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19.泣く子に黙らぬ親も誠 その5

【前回の記憶】

「ほら、例えば…………子どもを守るのが仕事だと思ってる大人って、どこにでもいるじゃないですか」

「ドンさん……! あ、えっと、ありがとうございます!」

「…………大人に甘えるのは子どもの特権だ。気にするな」


 そう言ってニアの頭を一撫ですると、ドンはテーブルに少し多めに金を置いて店を出て行った。それに続いて、また一人、もう一人と黙って立ち上がり、ドンと同じように店を去る。何だか映画のワンシーンでも見ているようだなと思いながら、ヒロキはまた酒を煽った。


 ニアを抱き上げたドンを先頭にぞろぞろと屈強な男たちが列をなして進んでいくのは、百鬼夜行とでもいうべきだろうか、なんとも珍妙な光景だった。時折低い声で「薬……薬を……」「母様のために……」と呟く者がいるので、より一層恐ろしく思われていたことだろう。


 十数人の隊列は、やがて薬屋に辿り着いた。ドアノブには既に閉店を示すボードがひっかけられている。ニアがいる手前、ドンは一応の礼儀として扉をノックしたが、返事はない。しかし、暗闇の奥で何かが動いている気配を察知してドアノブをひねってみれば、鍵はかかっておらずすんなりと店に入ることが出来た。


 「え、入っちゃうんですか……?」とニアがドンの腕の中でおろおろしていると、物音を聞きつけた店主が店の奥からすぐに出てきた。


「閉店だっつってんのに店に入ってきたのはどこのどいつ……だあっ!?」


 文句を言いながら店内の電気をつけた店主は、屈強な男の群れを目にしてぎょっと声を上げた。ニアもその声に驚いて一瞬肩をひきつらせる。一方、ドンは特に動かず、冷静なままである。


「…………すまない。どうしても薬が欲しいんだ」


 どう見ても薬など欲していなさそうな強面の男がそう言うので、店主は訝しげな顔で彼らをじろじろと見つめた。そして、ドンの腕に抱えられた子どもの顔を見てあっと口を開いた。


「お、お前……今日来たエルフのガキか……っ!」


 ニアは咄嗟にフードの裾をぐいとひっぱり、頭を丸ごと包み込んだ。ニアが怯えていることに気がついたドンは、その背中を撫でてやり、ずいと店主の方へ大きく一歩近づいた。


「……ニアが薬を欲しがっているんだ。売ってくれないか」

「あ、あんたには悪いが、俺はエルフには売らねえって決めてるんだ! そんなに欲しけりゃ他所の店をあたってくれ!」


 店主が威勢よく断言すると、ドンの後ろに控えていた男たちがずっと前へ進む。


「……他の店にはないからこうして頼んでいる。……金も払うと言っているのに、なぜ売らない?」

「お前らには関係ないだろ……っ!? とっ、とにかく、エルフには……!」


 ドンはもう一度ニアの背中をさすると、小さな体を胸にぐっと引き寄せた。ニアには何故だかよくわからなかったが、その仕草はどこか亡き父親を思い出させるようで、とてもあたたかかった。恥ずかしさよりも安心感が勝って、そっと寄り添い、こっそり目をつむってみたりもした。


「売って、くれないか」


 その後ろで何が起きていたのかは、まだ知らなくても良いだろう。




「……体調はどう?」

「大丈夫よ」

「嘘ついてないよね?」

「ついてないって。もう、ニアってば心配しすぎ」


 身体を起こし天井に向かってぐっと腕を伸ばすと、母親は少し子どもっぽく笑った。自分の頭に向かってのばされた手を拒みはしなかったが、ニアは納得していない様子でむっと口をとがらせている。


「だって、お母さん、いつもそれしか言わないじゃん」

「しょうがないでしょう? ニアのおかげでこの通り、ピンピンしてるんだから」


 母親は「ほっ」と勢いづけて、ベッドからたっと地に降り立つ。しかしすぐによろけてしまい、またベッドの縁にすとんと腰を落とした。頬をかいて気まずさそうに笑う母親に、ニアは思わずため息をつく。


「元気なのはわかったけど、まだ無理しちゃ駄目だよ。治ったばっかりなんだから」

「わかってる。ニアの方こそ、お母さんの心配してくれるのも嬉しいけど、あんまり無理しちゃだめだからね?」

「うん、大丈夫だよ。これは僕がやりたくてやってることだから」


 そんな言葉にいつもは隠れている子供らしさがにじみ出ているような気がして、母親は「そっか」と嬉しそうにはにかんだ。


「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 清々しい青空の下、しっかりとした足取りで山を下り、平野を抜け、ニアは今日もあの街を目指す。


 後日、ニアのことを知っていた客たちは、あの日の事の顛末を聞いて大号泣した。それから間もなく、それも本当の意味で時間を空けずに、数人の酔っ払いたちが手を組んでニアに出資することを決めたらしい。真面目で謙虚で家族想いのニアが「僕が薬を作れるようになれば、お母さんみたいな人をもっと助けられるのかなあ……」と呟いていた、という話は酔っ払いには少々刺激が強かったようで、いてもいられなくなって泣きながら金を積み始めたのだという。


 ニアは周囲の期待に沿えるような、とても優秀な子だった。十分な資金を得て勉学に励み、やがて人間とエルフ両方の知識を生かして薬師を始めると、その評判はあっという間に広まり、ニアは若くしてその地位を確立した。アスカウィカの街にはまだエルフに対する嫌悪感を抱える者もいるが、その差別を後にしてでも頼られるようなアスカウィカで一番の薬師になったという。


 そんな未来が、あるかもしれない。

【気紛れアルコールギャラリー⑥ リーサイト(leasight)】

 鮮やかな青色の酒。アルコール度数はワインと同じくらい。フローラルな香りに反して、やや苦くしびれるような味がする。原料となるアエノノメ(*)が光に非常に弱いので、特殊な真っ黒いボトルで売られているのが特徴。酒そのものというよりは、ボトルのせいでやや高価になっている。酒言葉は「希望を見いだす」。


*アエノノメ(aenonome)…海に住む生物。ほとんど動かない。菖蒲のような見た目で、青い色をしている。光に非常に弱く、深海か年中影っている水の中に生息する。わずかに毒性がある。未知の部分がまだまだ多く、何を摂取してどうやって生きているのかよくわかっていない。リーサイト以外にはあまり飲食の用途はないが、リーサイトが一定のファンを持つため、栽培実験が始められている。

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