27.砂糖じゃ刺激に代われない その5
【前回の記憶】
「あのいけ好かない令嬢をぶっ潰しに行くわよ!!」
「うーん…………どうしたものかしら」
令嬢宅の応接間で優雅に紅茶を啜りながら、ローナは悩ましげな表情を浮かべていた。眉間に寄った皺は、なかなか消えない。
「ねえ、これで押し切れると思う?」
「俺は無理だと思いますね。ミルキー・ソームの成分まで事細かに分かっている者がいるのならまだしも、現状では動物の死体が出てきたくらいでは罪を認めないかと」
「そうよねえ……」
そう言うと、ローナは深く息を吐き出して、頬に手を添えた。
エンコントでヒントを得た数日後、ローナは従者を引き連れて早速動き出した。何をしたかと言えば、単刀直入に令嬢の家を捜査しに行ったのである。勿論、初めは令嬢を溺愛する両親が許しそうもなかったが、「こちらは危うく被害者になりかけたのですのよ? あの日の夜から不安で不安で食事も喉を通りませんの……。……やましいことがないのなら、拒否する理由がございまして?」と笑顔で語りかけたところ、しぶしぶ許諾が得られたのであった。
「あれが見つかっただけでも、十分驚きですけどね」
思考に耽っているローナを目前に、従者はそんなことを呟いた。ローナが屋内を廻っている間に外を見てくるよう指示を受けた従者は、その嗅覚で花畑の隅から小動物の死骸を探し当てた。外傷が全くと言っていい程見当たらなかったので、従者はそれがローナの探していたものだと一目でわかり、すぐに報告したのであった。
「それは私もそうよ。ただ、やっぱりあと一押し足りないわよね……。それこそ、ニアくんの言っていたエルフの契約書でも見つかれば、もっと決定的なことが書かれていそうなものだけれど」
「そうだね」
「「……っ!?」」
突然見知らぬ声が会話に入り込んで来て、従者はすぐさまローナを庇うように警戒の姿勢をとる。二人から少しだけ距離をとったところで、見知らぬ人物が窓枠に腰かけていた。危害を加えるつもりはないとでも言いたいのか、優し気な笑みを浮かべてひらひらと手を振っている。
「……あなたは?」
「やあ! 僕は通りすがりのエルフだよ」
窓辺で揺れる髪の間から、尖った耳がちらちらと見え、それが嘘ではないらしいことは確かだった。
「ごきげんよう、エルフさん。乙女の会話を盗み聞きなんて、一体何を企んでいらっしゃるのかしら?」
「お探しのものはこれかい?」
ローナの挑発的な言葉を無視して、エルフは懐から何かを取り出して見せた。従者は警戒を強めたが、それは武器ではない。ローナが大きく目を見開く。
「それって…………!」
「とあるお嬢さんとの契約の証さ」
「……どうしてあなたがそれを?」
「決まってるでしょう? 僕があのミルキー・ソームを作ったからだよ」
エルフは自信満々に言い切った。しかし不思議なことに、ローナの胸の内に憎しみの感情は湧き出なかった。というのも、エルフがやけに協力的な姿勢なのが気になった。エルフは確かにあの令嬢の共犯者には間違いないが、どうも彼が何の考えもなしにただ彼女の言いなりになって協力している馬鹿だとは思えなかったのである。
「ま、これは僕が持ってる方じゃなくて、彼女の部屋からくすねてきたやつなんだけどね。はい、どーぞ」
「わざわざ私に? …………訳が分からないわ。裏があるとしか思えない」
ローナはそう返事しながら、契約書を受けとって読み始めた。そこには確かに、エルフにミルキー・ソームを作らせるという内容の契約が書かれている。下の方に記されている令嬢のサインもおそらく本物だろう。ぎっしりと並べられた細かな文字とにらめっこして、ちょうど最後の条件に目を通そうとした時、エルフが幼い声色で囁いた。
「…………その方が僕にとって都合がいい、って言ったら、信じてくれる?」
そう言われて、ローナは初めてエルフの目的を理解し、息を止めた。ローナの暗殺計画が彼の舞台の一幕にすぎないことには文句の一つも申し立てたくなったが、彼がエルフだからと言われれば人間の扱いが多少雑なのも仕方がないように思えた。酒場で出会ったニアは、特殊な例なのである。何より、ローナにとっての最優先事項は、婚約者との恋路を邪魔する令嬢をいかにして遠ざけるべきか出会った。ふむ、と一連の考えをまとめて、ローナはようやく言葉を発した。
「……これは、私が預かっていいのよね?」
「もちろんだよ! 受け取ってくれる気になったんだね?」
「ええ、まさに利害の一致ね。ありがとう、助かったわ」
「僕の方こそ! じゃあ、後は頑張ってねー」
エルフは上機嫌にそう言い残して、窓辺から飛び降り、去って行った。
令嬢の断罪の儀は、その後すぐに行われた。令嬢とその両親を応接間へ呼びつけ、ローナは集めた証拠を提示した。予想通り、小動物の死骸のことを指摘されただけでは知らないふりで押し通そうとしていたようだったが、契約書を出されるとさすがに言葉を詰まらせてしまい、言い逃れは出来なかった。全てが明るみになった後も、令嬢は言い訳を続け、決して謝罪の言葉は述べなかった。
「……これらの証拠に基づいて、しかるべき処置をとらせていただきますわ。では」
これ以上取り合っても意味がないだろうと思ったローナは、ため息と共に最後にそんな言葉を残して、従者と共に馬車へ乗り込んだ。
「…………お嬢もなかなか悪い人ですね」
「……さあ、何のことかしら? 私はただ、最善の策を選び取っただけよ」
後日、とある令嬢が行方不明になったとか、ならなかったとか。そんな噂が一時流れたが、ローナにとっては関係のないことである。
「ローナ!」
今はただ、この笑顔さえ見られれば。
【気紛れアルコールギャラリー⑧ ミルキー・バップ(milky bup)】
幻のミルキー・ソームの死の効果のみを取り除いた酒を実現しようとしてつくられた酒。見た目はミルキー・ソームと同じような白色だが、泡は発生しておらず、表面(水面)がわずかに虹色に反射する。香りは広く受け入れられるくらいの甘さだが、飲むと牛乳と砂糖を煮詰めたような非常に甘い味がするので、好みがわかれる。精霊の祝福の粉を加えることにより完成するため、値段が非常に高い。「母恋い」とも呼ばれる。酒言葉は「私を満たして」。




