12.泣く子に黙る親こそ真 その3
【前回の記憶】
「えーっと……『娘に仕事内容を尋ねられたが、うまく答えられず泣かせてしまった。どうしたらいいだろうか』…………ふーん……」
「………………」
ドンはじっと動かず、グラスを握り込んだまま、沈黙している。
ヒロキの思い切った回答は、初めて来る客には少々きつすぎる、というのが馴染みの客たちの間での共通見解である。このノリになれていればかまわないだろうが、それが初来店の殺し屋に向くとなれば、自分たちの命の危機に恐怖するのも当然だ。
「………………はあ」
ドンがふとため息をついた。すると、動揺した者がテーブルを蹴り上げてしまったり、椅子が倒れたり、酒がこぼれたり。皆、ヒロキに煽られてドンが逆上し、殺される運命だと思わずにはいられなかった。物音の多さはいつも通りだが、声を発するものはほとんどおらず、静かなパニック状態である。
ちなみにヒロキは、「あ、酒の紹介忘れてた」と言って、一人で呑気に放送を続けている。店内の状況に気づいていないわけではなく、誰も聞いていないことは承知のうえでとぼけて遊んでいるだけである。
そしていよいよやけくそになったのか、瓶に直接口をつけて酒を流し込んだ客が、酔ったふりをしてドンの横の空席へ腰かけた。
「っ、なあ。さっきの酒瓶、あんたが送ったんだろ? 俺は見てたぜ」
「………………」
「娘に嫌われるってのは、父親としてはつらいもんだよなあ」
「…………俺が」
「……へ?」
「…………俺が、不甲斐ない父親だから……」
「ど、どうしたよ。なんだ、そんなに落ち込むことがあったんなら、もっと詳しく話してみろ。俺が聞いてやっから」
そう言って酒をすすめられると、ドンは素直にグラスに口をつけ、また深く息を吐いた。なんだか親し気になり始めている彼らを、周りの客はちらちらと見守る。
「…………自分の仕事を、娘に言えるわけがない」
「……あんたが殺し屋ってマジな話なのか? だとしたら、今までずっと隠してきたってことか?」
「……ああ。きっと、怖がらせてしまう」
ドンは背中を丸めて小さく言った。体格のせいで厳つさは拭い切れないものの、そのしゅんとした様子は、誰が見ても落ち込んでいるようだった。
「…………あんた、良い父親だな。汚れ仕事が恥ずかしくて人に言えねえってのはよくあるが……自分より娘の心配してるのか」
「……娘にとって、俺はたった一人の家族だ。もし、俺の仕事がばれて、娘が俺のことを怖がったとして。勿論、俺も嫌われたくはないが……それは、仕方のないことだと思う。だが、娘が一人きりになったときに何かあったらと思うと…………俺はそれが何より怖い」
「………………」
「……妻との約束なんだ。せめて、娘がちゃんと大人になるまでは、頼れる父親でいたい」
ドンは眉間を緩ませてそう言った。背中を丸めるドンと同じ高さに顔を合わせていた客は、その瞳に穏やかな色を見た。
「………………ぐすっ」
「…………どうした?」
「ううっ、ふっ、ぐすっ……いい話じゃねえか……! 慰めてやろうと思ってたのに、俺の話なんか比べ物にならねえよっ……!」
「……あんたの話は聞かせてくれないのか?」
「娘に『一緒に服洗わないで!』って言われたくらいで丸一日寝込んだなんて言えるわけねーだろチキショーッ!!」
すると、周りからも大人の汚い泣き声が上がり始める。
「お、おいらだって、『畑仕事なんて田舎くせえ仕事しちょる』って息子に馬鹿にされっけど、自分の仕事も言えねえあんたのこと考えたら、こんなもんちっぽけなもんだべさ……ずびっ」
「そうだそうだ! 俺なんかこの前『パパ遊んでくれないから嫌い!』って言われちまってよお……。こっちだって忙しいんだって正直思ったぞ? でも、あんたは金稼ぐために危ねえ仕事しながらちゃんと娘の面倒見てやってるんだよな……っ、くそっ、俺は自分のことが情けなくてしょうがねえよ……」
「しかも『妻との約束』なんて言われちまったら……ううっ……これが泣かずにいられるかって話だ! なあ、ヒロキ!!」
「…………え。自分ですか?」
ある客がむせび泣きながら振り返ってそう叫ぶと、ヒロキはぽけっとした表情をした。一人の世界に浸って酒を楽しんでいたため、なんでむさくるしい酔っ払いの男たちがこんなにも号泣しているのか、さっぱりわかっていないのである。
しかし、その一声に焚きつけられた客たちはいっせいにヒロキを詰め始めた。
「そうだよお前だよ!! こんなにいい父親の話を『ふーん』で済ませるやつがあるか!」
「いや、さっき自分の意見はちゃんと伝えたじゃないですか」
「意見って、解決策が何にも出てねえじゃねえか! そりゃああんたに父親の気持ちが分かるとは思ってねえが、それ相応の態度を見せろってもんだい!」
「こんなに家族想いのいい奴が悩んでるっつーのに、これをどうして放っておけるよ! お前は人間じゃないのか!?」
「まあ、この世界の人間じゃないですけど……って、え、ちょっと、あの、酒臭いんで離れてもらってもいいですか」
「嫌だ!!」
「『嫌だ』って、子どもじゃあるまいし……」
あからさまに面倒臭そうな表情を浮かべるヒロキの肩を、客たちは掴んで離さない。ヒロキは目配せをしてマルガとラッドに助けを乞うたが、ヒロキが押され気味になっているのが面白いのか、二人ともニコニコ笑うばかりで当てになりそうになかった。
「『娘に仕事内容を尋ねられたが、うまく答えられず泣かせてしまった。どうしたらいいだろうか』……ってことは、何の仕事をしてるか言えればいい、ってことだよな?」
「あ、それ自分の酒じゃないですか。返してくださいよ」
「嫌だ!!」
「またか……」
「解決策を考えるなら返す」
群衆が味方についている空気を感じてか、強気になった客はヒロキをぎろっと睨みつけてそう言った。ヒロキはその場の勢いで頷くときっとろくなことが起きないと思って、とりあえず黙って微動だにしなかった。すると、ヒロキから酒瓶を取り上げた客は、それを全員に見えるよう高く掲げ、テーブルに片足をのせながらこう叫んだ。
「いいか、皆よく聞け!! これより、『殺し屋のドン、職業隠蔽大作戦』に取り掛かる! 愛する娘ちゃんを傷つけない方法を考え出すんだ!!」
「「「うおーーーー!!!!」」」
「……えー…………」




