13.泣く子に黙る親こそ真 その4
【前回の記憶】
「いいか、皆よく聞け!! これより、『殺し屋のドン、職業隠蔽大作戦』に取り掛かる! 愛する娘ちゃんを傷つけない方法を考え出すんだ!!」
「騎士団とかじゃダメなのか?」
「何言ってんだよ、そりゃあ駄目だろ。騎士団だったら街中になじみの一人や二人いるはずだから、すぐばれちまう」
「あー……じゃあいっそ、この酒場の従業員ってことにしちまうのはどうだ?」
「やめとくれ。そいつを助けてやりたい気持ちがあるのはわかるけどね、うちだって商売してるんだ。たった一度きりの偽装だって、誤解されて評判が落ちたら、こんなちっぽけな店すぐに潰れちまうよ」
「えー!? 頼むよお、マルガさん! こいつ、良い奴なんだよお……」
「無理なもんは無理さ。別の方法を探しな」
マルガに軽くあしらわれると、その客は泣きながら「ごめんなあ、ごめんなあ……俺が無力なばかりに……」とドンに謝り始めた。涙やら鼻水やらを服につけられたが、ドンは迷惑よりも困惑が先にまわってしまい、言葉が何も出て来なかった。
一方、別のテーブルではラッドが談議に混じっていた。
「うーん……どうせなら子どもうけの良い職業の方がいいんですかね?」
「そりゃあそうだろうが……誤魔化すのに必死でそれどころじゃないだろうよ。とはいえ、大工に薬屋、技芸団……挙げてみたもんはどれもすぐに調べがついちまいそうだしなあ」
「そもそも、大柄であんなに厳つい男、街中で見かけたら忘れないだろ。だったらもういっそ、表に顔を出さない新しい職業でもでっち上げたほうがいい気がするぜ」
「新しい職業、ですか。なるほど……」
客たちの意見に同意しながら、ラッドはゆっくりと男たちに埋もれかけている一つの影をじっと見つめた。
「………………ラッドさん?」
「……ヒロキさんのいた世界で、何か良さそうな職業ってないですか?」
ラッドの声はそう大きなものではなかったが、議論を交わしていた客たちはそれを決して聞き逃さず、男たちの熱い視線がヒロキに突き刺さる
「……えー」
「その反応……あるってことでいいですか!?」
「…………変な職業ならいっぱいありましたけど」
「例えば!?」
「うーん、そう言われてもなあ……」
「ほら、子どもうけがよさそうで、なんというか……見たら『すごい!!』ってなるやつはないんですか!?」
ラッドはずかずかとヒロキのテーブルの方へ歩いて行って、両手をだんと叩きつけた。ヒロキは「お、おう」とうろたえたが、頬がやや赤く染まっているのが見えて、おそらくラッドは誰かに飲まされて酔っているのだろうと察した。
「子どもうけが良さそうなものと言われましても……」
ヒロキが悩んだそぶりを見せると、「『自分は子供じゃないから』とか言ったら許さねーぞ!」「一人だけ協力しねえとかありえねえかんな!?」「子ども時代に好きだったものくらいあるだろ! お前人間やめてんのか!!」と野次の雨が降る。いちいち返答を返すのは諦めて、仕方がなしに考えを巡らせて数秒。ヒロキは「…………あ」と声を上げた。
「あの、紙とかあります?」
熱気溢れる酒場を出て、ドンは一人夜道を歩いていた。気がつけば野外にこぼれだす照明の光も少なくなっている。しかしおかしなことに、少し先に見える自宅には、小さな明かりが灯っていた。
職業柄、こういったことは決して想定外ではない。ドンは家に辿り着くと、警戒しながら扉を開けた。だが、そこで感じ取ったのはよく見知った気配だった。ゆっくりと部屋へ向かって歩いて行くと、娘がソファの片隅で膝を抱えて座っていた。
「……友達の家に、行くんじゃなかったのか」
「…………やっぱやめにした」
「…………そうか」
会話がそれきり途切れてしまったので、ドンはどう接すればよいのかわからなくなり、ひとまずソファの反対端に腰かけた。そこでまだ挨拶をしていなかったことに気がついて、ドンが小さな声で「……ただいま」と言うと、隣から「……おかえり」と返ってきた。目線は合わないが避けられているわけではないことに一息ついたドンは、少し距離を置いた状態まま口を開いた。
「……パパの仕事のことなんだが」
しかし、娘はまだ素直になれないのか、その言葉には応じなかった。心臓を剣で貫かれたような気分になりながらも、ドンは何とか何気ない様子を装って、あるものを娘の近くに置いて渡した。娘はそれをおずおずと受け取り、見つめる。
「……これ何?」
「そこの先端を持って……そう。それで、左右に開いてみろ」
「…………! すごい。これってなんかの動物?」
「遠くに住んでいる鳥だ。名前は『ツル』という」
「へえ、面白いね……これがパパの仕事?」
「そうだ。紙を折って作品を作りいろんな人を笑顔にする、『折り紙マイスター』という仕事だ」
「ふーん……『折り紙マイスター』かあ……」
娘は父親の言葉を反復しながら、貰ったツルの折り紙をいろんな角度から興味深げに見まわした。その表情は、ドンが帰宅したばかりの時より幾分か明るくなっているように見えた。この調子だ、と自分で自分を励ましながら、ドンは話を続けた。
「……『折り紙マイスター』の人は少なくて、この街には俺しかいないんだ。だから、もしかしたら、発表した時に『そんな仕事あるわけないだろ』って馬鹿にされるかもしれないと思って……それで、言えなかったんだ。…………ごめんな」
「ううん。こっちこそ、急に怒ってごめん。…………パパってさ、見た目怖いくせにすごい器用だもんね! こういうお仕事向いてそう!」
「そうか? ……ありがとう」
「……でもパパ、…………本当に?」
突然、娘はドンのことをすっと見据えてそう言い放った。普段はにこやかで元気な話し方がほとんどであるため、こうも真剣な口調で話されると、命を懸けている仕事の最中よりもずっと身の毛がよだつ気がした。
「……え…………それは、どういう」
「パパからお酒の匂いするのって、すっごい珍しいもん。もし私との喧嘩が嫌でお酒で忘れようとしたなら、帰って来てすぐお話しなんかするはずないよね? 今日わざわざ自分から仲直りしようとするってことはさ……お酒飲んできたとこで何かあったってことでしょ?」
「……っ、いや……」
「……別に誤魔化さなくていいよ。『折り紙マイスター』が嘘っていうのは、なんとなくわかるし。それに、ママのこともずっと何か隠してるみたいだったから」
「そ、れは……」
たじたじになる貴重な父親の姿を瞼の裏にしっかり刻むと、娘は「大丈夫だよ。怒ってるわけじゃない」と笑った。
「ふふっ、外ではどうか知らないけどさ、パパって意外と嘘下手だよね」
「…………」
「……本当に怒ってないからね?」
娘が眉尻を下げて念押しすると、ドンはやっと詰まらせていた息を吐き出すことが出来たのだった。
「なんかよくわかんないけど、パパが気遣ってくれてるのは多分本当でしょ? だから、そこはありがとう。とりあえず宿題は『折り紙マイスター』で書くね」
自分の日頃の想いがきちんと伝わっていることを知ったドンは、密かに胸を撫でおろした。すると、娘がきりっとした表情で「でも!」と言ってから、柔らかい笑みを浮かべて言葉を続けた。
「……いつかはちゃんと教えてね? パパのことも、ママのことも。…………これでも私、パパとママの娘なんだからさ!」
最後に面と向かってにっと笑いかると、娘は「じゃ、おやすみ!」と言い残して、自分の部屋へ颯爽と逃げて行った。ドンはソファのひじ掛けに頬杖をつき何かを考えた後、しばらくしてその大きな掌で目元を覆った。
「…………まさか、嘘までばれていただなんて。……俺は不甲斐ない父親だな」
溜息をつくように吐き出された言葉だったが、その色は決して濁ってはいなかった。こんなにも心地の良い夜は久しぶりで、いつか妻に娘の成長ぶりを報告するのが楽しみだな、と数時間の記憶を振り返っているうちに、ドンの口角は自然と上がっていった。
娘はドンが帰宅するまでかなり頑張って起きていたようで、壁越しにもう寝息の音が聞こえてきた。自分も明日に備えてもう眠らなければと思って、ドンは立ち上がって灯りを消す。ふと、窓の外で月が徐々に下がり始めているのが目に入って、ドンは真っ暗な部屋で一つ深呼吸をすると、満足気な面持ちで部屋を立ち去って行った。
夜明けが、近づいているようだった。
【気紛れアルコールギャラリー④ アンティグ(antig)】
アルコール度数が高く、とても苦いのが特徴。イェーレにも似た琥珀色をしている。炭酸ではない。原料は、主にウェーズ(*)と水。元々巨人族の間で神事の際などに飲まれていたと言われている。そのためか、神事で用いられる衣服をイメージした白いボトルに、巨人族に伝わる赤い紋をデザインしたパッケージで売られているのがよく見かけられる。酒言葉は「託された誇り」。
*ウェーズ(wathe)…古来巨人族の間で神事の際に食べられてきた植物。麦のような見た目をしており、小さな粒の部分を加工して食べる。アンティグの原料となるのは残った茎の部分。




