24.砂糖じゃ刺激に代われない その2
【前回の記憶】
「私は、ああいう場所で飲むお酒が好きなのよ」
「お嬢宛てに、こちらが」
ある日、部屋にやってきた従者にそう言って渡されたのは、一つの手紙だった。箔押しで豪奢に演出されているわけでもなく、不気味なくらいにシンプルなデザインの封筒である。手紙なんて送ってくるような人がいたかしら、と裏側に書かれていた送り主の名前を目にして女性は苦々しい顔をした。
「……どうして彼女が?」
「さあ? 俺には中身を見る権利がないのでわかりかねます。開けてみたらどうですか」
従者は女性の部屋で他の雑務をこなしながら、適当にそうあしらった。女性は面倒ごとを察知して息をつくが、確かに無視するのも問題になるだろうと思って、仕方がなく封を切った。
「…………はあ」
「いかがなさいましたか」
「食事会のお誘いですって。呆れたわ」
女性はそう言って手紙を元のように折りたたむと、綺麗に封筒に戻した。まるで、自分は今何も見なかった、とでも言いたげな表情である。すると、従者は女性の言葉に、「ああ、例の」と声を洩らした。
「……『例の』? 一体どういうこと?」
「あー、これは全て俺の独り言ですが……少し前に御主人にお手紙がありまして。それがなんでもお嬢との食事の許可を求めたものだったとか。ようやく社交的になってきたな、と大変喜んでおられましたよ」
「ちょっと。私に友達がいないみたいな言い方やめてちょうだい。……というか、彼女の狙いは知っているでしょう? 私一人を呼び出すなんて、どう考えても怪しいじゃない。なんで教えてくれなかったのよ」
「俺は御主人の言いつけを守っただけです。『特別な友人へのサプライズ』だそうですから」
従者は作業をしながら、しれっと「まさか、行かないんですか?」と言った。
「……もし行かなかったら、私がお父様の面子を潰したってどやされるのが目に見えるわね。先に外堀を埋められるなんて最悪」
「お嬢、お言葉が過ぎるかと」
「あらごめんなさい。つい、ね」
従者にそう返すと、女性は口元に手を添えて「ふふっ」とわざとらしく上品な笑い声をあげた。それから一段と深く息を吐き出すと、一変して低く唸るような声でぼそっと呟いた。
「…………何が寂しくてあのクソ女と二人きりで食事なんかしなきゃいけないのよ。このド阿呆が」
女性の手元の封筒に今にも皺が刻まれそうな様子をちらと見やって、従者は同情のため息をこぼした。
「ローナ様! 本日は御足労頂きありがとうございます!」
「いえ、とんでもない。こちらこそ、お食事会にお招きいただいて嬉しい限りですわ」
「うふふっ、では早速ご案内いたしますね!」
令嬢は完璧な笑みを浮かべると、女性を先導して歩き出した。うさぎのようにぴょこぴょこと一歩が踏み出されるたび、ドレスの裾を飾るレースがふわりと舞う。使用人たちはそんな令嬢のことをあたたかく見守っており、どこもかしこも甘すぎて女性は屋敷の中を歩いているだけで胸やけしそうな気分だった。女性について来た従者も同じことを考えているのか、眼元が少しだけひきつっていた。
部屋に辿り着くと、出来たての料理が並べられていた。女性と令嬢は向き合って座り、目をあわせてにっこりと笑う。それから何を言い出すかと思えば、「今日はお友達として周りを気にせずお話したいのですが……」と使用人たちを下がらせてしまった。それからじっと見つめてくるので、対応しないわけにもいかず、女性は目を伏せて合図し、従者を下がらせた。ぱたん、と扉が閉じると、正真正銘二人きりの食事会が始まった。
「お味はいかがですか?」
「ええ、とても美味しいですわ」
「良かったです……!」
両手の指を顔の下あたりでそっと合わせて、令嬢は大げさに嬉しそうな声を上げた。婚約者といる時はあれだけ恨みがましい視線を向けて来る令嬢がいつになく上機嫌なので、女性はますます警戒を強めた。もしかすると料理に毒でもしこまれているのではないかと思ったが、特に味や香りに異常はなく、ごく普通の食事会が終わりを迎えようとしていた。
「私、お恥ずかしながら、こういったお食事会のお誘いには慣れていなくて……何か失礼なことをしていないといいのですけれど」
「いえいえ、そんな! 私の方こそとても素敵な時間でしたわ!」
「そう言っていただけるとなら、来たかいがありましたわ」
これでようやくお開きになりそうだ、と思ったとき、令嬢が「あっ、ちょっと待ってください!」と呼び止めた。女性は上げかけた腰を座り直したふうに誤魔化し、思わず吐き出しそうになった「まだあるのかよ」という言葉をなんとか飲み込んだ。
「どうかされましたか?」
「実はとっておきの贈り物があるんです」
令嬢は「少々お待ちください」と言うと、席を立って部屋を出て行ってしまった。令嬢がわざわざ贈り物を用意するなんて、女性は正直、嫌な予感しかしなかった。この隙にしらばっくれて出ていこうかとも考えたが、ここまで繕ってきたものをわざわざ壊す必要もあるまいと思って、女性は大人しくその場で息をついた。再び令嬢が部屋に入って来た時、その手には見馴れないボトルが握られていた。
「そちらは……?」
「えへへ。ローナ様はお酒を嗜まれると聞いて、特別なものを用意したんです!」
令嬢はにこにこと笑いながらボトルの栓を抜き、グラスに酒を注いだ。一つだけ余分に用意されていたグラスは、どうやらこのためのものだったらしい。
「どうぞ」
「……あら、これは…………」
令嬢が持ってきた酒を見て、女性ははっと息をのんだ。
「うふふっ、驚きました? ミルキー・バップです!」
ミルキー・バップはミルキー・ソームの模造酒で、精霊の協力が必要なことから値段が基調に高い。酒好きの貴族とでも交流があれば飲む機会もあったのかもしれないが、あいにく女性はそう言った場を嫌って城下街でばかり飲み歩いていたので、ミルキー・バップにはほとんど出会ったことがなかったのである。素で驚いている女性に満足げな笑みを浮かべながら、ますます上機嫌になった令嬢が酒をすすめる。
「今日のためにわざわざ取り寄せたんですよ。……お気に召しませんでしたか?」
「あ、いえ、そんなことは! 珍しくて高価なものですから、少し驚いてしまって」
「うふふっ、驚いた表情のローナ様も素敵ですわ……! さあ、どうぞ召し上がってください!」
思わず唾が鳴る。せっかく用意してくださったのだからここは穏便にいきましょう、と誰かが脳裏で囁くようである。そうだ、これさえ飲んだら帰れるのだから、と女性は言い聞かせて、おずおずとグラスを手に取ると、その縁をゆっくりと唇へと近づけていった。
そして、ぴく、と手を止めた。
「…………ど、どうかされましたか?」
突然動きを止めた女性に、令嬢が戸惑った様子で尋ねる。しかし、女性は返事をするより先に思考を巡らせていた。女性はグラスの位置を動かさないまま、すん、と匂いを嗅ぎ、数秒遅れて呟いた。
「………………甘く、ない」
「……え?」




