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25.砂糖じゃ刺激に代われない その3

【前回の記憶】

「………………甘く、ない」

「今、何かおっしゃいました……?」


 女性の言葉は令嬢の耳には届かなかったようで、令嬢はこてんと可愛らしく首を傾げて目線で酒をしているようだった。女性はそれに目もくれず、今度は真っ白な酒が揺れ動くグラスとにらめっこを始めた。そしてパチ、と小さく金色にはじけたのを見て、女性はそっとグラスを置いた。


「…………あの、本当に、どうされましたか?」


 すると、おずおずと顔色をうかがう令嬢の瞳をすっと見据えて、女性は言い放った。


「………………あなた、私を殺す気だったわね?」

「……っ!?」


 令嬢は大きく目を見開き、息をのんだ。


「こっ、殺す……っ!? 一体、どういうことですか!?」

「あなたが最初に言ったんじゃない、このお酒はあなたが用意したと。なら、犯人は決まってるわよね?」

「た、確かにお酒は私が持ってきましたけど……でも、どうして、私がローナ様を殺すなんて……っ!」

「だってこれ、ミルキー・バップじゃないもの」


 淡々と告げられた事実に、令嬢は言葉を失った。その頬には冷や汗が流れている。女性は嫌な予感が見事に的中してしまったことにうんざりしながらも、ここで令嬢との縁を切れるのならば、と思い話を続けた。


「ミルキー・バップは、ミルキー・ソームの致死性を回避するための、いわば模造酒。見た目はとても精巧に作られているけれど、それでも完璧に同じものにはできなかった。ミルキー・バップは本物の金色の泡を再現できなかったうえに、表面が虹色に反射してしまうのよ。それに、ミルキー・ソームは飲む人によって味や香りが変わるらしいけれど、ミルキー・バップはその甘さが特徴なの。本物のミルキー・ソームはお目にかかったことがないとはいえ、私の知っているミルキー・バップとここまで違ったら、さすがにこれがあの幻のお酒だと疑わずにはいられないわ」


 すらすらと述べられた意見に、令嬢はぐっとドレスの裾を握りしめる。


「……言いたいことは分かりましたわ。でも、ローナ様の勘違いって可能性も……」

「ないわね。私、あのお酒苦手なのよ」

「…………へ?」


 あっさりと否定した女性の態度に、令嬢は思わず口を薄く開く。それを目の前に、女性は勝ち誇った雰囲気を隠し切れない様子で言った。


「あら、言ってなかったかしら。ミルキー・バップくらい、飲んだことあるわよ? あんなに甘ったるいお酒、忘れるはずがないわ」

「そ、そんなっ…………!?」


 確かに、城下街の酒場にはめったに出回っておらず、女性自身城下街のバーなどでミルキー・バップにはほとんど出会ったことがない。とはいえ、矢張りどこにでも敏腕な業者はいるものである。偶然にも、女性の飲みっぷりに感心して懇意にしてくれていたオーナーの一人が、そういった人物だったのだ。


「……その顔は図星ってことでいいのよね?」


 呆然と立ち尽くすばかりの令嬢にそう声をかけると、女性はふっと上品に吐息を洩らした。


「それにしてもまさか、ミルキー・ソームで暗殺しようとするなんて。まったく、随分豪奢な企みね。きっとそこらじゅうの酒好きが嫉妬するに違いないわ」

「…………こが…………」

「……?」


 何かをぼそりと呟いたような気がして、女性は令嬢を改めて見つめた。すると、わなわなと震わせていた唇を開いて、令嬢は最早隠す素振りもなく大声を上げた。


「…………証拠が、ないじゃないっ!!」

「………………は?」




「…………ったく、なーにが『取引相手が間違えただけです』よ!! ミルキー・ソームは『間違えた』で手に入るような酒じゃないっつーの!」

「……お嬢、お言葉が荒れすぎです」

「駄目、無理、今日ばっかりは抑えられそうにないわ!! あれは間違いなく暗殺未遂なのに、彼女のゲロ甘両親のせいであのまま解散よ!? 信じられる!?」

「お嬢にお怪我がなくて何よりです」

「それは…………そうかもしれないけど」


 帰りの馬車の中、女性はそう呟くと、むすっと黙り込んだ。今回ばかりは仕方がないか、と従者も同情の気持ちで息を吐き出す。


「まあ、とにかく落ち着いてください。良かったじゃないですか、こうして幻のお酒を持ち帰れたんですし」

「確かに幻のお酒だけれどね……これは証拠品よ、証拠品。死ぬかもしれないってわかってて飲む気はないわ。私の人生はまだまだ長いんだから、当分お預け」

「賢明なご判断ですね」


 従者が微笑ましそうな顔でそう言ったのを見るに、どうやら女性の考えていることは筒抜けだったらしい。一瞬気恥ずかしさが上りそうになったが、そこへ騒動による疲れが思い出したように押し寄せる。


「…………こんな話ばかりしていたら気が滅入りそう」

「ラジオでもお聞きになりますか?」

「ええ、そうするわ」


 従者からラジオを渡され、女性は耳を傾けながらチャンネルを回す。そして一つの声を耳に止めると、流れ込んで来る機械音へ意識を集中させ、女性はそっと目を閉じた。




 代わり映えのしない、ある夜。


 カランカラン、とドアベルが来客を告げる。マルガが入口へと駆けていくと、女性はローブを脱いだ。


「いらっしゃい。お嬢さん一人かい?」

「ええ」

「お好きな席……でもかまわないけど、うちは男性客ばかりだからね。あの席の方が安心だよ」


 そう言ってマルガが指さす方向には、青い髪の獣人が座っているのが見える。


「彼の隣?」

「そう。何せ『酒場の紳士』だからね」

「ああ、あれが噂の」


 女性はマルガの言葉に目を丸くした後、納得したように笑顔を返し、教えてもらった席へと優雅に歩き出した。庶民らしくない所作に、一部のものはうっとりしたり、眉をひそめたりしている。


「こんばんは。お隣いいかしら?」

「ああ、構わねえぜ。……姉ちゃん一人か?」

「そうよ。面白いことをしてる店があるって聞いたから、抑えきれなくてつい」

「『つい』って……まあ、なんだ。あんまり飲み過ぎるんじゃねえぞ」

「あら、心配してくれてるの? 話しかけてくるってことは、酔わせてお持ち帰り、なんて狙ってるのかと思ったのだけれど」

「ばっ!? そっ、そんなんじゃねえって!! 俺はただ、こんな時間に女一人は危ねえんじゃねえかって……!」

「ふふっ、冗談よ。なるほど、確かに『酒場の紳士』ね」

「っ……その呼び方は勘弁してくれ…………」


 女性が上品な笑みを向けると、男性は額を手で押さえてうなだれた。


「ごめんなさい、からかい過ぎたわね。お名前を聞いても?」

「俺はマグリス。好きに呼んでくれ」

「マグリスさんね。私はローナ。あっちに混ざりに来たつもりだったんだけど、なんだか盛り上がってるみたいだし……しばらく話し相手になってくれない?」

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