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11.泣く子に黙る親こそ真 その2

【前回の記憶】

「お仕事のこと聞かれるのってそんなに嫌? たった一人の家族にも言えないようなことなの? …………っ」

「! いらっしゃい、ま……せ…………」


 ある晩、子どもたちが寝静まり大人たちが夜を闊歩し始める頃。ドアベルを合図に新たにやってきた客の方を見たラッドが挨拶をした。しかし、その語尾は小さく萎んでいった。まだ酔いつぶれていない客の何人かがそんな店員の声に疑問を持ち、そっと店の出入り口に目を向け、ひゅっと息を詰まらせた。


 そこには厳つい雰囲気をまとう一人の男が立っていた。巨人族の血をひいているらしい屈強な巨体の持ち主で、顎髭を生やしてピアスをしている、いかにもといった感じの強面である。加えて、サングラスをしていて表情がよく見えないことも、余計に恐ろしく思わせた。しかし、男が怖がられている理由は、その容姿だけではなかった。


「なあ、あれってまさか、『殺し屋のドン』か……?」

「あいつに目をつけられたら絶対に生き延びられない、って……本物だったらやべえぞ」

「なんだよ、あいつが『殺し屋のドン』だって? 噂くらい耳にしたことはあるが、どうせ嘘っぱちだろ? …………じょ、冗談だよな?」

「おいおい、誰があいつの怒りを買ったんだ? この店にいる奴ら全員殺されたりしねえよな?」


 ひそひそと呟く声が、一つ、二つと増えてゆく。言葉が伝わっていくと同時に静けさも伝播していき、ほどなくして店内は静まり返ってしまった。入口付近に立ちつくしているドンに、ラッドは冷や汗をかきながらも「お、お好きな席へ、どうぞ……」と、店員としての役目を何とか全うした。


 ラッドの案内を聞くと、店内の客たちの様子を丸きり無視して、ドンは空いているカウンター席へと腰を掛けた。両隣に座っていた客はその威圧感に耐え切れず、逃げるようにそっと席を詰めたり、別のテーブル席へ避難したりした。ドンはカウンターテーブルに肘をつき、うなだれて額を押さえるような体勢で大きく息を吐き出した。周りの客たちがひくっと肩を揺らした。


「…………注文いいか」

「はっ、はいっ」


 重々しい音で発せられた言葉に、ラッドがあからさまに緊張した様子で応対する。


「…………ラジオを聞いたんだが」

「えっ、あっ、ラジオ、ですか?」

「……酒を頼めば、話を聞くと」

「っ、ああ、なるほど! ら、ラジオのご注文ですね!?」


 ラッドはあたふたしながらタグとペンを取り出し、ドンの前におずおずと差し出した。


「こ、こちらに、ヒロキさんに聞いてもらいたいお話の内容を、簡単にお願いします。書けたら、ぼ、僕か、あっちにいるマルガに渡してもらえれば……」


 ラッドがそう説明すると、ドンは特に迷うこともなく書き進めた。メニューを頼んでから書くことに悩む客も多い中、ドンが相談内容を事前に決めていたらしいのは、ラッドにとって意外なことだった。そして、書き終えたものをすぐにその場で手渡しされると、ラッドはぺこりと頭を下げてそそくさと酒を取りに下がって行った。


「ヒロキさん、こちら……」

「あ、ラッドさん。ありがとうございます。……ちょうど酒がなくなったところですし、次の話題にうつりましょうか」


 ヒロキはラッドに向かって軽く頭を下げると、上機嫌に背をゆすりながら酒瓶にかけられたタグを取り外して確認する。周りの客たちが唾を飲む様子といいラッドの視線の泳ぎ方といい、引っ掛かりを覚えないわけではなかったが、既に酔いがまわっているヒロキにとって、それは大した問題にはならなかった。


「えーっと……『娘に仕事内容を尋ねられたが、うまく答えられず泣かせてしまった。どうしたらいいだろうか』…………ふーん……」


 客たちはドンが送ったらしいメッセージの内容に少々呆気にとられた。殺し屋の口からまさか子どもの話が出るとは思わなかったのだ。


 しかし、すぐに背筋に冷たい汗が流れる。殺し屋から相談を受けて、第一声が「ふーん」なわけあるか、と。ヒロキは異世界人なので、こちらの世界の裏事情など知るはずもないことは、仕方がないといえば仕方がないのだが。一部の客たちはすっかり酔いから覚まされて、ドンに対する有効な命乞いの手段を必死に探し始めていた。


 やや青ざめてきている周囲の人々そっちのけで、ヒロキはへらへらと話し続ける。


「えー、自分には子どもいないんで、正直親の気持ちとかわかんないんすよねー。……あ、子どもを思う親の理想像みたいな一般論は抜きにしてですよ? だから、なんというか、そんなピンポイントで『子供に泣かれた』とか言われても困ります」


 ヒロキはそんなことを言いながら、瓶を開けてグラスにとぽとぽと酒を注いだ。


「まあ、尺余らせたってしょうがないので、もうちょい話しましょうか。……あー、仕事の内容を聞かれた、ね。そもそも、聞かれたのに答えないって、答えられないようなことしてるんですか? そんなやばい職業あるんですね。ははは」


 ドンの手元にあったグラスからは、から、と氷の崩れる音がする。それは単なる熱のせいか、それとも彼の意志によるところか。過剰な妄想を始めて震えている客には目もくれず、ヒロキは酒を煽って言葉を続けた。


「まあ、自分もまともな職に就いているわけではないので、人のこと言えないんですが」

「……ちょっとヒロキ。あんた、うちの店のこと一体何だと思ってるんだい」

「はは、すみません、マルガさん。いやー、前はもっとつまらない仕事をしていたもんですから。酒飲みながら仕事するとか、普通ありえないでしょ? だから、このラジオは何というか……趣味というか、暇つぶしというか、娯楽というか、余興…………? ともかく、仕事、という感じではないんですよね。ありがたいことに」


 ヒロキがにへらと笑い、店内の空気がほんの少し緩んだかと思われた。だが、それもつかの間の話である。


「あれ、話それてます? なんだっけ……あ、『娘に仕事内容を尋ねられたが、うまく答えられず泣かせてしまった。どうしたらいいだろうか』、ね。うーんと、自分に子どもがいないのであなたの気持ちはわかりませんし、自分も自分の仕事の説明なんか出来ないので、『どうしたらいい』とか聞かれても答えられません。無理です。自分に聞くのが間違ってると思いまーす。はーい」


 にこやかに言い切られた発言は、店内にいる人々の約八割を絶望させた。しかし、そこにはまだ二割の希望が残っている。わずかな光に望みを託して、皆が視野から外していたドンの姿に恐る恐る目を向けた。

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