく、ずっと沈黙を貫いていたドンがゆっくりと口を開いた。


「…………彼女は?」

「さっきのお姉さんですか? お名前は……あれ、何だっけ。そう言えば聞いてなかったような……?」

「……知り合いなのか?」

「はい。少し前にこのお店に来て、ヒロキさんに相談していた方です。『ミルキー・ソームで暗殺されかけた』って」

「暗殺…………」

「……? どうかしましたか?」

「…………いいや、なんでもない。ニアから見て、悪い人ではないんだな?」

「はい、とってもいい人ですよ!」

「……そうか。…………ならいい」


 ニアの素直な意見に満足したのか、ドンはふっと息を洩らした。それから少しだけ肩を緩めると、ドンはまたちびちびと酒を飲み始めたのだった。

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