17.泣く子に黙らぬ親も誠 その3
【前回の記憶】
「相手がガキだろうが、いくら金を払われようが、関係ねえよ。俺はエルフに薬は売らねえ。絶対にだ」
少年はすっかり気落ちした様子で、とぼとぼと街中を歩いていた。何も収穫のないまま帰る気にはなれず、かといってその場に立ち尽くしていると良くない方にばかり考えてしまいそうだった。先が見えず、溜息すら出て来なかった。そうしている間にも、空には闇が広がっていく。
「…………声……」
少年は萎んだ声で独り言を呟くと、ふらりとそのにぎやかさにひかれて漂い歩く。楽しそうな声が漏れ出て来るその場所は、どうやら居酒屋らしかった。
窓へ近づいてみると、眩しい光が目に刺さってちょっぴり痛かった。俯いて影ばかり見つめていたせいだと理解した少年は、少しずつ目を慣れさせて、室内の様子をうかがった。店内にはそれなりに客がおり、皆楽し気に酒を嗜んでいるようである。
すると、少年はふと一つだけ違う音があることに気がついた。奇妙な形の機械を見つけて、どうやら店内でラジオを放送しているらしいと分かった。窓のせいでくぐもった音は聞こえづらいが、悩み相談をしているらしいことが分かった。ラジオの親機の近くに一人の男性が座っているから、彼がきっと話をしているのだろう。話している内容が気になり、少年は誰もこちらを見ていないことを確認すると、ひんやりした窓に耳をぴったりとつけてみた。
「なんだと? おいおい、異世界人が調子乗ってんじゃねえぞ?」
「うわあ異世界人差別はんたーい」
「ひゃっはは! ヒロキ、いいぞ! もっと言ってやれ!」
「クッソ、言われなくても俺は平和主義だし差別なんかしねーっつの! こんなこと言うのはお前だけだバーカ!」
「お、なんだ? 公開告白か?」
「テメエ……っ! よそからおちょくって来るのは反則だろ!!」
ラジオで話している男性を取り囲むように、あちこちで笑い声が上がる。その男性の魅力は、周囲の人の顔を見れば一目瞭然だった。少年は目の前で火花がぱちぱち弾けたような気がした。
「…………話、聞いてくれるかな」
そう口にしてみると、足は不思議なくらい自然に動き出した。
「がははは……ん?」
いい加減喧しくなっていた馬鹿笑いを止めたのは、新たな来客だった。ドアベルが鳴ったのをきっかけに、正気を保っている客の何人かが入口の方へ目を向ける。しかし、普通の客なら見えるであろう位置に、姿が見えない。はてどうしたものか、と何気なく目線を下へと動かし、客たちは目を丸くした。小柄な体がおずおずと前へ出て来るのにいち早く気づいたラッドが、その少年のもとへ駆け寄ってしゃがみ込む。
「君、お名前は?」
「あ、えっと……ニア、です……」
「ニアくんね。お父さんお母さんとはぐれちゃったのかな?」
「ううん、違います。あの、お話、聞こえてきて」
「お話……?」
ラッドが首を傾げると、ニアは店の奥の方の席を指さした。ラッドがその先を辿ると、ヒロキのことを指しているのだと分かった。
「あの人、お話聞いてくれますか?」
「あー……えっと……あのお兄さんとお話するためには、お金が必要なんだよね」
「お金……。……お金はあります」
少し悩んだような間があったものの、あまりにしっかりとした口調でそう言い切られたので、ラッドは思わず「え」と漏らした。改めてニアの目を見返して見るが、瞳は揺らがず、とても嘘をついているようには思えなかった。ラッドがどうしようかと迷っていると、ニアが「お金はちゃんと払うので、お願いします」と丁寧に頭を下げた。ラッドはそれを追い返すのも無慈悲だと思い、ニアを空いていた席に座らせてやったのだった。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。じゃあ、この紙にお話したいことを書けたら、僕を呼んでくれる?」
しゃがんで目線をあわせたままラッドがタグを渡して説明すると、ニアはこくこく頷いて「わかりました」と返事した。
想定外にも相席になった客がひそひそと何か言っているのに聞こえないふりをして、ニアは一生懸命文字を書き連ねた。だが書いている途中、やっぱり少しだけ怖くなって、何度かフードをかぶり直した。実際には、客たちはニアがエルフであることを気にしていたのではなく、子どもが一人で酒場にやってきたことを心配していただけである。
「お兄さん、お願いします」
「うん、ありがとう」
ラッドは子どもから金を貰うことに抵抗があったが、それを見透かされたように手に硬貨を握らされてしまった。押し返そうとしても、じっと見つめて目で訴えかけて来る。ラッドはその場で金を返すのを諦めて、あとで渡せるようにひとまずどこかに置いておこうかなと考えながら、やんわり笑ってタグと金を受け取ったのだった。
そんなやり取りの一部を見ていたのか、近くの客が「ほう」と息を洩らす。傍から見れば、ニアは随分と大人びた子どもであった。珍しい小さな客がラジオを注文したとあって、徐々に視線が集まり始めると、ニアはまた不安げな表情でフードの裾をぎゅっと握りしめた。
「お、次の酒が来たみたいです。えーっと……? 『僕はハーフエルフです。お母さんの病気を治す薬がそのお店にしか売っていないのに、薬屋さんに行ったら、エルフはダメだって言われて買えませんでした。僕が精霊を使役出来ないせいで仲が悪くて、エルフの村の人にお願いすることも出来ません。どうしたらいいですか』。なるほどー」
ヒロキは特に思い入れる様子もなくすらすらと読みあげると、顎に手を当てて何かを考えるような仕草をした。便りが読まれると、ニアの存在に気付いている客の視線がちらちらと増え始め、気まずくなったニアは肩をすくめ、背を丸くした。
「あのー、先に一つ言わせてもらいたいんですけど」
相談の返事が来ることに身構えたニアは、小さく肩を揺らしてから、ふっと顔を上げた。一方で、ヒロキはニアの方なんか見向きもせずに徐に口を開いた。
「この酒瓶が届いたってことは、このために金払ってるんですよね? まずこんなくだらないことに金を使うのは無駄なんでやめたほうがいいと思います。はい」




