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16.泣く子に黙らぬ親も誠 その2

【前回の記憶】

「このっ、エルフの出来損ないが!!」

「…………っ、着いた」


 少年は山を下りて平野を少し歩くと、やがて街へと入って行った。街には警備隊がいるため、山にある村のような差別を受けることはほとんどない。少年は密かに息をついたが、はっとしてフードを被り直す。表立った差別は減ったとはいえ、未だエルフに嫌な目を向ける者も少なくないのだ。少年はフードの裾をぐっと握りしめて、人混みへと紛れていった。


 何軒か回って用を済ませた少年は、いよいよ最後の目的地へとたどり着いた。少年が扉を叩くと、優しそうな顔つきのおばあさんが顔を出す。おばあさんは見知った顔に頬をほころばせると、少年を中へ迎え入れた。


「よく来たね。いつも助かるよ」

「こちらこそ、いつも薬草を買っていただいてありがとうございます」

「ふふふ、いつまでも謙虚な子だねえ。お前さんは」


 おばあさんは少年を客間へ招き入れると、いつものように紅茶を入れて「どうぞ」と少年へカップを渡す。少年も戸惑うことなく「ありがとうございます」と言ってそれを受けとり、温かい飲み物を口にした。そして一息ついてから、かごの中を探り目当てのものをいくつかまとめておばあさんに差し出した。


「これ、今週の分です。確認をお願いします」

「……うん、間違いないね。いつも通り、上質すぎるくらいの薬草だ」

「ありがとうございます」

「はいよ、お駄賃」


 そう言っておばあさんがテーブルの上にお金を置くと、少年は「え」とこぼした。


「あの、少し多いですよ」

「いいんだよ、いいんだよ。お前さんは一度だって期限を破ったことはないし、いつでも質が安定している。それに、急に多めに頼んだってすぐに対応してくれたじゃないか。正直に言うとね、これでも少ないと思ってる。それくらいの仕事をお前さんはしてくれてるんだよ」

「で、でも……っ」

「お母さんの病気を治すために必要な薬が、もうすぐ買えるんだろう?」

「…………っ、あ、ありがとう、ございます……!」


 少年は何度も何度もおばあさんに頭を下げた。いつまでもやみそうにないので、おばあさんはいつものように「ふふふ」と笑って、少年の頭をそっとなでた。少年ははっと我に返って頬を赤らめると、カップに半分くらい残っていた液体をごくごくと勢いよく、でもお行儀よく飲み切った。


「本当に、ありがとうございます! じゃあ、僕……」

「行くのはかまわないけどね、慌てると転んじまうから気を付けるんだよ。……幸い、この街には一等良い薬屋があるからね。きっとお母さんの病気も治るだろう」

「はいっ! ありがとうございます! お邪魔しました!」


 少年はまた何度か頭を下げると、おばあさんの家を跳び出て行った。おばあさんはそれを見送りながら、「子どもはやっぱり、元気が一番だねえ。ふふふ」と笑みを浮かべるのだった。




 少年は駆け出し、街を出た。目指すは、山奥の愛しい我が家。日は前に見たときより傾いているが、それでも人々が眠るにはまだ早い。全速力で山の道をのぼった少年は、興奮が冷めないまま部屋の扉を開けた。


「お母さん!!」

「ニア? どうしたの? そんなに急いで」


 そう言われて、少年は自分が息を切らしていたことに気がついた。何度か深呼吸をして息を整えると、ぐっと唾を飲みこんで少年は母親に伝えた。


「お母さん、薬……薬が買えるよ……!」

「ほ、本当に……?」


 少年の言葉に、母親は目を見開いた。


「本当だよ! 街の薬屋にね、お母さんが言ってた薬が売ってて、今日ね、やっとお金が貯まったんだ! だから、僕、薬買って来るから……!」


 瞳を潤ませながら叫ぶように語る少年を、母親はぐっと抱きしめた。


「お母さん、病気なおる……?」

「うん……! 「ありがとう……ありがとう、ニア……!」


 強い抱擁の後、少年は貯金を持って再び家を出た。少年の行く末を後押しするように、街への道のりを邪魔するものは何一つ現れなかった。少年が二度目に目にした街は、その日の一度目の景色よりうんと明るく晴れやかに見えた。


 少年が訪れた薬屋は、おばあさんの言っていた通り、街で一番の品ぞろえを誇る店だった。事前に店主に確認しているため、この店に求める薬があることは間違いない。値は張るが、希少なものであるため決してぼったくりではなかった。少年はこの薬を買うため、必死に金をため、ついにこの日を迎えたのである。


 少年は背伸びをして薬屋の戸を押した。店主はちらと入口へ目を向けた。


「あ、あの……っ!」

「あ、ガキ……? …………ああ、お前、一度俺の店に来てたな」

「はい。えっと、薬が欲しくて……」


 お願いする相手にはきちんと接さなければ、と思って、少年はフードを脱いだ。少年はまだ、興奮が冷めていなかった。


「…………っ、お前、エルフか……!」


 店主の厳しい目線とその言葉で、少年は即座に自分が想定していなかった道に進んでいることを察した。


「帰れ」

「…………へ」

「俺は、エルフに薬は売らねえ」

「っ、そんな……! お願いします! お母さんの病気を治すために必要なんです……!!」

「嫌だ」

「お金ならちゃんとあります! お願いします、どうか……っ!」

「相手がガキだろうが、いくら金を払われようが、関係ねえよ。俺はエルフに薬は売らねえ。絶対にだ」


 少年はまだあきらめるわけにはいかないと、再び口を開こうとした。しかし、それをねじ伏せるように店主が叫んだ。


「何と言われようと、俺はお前には売らねえ! わかったらさっさと出ていけ!! 二度とその面見せるな!」

「…………っ!」


 少年の胸の内は、悲しみと悔しさと恐ろしさでいっぱいだった。前に来た時にはフードを被ったままだったから、店主がエルフを差別する人だとは見抜けなかったのである。少年はその場で座り込みでもしようと思ったが、ぎっと睨み続ける店主には効きそうもなかった。少年は、その店を出るほかなかった。


 日は沈み初め、上空にはオレンジと紫のグラデーションが美しく滲み出ている。街には明かりが灯され始め、街並みはより一層絢爛と演出されている。しかし、少年が見つめるのは足元の影ばかりだった。


 この街の他の店には、求める薬は売っていなかった。そうとなれば、他の街まで足をのばすしかないが、一日で行けるような街はもうすべて探し終えているのだ。馬車を使ってより遠い町へ探しに行くとしても、行った先で見つからなかったら交通費だけがかさんで、薬を買うどころの話ではなくなってしまう。それに、もし遠出している間に母親の身に何かあったら、という不吉な予感がいつも心から離れなかった。


「…………お母さん」


 人知れず、一滴の雫が落ちる。年相応の幼い声で呟かれたそんな言葉は、呆気なく街の喧騒にかき消されてしまった。

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