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地下の占い師

 その日、乃亜は久しぶりにステビアの部屋にやってきた。来太が魔法薬草の部屋を荒らしてしまったためにだいぶ日が空いたのだ。

「そこに積み上がっているのが今回の分だ」

 ステビアが薬草部屋のドアを開け、黒猫姿の乃亜を中に入れる。ドアの手前に薬草が綺麗に麻袋や古紙に包まれて積み上がった山があった。古紙は先日この日のために来太に頼んでかき集めて貰ったものだった。

「その姿で持ち帰れるか?」

 黒猫姿の乃亜にステビアは話しかけると、乃亜は「にゃあ」と一鳴きして人型へ変化した。

「いや、普通に考えて無理だろ。手持ちだな…風呂敷か何かあるか?」

「あるわけないだろ」

「……だよな」

 乃亜は頭を掻きながらため息を吐く。二回に分けて運ぶのは正直面倒だ。更に言えばこの後、紫苑に別の『お使い』を頼まれている。キョロキョロと辺りを見渡したが、空のプランターや土嚢が見える以外、他は魔法薬草しかない。ステビアは必要最低限の物は基本的に持っていないというか、持たせていなかった。

「カバンも無ぇしなぁ……」

「準備してこないお前が悪い」

「うるせぇ。いつもこんな量じゃねぇだろ、ついクセで…………あ」

「ん?なんだ」

 乃亜が何かを思い出したような声を上げた。

「アイツは、何時に来る?」

「アイツ?……あぁ、アイツなら今日はもう来ないぞ。明日の夕方まで通しで近所の畑仕事を手伝うと言っていた」

 今朝、ステビアに大量のおにぎりを持ってきた来太がそう言っていたという。それを聞いた乃亜はがっかりと肩を落とした。そうなると残る方法はただ一つなのだ。

「ステビア」

「なんだ?」

 他人事の様にステビアは部屋に並んだ魔草の様子を丁寧に見ている。小さな可愛いらしい花を咲かせているプランターを手前に出している辺り、お気に入りはそれなのがすぐにわかった。

「お前が手伝え」

「断る」

 即答するステビアに対し、乃亜は大きな舌打ちをした。予想通りの返答だったが、あっさりと少しも考えようとしない態度に腹が立つ。

「わかった、こうしよう」

「何がだ。オレは行かないぞ、こんな真昼間に外なんか」

「鯛焼き十個で……どうだ?」

 乃亜が両手をパーに開き、ステビアの顔の前に出す。彼の営む鯛焼き屋『すいまぁ』の看板商品である小倉鯛焼きはステビアの好物でもあった。

「……そんな物でオレが動くかっ」

「じゃあ十五個。これでどうだ?」

「ダメだな」

 ステビアは首をしっかりと横に振る。その返しに乃亜は再び舌打ちをした。

「十七個」

「ダメだ」

「十八」

 ステビアは首を振る。

「二十個っ!」

「話にならん」

 ステビアは乃亜の顔を見向きもせず言い放つ。そもそも重労働は得意ではないのは知っていたが、乃亜もここまで動いてくれないとは思ってもいなかった。

「……ったく、もういい。頼んだ俺がバカだった。面倒くせぇが二往復すっか……」

 諦めた乃亜は持てるだけの麻袋を重ねて持ち上げる。古紙に包まれた物は後でなんとかしよう。頑張れば持っていけなくもないように見えたが、万が一落とした場合が厄介だった。それに、数ヶ月ぶりの回収だったせいでその重さが腰に響く。せめて魔法で軽量化できれば……。しかしそんなことは夢のまた夢だ。

「ノア、重いか」

「アァ?話しかけんな、このクソニートっ!」

 足で器用にドアを押し開けて運び出そうとする乃亜。その服の裾を掴み、ステビアが引き止めた。

「なんだよ、俺はこれから」

「三十個で手伝ってやる」

「…は?」

「だから、手伝ってやると言ってるんだ!」







「ふふふ。お疲れ様でした」

 玄関先で崩れる様に倒れ込んだ乃亜を見て紫苑はくすくすと笑った。その後ろでフードを目深にかぶったステビアが荷物を下ろすと、乃亜に鯛焼きを早く寄越せとせがんでいる。

「お前な……全部聞いていたクセしてなんで助けに出て来ねぇんだよ」

「すみません、私にはまだ調合しなければならない薬がありましたので」

「ったく……おかげで赤字だっつーの」

「ノア、三十個だぞ!」

「しつけぇなっ、分かってるよ!」

 そう言って乃亜は店の厨房の方に向かう。その後ろをぴょこぴょこと歩いてついていくステビアを紫苑が呼び止めた。

「ダメですよ、二人とも」

「ん?」

「なんだよ」

「まだ私のお使いが残っているでしょう」

 にこりと紫苑が笑い、羽織っている白衣の内ポケットから小さな紙袋を取り出してステビアに渡した。

「オレは関係ないぞ」

「ステビアさん、ノアくんのお仕事が終わらない限り鯛焼きはお預けですよ」

「ええっ」

「まぁ、そりゃそうだな」

 ふぅ、とため息をつきステビアの頭に手をついた。

「オレの仕事は終えた!」

「えぇ。知ってますけど……ノアくんのお仕事、こちらは遅れてはいけない届け物なんです。いつもなら取りに来てくださるのですが、生憎お忙しいようなので」

「なら早く行って来い」

「あなたも、行くんですよ」

「なんでだっ」

「たまにはお外の空気を存分に浴びてきてください。背が伸びませんよ」

「背なんかどうでもいいだろ!」

 ステビアはどうでも行かないと言い、玄関に座り込む。食べなくても生きていけるはずなのだが、何故だか鯛焼きなどの和菓子にはかなりの執着があるようで駄々をこねることは茶飯事だった。

「シオン、俺一人で行くわ。こいつがいると時間がかかる」

 乃亜はステビアから紙袋を取り上げた。ここに来るまでに通り過ぎる人間に神経を研ぎ澄ませるほどだったステビアをもう一度連れ回すのは気が引ける。何かあってからでも遅い上に、いつもの倍時間もかかるのは確かだった。

「手伝ってやったんだぞ!人を荷物みたいに言うなっ!」

「あのなぁ」

 乃亜が遠回しに助け舟を出したが、ステビアには伝わっていない。その乃亜が言い返そうとするのを制し、紫苑が口を挟んだ。

「ステビアさん、どら焼きを十個追加すると言ったらどうしますか?」

「行く!」

 目の色が明らかに変わり、即答する。その返しに紫苑は小さく屈みながら笑いを堪えるのに必死そうだった。

「お前らな……」





 マツリダ都市部には昔から使われている地下道が沢山ある。今では景観を崩さないため動線として作ったと言われているが、実際は戦争の逃走経路に使用するために作られたものだった。どんな戦争だったかは余り詳しい資料は残っていない。乃亜と紫苑の店がある通りにもそういった地下道に続く階段がいくつかあり、今回の紫苑のが二人に任せたお使いは、ある地下道の中間部にいる魔法使いへの薬の配達だった。

「この階段だな」

「さっさと終わらせて帰るぞ」

「ったく……現金なやつめ」

 薄暗い地下道への階段をゆっくりと降りて行く。ライトは備え付けられているが、オレンジ色のぼんやりした灯りは薄気味悪い。階段を降り切ったその地下道は風を吸い込む様な音が聞こえる。ゴオッという強い風音は反響して不気味な雰囲気を強めた。何処へ繋がっているのが分かったが、暗くて先は全く見えない。どこからともなく水音が響き、空気も冷たく、背筋がゾクリとした。

「……足元、気を付けろよ」

「あぁ。でも、こんな所に届け物って……本当に大丈夫なんだろうな」

「さぁな。俺も会ったこと無いやつらしいが…魔力を辿ればなんとか行けるだろ。とりあえず人目も無い……ステビア、薬は任せた」

 乃亜は手に持っていた紙袋をステビアに持たせると、黒い毛並みの犬へ姿を変えた。

「なるほど……」

 人間や魔法使いより優れた嗅覚や聴覚を使う作戦らしい。これなら仕事は早く終わりそうだ。ステビアはフードを目深に被りなおし、乃亜の後ろを歩き始めた。



 暫く歩き進むと、二つの分かれ道に差し掛かった。地図もない二人は立ち止まる。紫苑にはこの地下道の中心部としか言われていないため、どこを歩いているかもさっぱりだった。乃亜は鼻をひくつかせ、二つの道の先の魔力を探る。左と右を交互に嗅ぎ分け、右の道へ乃亜が前足を進めた。ステビアはその後ろを黙ってついていく。数分歩くと、さっきまでのオレンジ色のぼやけた灯りが青白く明るい灯りに切り替わった。急な明るさに目が痛む。こんなにも明るい光量なのに、さっきの分かれ道では見えなかったのが不思議だった。それもその場所、たった一箇所だけがやたらと明るい作りらしい。周りはぼやけた薄暗い灯りのまま、まるでスポットライトを当てられているようだ。

「おい、大丈夫か」

 きゅっと閉じた目を開くと、目の前の乃亜は人型に戻っていた。目を擦りながら頷くと、乃亜は「あれを見ろ」と前方に見えた、いかにも怪しい扉を指さした。その扉の前には木彫りの梟が嘴で『営業中』という看板をぶら下げている。扉の前のランプは先程の地下道の入り口の同じように薄暗い色をしていた。

「……店か?」

 看板を見てステビアが言った。

「この奥から魔力のニオイがプンプンする」

 乃亜がそう言ってドアノブに手を掛けようとした時だった。木彫りの梟が目を開き、急にバサバサと大きく羽を羽ばたかせた。

「なっ!なんだ?」

「客ダ!客ダ!」

「しゃ、喋ったぞ!」

 木彫りの梟は嘴で看板を引っ掛けながら、器用に喋り乃亜とステビアの頭上をバサバサと飛び回る。

「や、やめろっ!」

 ステビアが蹲み込むと、扉がゆっくりと傷んだ音を立てながら開いた。

「こぉら、シュシュ!お客様がビックリしてるじゃないか!普通におもてなししなさいと、何度言ったら分かるんだっ」

 飛び回る木彫りの梟を嗜めながら一人の男が扉の向こうから現れ、シュシュと呼ばれたその木彫りの梟は静かにその男の肩へと留まった。ミントグリーンの髪をしたその男はムフフ、と含んだ怪しい笑いを浮かべ、わざとらしい咳払いをした。

「……オッホン!いやぁ、申し訳ないねぇ。先程はシュシュが失礼したよ。ようこそ、ボクの名前はサン!この占いと呪いの館『トワ・エ・モワ』のオーナー、そして店長、そして従業員だ!」

 羽織っている黒い大きなローブを音を立てながら広げ、サンは大きな声を出した。その大きな声は耳の奥がジンジンするほどに響き、ステビアと乃亜は耳を塞いだ。

「何だこの煩いのは……」

「あいつの知り合いだからな……。だいたいこんな風に頭がおかしいのが普通だ」

「ほうほう!シオン君の知り合いかい?あぁっ、分かったよ、ボクの薬が出来たんだね!あれが無いと色々ダメでねぇ!ボクの調子も右肩下がりだよ!さぁさぁ、入って入って!シュシュ、お茶の準備だよ!オーナー兼店長兼従業員兼飼い主の命令だ!」

 無理矢理腕を掴まれた二人は、サンに引っ張られるように店の中へ入った。店の中は見たこともないような魔術道具が棚や机に放り出され、壁や床、天井には何に使ったのか分からない魔法陣の様なものがびっしりと書き込まれている。加えて、部屋の隅から甘ったるい香の匂いが立ち込めており、長時間居たら頭が痛くなりそうだった。

「な……何だこれ」 

 ステビアが目を丸くして部屋を見渡した。

「珍しいかい?そりゃそうさ、ボクは占いを専門にした商売をしているからねぇ!人間を呪ったり、占ったりね!時に魔法使いを磔にするのにはこういう『計算』が必要だったり大変なのさ!」

 サンが頬を赤らめ嬉しそうに答える。計算と言って、魔法陣らしきものが書かれた壁をばしばしと叩いている。その近辺に飛び散った怪しい赤い染みがステビア達の背筋をゾクリとさせた。乃亜は引きつった笑いを見せ、小声で「気味が悪ぃ」と呟いた。ステビアは同感だと言うように乃亜の横にぴたりとくっついた。何かされたらまず、乃亜の足で逃げるしかない、そう思ったのだ。

「さぁ、そんなところで立ってないで座って座って!」

 ステビアと乃亜は片手を引っ張られ、強引に椅子に座らされる。さっきからサンのペースが掴めないままだ。

「俺らはこれを渡しに来ただけだ」

 乃亜がテーブルの上に薬品の入った紙袋を置き、席を立とうとする。しかし、目の前にいたはずのサンが乃亜の後ろにまわり込み、肩を軽く押して座り直させた。

「何を言っているんだい、ボクのお茶を飲んでからでないと帰れないよ!」

 ふふふ、と二人に笑いかけ、パチンと指を鳴らす。するとシュシュが紅茶の入ったティーポットと三人分のティーカップを乗せたワゴンと一緒に現れた。

「これは魔法であって魔法じゃない。そう、手品かもしれないね!さぁ、美味しい紅茶をどうぞお客様!あぁ、クッキーも特別に開けてしまおうか!」

 大きな声とは裏腹に、上品にティーカップへお茶を注ぐ。そのカップの横に甘い香りのクッキーが数枚置かれた皿を出され、音を立てずにステビアと乃亜の前に置いて綺麗なお辞儀をした。騒がしい癖に動きはしなやかで無駄がない。

 二人が警戒をして、カップに手を伸ばさずにいるとまた頭上をシュシュが飛び回った。

「サッサト飲メ!サッサト飲メ!サッサト食エ!」

「なんなんだ、この梟は……」

「こらシュシュ、失礼はやめないか!」

 サンの一言でシュシュは嘴を閉じ、ゆっくりとテーブルに降り立った。

「申し訳ない。この子は人が来ると舞い上がってしまうようで……誰に似たんだろうねぇ……」

 お前だろ、というツッコミを喉元で抑えながら二人は出された紅茶を渋々一口飲む。悪いものは入っていない。ただの、香りの深い美味しい紅茶だった。

「さてと……飲んだから帰れるな」

「あぁ」

 乃亜はステビアがクッキーの皿に手を伸ばしたのを素早く払い、クッキーの皿を遠くに避けた。

「おいっ!」

「得体の知れないモノ食うなっ」

「待て待てキミたち!早いよ、実に早い!久しぶりに顔見知り以外の魔法使いに会えたんだ、ボクのひとときの喜びに付き合ってくれたって良いだろう!それにそのクッキーはちゃんとしたモノだよ!ボクはそういうイタズラはしないからねぇ!」

 立ち上がる二人の背後に瞬時に周り、椅子に座り直させる。動きの速さは二人以上の力があるようで、そう簡単に抜け出せそうにはない。乃亜が舌打ちをして座り直した。嬉しそうにサンは「おやおや!」と声を上げて喜ぶ。それを横で見たステビアは唇を尖らせた。クッキーも食べれないのではいてもしょうがないというような態度に乃亜が呆れる。

「長々付き合う義理がないな……」

「この手のアホは満足したら帰してくれるだろ」

「……鯛焼き五個追加だぞ」

「ふざけんな」

 どんなに小声で話しても、二人のやりとりはサンには筒抜けのようだった。

「で、何が目的だ?」

「目的?何の話かねぇ?」

 乃亜の問いにサンは首を傾げた。

「ボクは話し相手が欲しいだけさ。人間は興味深いが欲が深くて扱いにくい……まぁ、その人間とシオン君のおかげでボクはまだこの世界に居られるんだがねぇ!」

「人間のおかげ……?」

 サンにステビアが聞き返す。彼もまた紫苑の薬を必要とする魔法使いなのは理解したが、人間のおかげで生きることのできる魔法使いなんて、そうそういない。

「あぁ、そうだよ、そうだとも。ボクは人間がこの扉をノックするたびに運勢を見てあげてる。デタラメじゃないさ、本物の占星術でねぇ。時々、呪いのかけ方を教えることもあるけども」

「そんな商売やっててよくバレないな」

「そりゃ、魔法使いも占い師も人間にとっては同じようなモノだからね!バレたところで結局はボクを必要としている人間しか訪れないのさ!それにボクの占いの対価はね、お金じゃないんだ。彼らの『ある一部』を少し貰うのさ!子どもにも不労者にも優しいんだよねぇ!」

 ムフフ、と不敵な笑みを浮かべてサンは紅茶のおかわりを自分のカップに注ぎ入れる。香りを楽しみ、口に含むその仕草も綺麗なのがステビアと乃亜をまた苛立たせた。

「まったく趣味が悪いな。俺とは話が合いそうにない」

 乃亜が腕を組んだ。立とうとすればまた押し戻されるのが目に見えているようで、流石に諦めたのだろう。

「何か誤解をしているようだねぇ。ボクが貰う人間の一部が肉片や血液と勘違いされては困るよ」

 大袈裟な溜息をつき、額に片手を当てる。ステビアはその仕草に欠伸を返した。

「ボクが欲するのは彼らの『記憶の一部』さ」

 すると急にサンは立ち上がり、指をパチンと鳴らしてシュシュを呼び出した。嘴には小さな小瓶が咥えられている。

「偉いぞ、シュシュ!オーナー兼店長兼従業員兼飼い主からキミに今晩はご馳走を約束しよう!」

 サンはシュシュの頭を軽く撫でると、小瓶を受け取った。その中身はピンク色の小さな雲が入っていて、煙をもくもくと膨らんだり、縮んだりを繰り返している。

「この小瓶は人間の……ほんの一瞬の記憶が入っている。彼らはボクらの見たことのない平和な世界を記憶しているからねぇ……。それはそれは美しいのさ。こんな数滴の一瞬の記憶でも…ボクはもうこれの虜でねぇ!」

「平和な世界……ねぇ」

乃亜が舌打ちをした。

「そうさ!彼らはボクら魔法使いが受けてきた仕打ちなど知らない。そんな歴史は存在しないと信じている彼らの持つ記憶は、甘酸っぱくて脳が蕩けるほどに芳潤なんだよ……!時々、恐怖体験なんてのが混ざっていたらそれはそれは上物でねぇ……!かなり刺激的で間接的であってもこっちが震え上がるのさ!」

 そこかしこに響き渡りそうな大きな声で恍惚とした表情を浮かべ喋るサンに二人は白い目

を向ける。

「……まぁ、あまり良い響きのモノではないねぇ。でもこれぐらいを貰わなければ釣り合わない!ボクの占いは本物中のホンモノ!呪いだってそうなのさ!」

 くるくると回ったり、忙しなく身体を動かしながら話すサンは余程人と会っていなかったのか、ただの性格の問題なのか、ずっと一人で喋っている。

「占いはタロットや星座が主にだねぇ。これは一日ぽっちの記憶で良い。未来を視たり過去を視たりは一か月。生活に支障がないように上手く吸い取ろう!でも呪術はそうはいかないのさ!約一年分の記憶は吸い取るよ、それ程の代償が必要なんだよねぇ!」二人が聞いてもいない事も楽しそうにペラペラと話まくる。見ているだけで疲れる男だ。

「占いと呪いか……まぁ、人間にとっちゃどっちも必要なんだろうな」

「……お前、こんな気色悪いの肯定するのか?」

 乃亜がウゲェ、と声を出す。

「そうやって生きるしかない魔法使いがいたって事だろ。人間が好きなら別に」

「何を言っているんだい?ボクは人間は好きじゃないよ」

 サンの言葉にステビアと乃亜は思わず目を見開いた。あれだけ記憶が甘くて酸っぱくて堪らないだの言っていたクセに、さらりと予想とは違う答えを口にした。

「彼らはボクの嗜好品の一つだ。美味しいモノはみんな好きだろう?それだけのことさ! まぁ、そうでなくても同じ趣味を持つ魔法使いもまだ沢山いるし、だからボクは人間のおかげで生きているのさ。キミ達のオトモダチ、シオン君の薬はボクの呪術の効力を上げてくれるし、他の使い道もある……。そもそも、魔力が減るばっかりでは商売上がったりさ!何せボクのこの仕事は口コミが『いのち』の生業だからねぇ!」

 高笑いをするサンにステビアと乃亜は席を立った。今度はサンにも後ろから回り込む様子はない。あれだけ喋らせたのだ、満足したのだろう。

「あれ、もう帰るのかい?」

「あぁ。ここにいるとイライラしてしょうがねぇ」

「オレはこれから鯛焼きとどら焼きを食べなきゃいけないんだ」

 ステビアの和菓子への執着心に乃亜は苦笑いを浮かべる。

「キミ達はボクの話を聞いてくれたからね、いつか呪いたい人間がいたら言ってくれ。特別に呪術をかけてあげよう。それとも運勢をみるかい?あぁ、それとも人間の記憶かな?」

「どれも要らないね」

 乃亜が店のドアノブを手にかけながら答えた。サンはガッカリしたように眉を寄せて肩を落とす。するとサンの視線が落ちて、ステビアと目が合った。ムフフ、と再び彼は不敵な笑みを浮かべてステビアの目を覗き込む。

「キミはどうだい?」

「興味がない」

「んー?何やら人間と仲が良い様子が瞳から伺えるねぇ。その子はどうかな、呪いをかけるほど憎い?それとも自分のモノにしたいほど……大事かい?」

 サンがステビアの頬に手を伸ばすと、乃亜がその手を払い除けて開けた扉の向こうへステビアを引き込んだ。

「つれないねぇ」

「次から依頼した薬の配達はその梟を寄越せ」

「困るねぇ、シュシュはボクの親友だ。ココから出すわけにはいかないのだよ」

 そう言ってサンは指をパチンと鳴らし、シュシュを肩に留まらせた。

「今日は薬を届けてくれてたことを感謝しよう!また会えることを楽しみに待っているよ!ノア君、ステビア君!」

 サンはウィンクをしながら手のひらを二人に向けてひらひらと振ると、指をパチンと鳴らして扉をバタンと思いっきり閉めた。扉のドアノブには『本日の営業は終了しました』というプレートがかかり、ランプの灯りは消えていた。木彫りの梟がいた場所はくっきり窪んだままだった。

「……とにかく、帰るぞ」

 乃亜はそう言って、人型から犬の姿に変化する。ステビアはぼうっと目の前の扉を凝視したまま動こうとしない。

 最後のサンの一言がどうも引っかかった。話してもなかったし、聞かれてもなかった。あの男はいつ、オレ達の名前を視たんだ……?

 背筋にゾクリとした悪寒が走る。

「ワンっ!」

 地下道に響き渡る声で乃亜が鳴き、ステビアのローブの裾を軽く引っ張った。我に返ったステビアは、少しだけ震えたてを彼の背中に置くと、足をゆっくりと動かした。

「悪い……帰ろう」





 戻ったのは夕方に差し掛かる頃だった。帰るなり紫苑はどら焼きの入った紙袋をステビアに渡すと、思い出したかのようにステビアは乃亜に鯛焼きをせがんだ。

「分かった、今から焼くっつーの!ったく……」

 ぶつぶつと文句を言いながら、暖簾が片付けられた店先に立ちに行く。途中で個数が増えたことを覚えているかどうかはわからないが、大量に生地を用意しようとしているのは背後からでも見てわかった。

「すみませんでしたね、今日は。疲れたでしょう。私もあの方は少し苦手なんです」

 紫苑のそのセリフが店先にまで聞こえ、乃亜は分かっていながら行かせたということに腹が立った。

「ったく、あそこには二度と行かねぇからな!」

「まったくだ。何だあの男、頭がおかしいとしか言えないぞ。それになんだ、あの気色悪い店は……」

 思い出すのも嫌だと言うように首を振りながら、ステビアはガサガサとどら焼きを紙袋から取り出した。紫苑はその様子を見ながら戸棚から茶筒を取り出し、ステビアの横に座り直した。

「少し変なところはありますが……根は悪い子では無いんですよ、頭の回転が早くて、古い魔法使いの術式を解いたりするのが得意なんです。元々の持ち味は人の記憶を吸い取る魔法らしいですけど」

「ふぅん、よく知ってるな」

 どら焼きを頬張りながらステビアは横に座る紫苑を見上げた。

「一度会ったら忘れないでしょう、あんな人……。私、何度かお会いした際に白衣にまで計算式書かれたこともあるんですからね……。でもまぁ彼の呪術はよく効きますし、人間からも魔法使いからも人気は高いです」

「そんなにか?」

「えぇ。それに、彼の作り出す魔法使い向けの嗜好品は高額取引される程ですよ。まぁ、最近は魔法使いからよりも人間からの方が人気があるようですけど……」

 紫苑はやれやれと言うように苦笑いをした。

「シオンはその、実際に記憶を抜いているところを見たことがあるのか?」

 ステビアの問いに紫苑は首を振った。

「いいえ。見たことはありませんが、危害は全く無いみたいです。人間を目の前にしてもその魔法を使う様ですから、ステビアさんの持つ力の様に明らかに『魔法』って感じは無いのかと」

 言われてみれば、とステビアは納得した。彼は魔法使いだが商売は人間と魔法使い両方を相手にしている。だが、ステビアや乃亜のようにはっきりと見て分かるような魔法を使わないようだ。占いや呪術は儀式的なことさえ出来てしまえば、魔力保持者なら簡単にこなせてしまうだろう。人が気が付かないうちに記憶を抜く事が出来るとしたら……。

「そのストックの中にステビアさんのルーツがあったらと、今そう思いました?」

 ステビアはそれを聞いて一瞬ドキリとしたが、すぐに眉を寄せた。

「いや……でも、ヤツは人間の記憶にしか興味がなさそうだった。それに自分の欲のために売り出す『記憶』にオレに関する記憶が入ってたって何も……嬉しくない」

「……ですよね、すみません」

 ステビアは首をゆっくり振る。しん、と二人が黙り込み、時計の針の音と店先の鯛焼きが鉄板で焼ける音だけが響く。まるで時が止まったかのようだったが、数分してステビアがやっと口を開いた。

「……どら焼き、うまい」

「それは、良かったです」

「ったく……やり方と言い方が下手なんだよ」

 乃亜は先に焼き上がった鯛焼きを数個持ってやってくるなり、紫苑の背中を軽く蹴った。

「い、痛いですよ、ノアくん……っ」

「今回の駄賃、いつもの倍だからな」

「手厳しいですねぇ……」

「ノア、これだと足りないぞ」

「今焼いてるっつーの!」






「綺麗な銀色の髪と赤黒の面白い髪だったねぇ、シュシュ!でもどうしてか、オレンジ色の熱い髪色を拾えたねぇ。この毛からは魔力があまり感じないみたいだけど、シオン君の名前とあとさっきの二人の魔法使い、あともう一人の名前が浮かんだんだよねぇ!ムフフ!彼らは今、ボクの力にちょっと驚いちゃったかもねぇ!」

 アハハと高笑いをし、サンは落ち着きのない子供のようにゆり椅子を思いっきり揺らす。

「でもボクは優しいからね!お得意様がボクの力が必要だと言ってくれるまで、このオレンジ色髪の毛は溶かさないようにしておくさ!きっと役に立つだろうねぇ!」

 サンが再び笑い出すと、シュシュはホーホーと梟らしい鳴き声を発し、サンの周りを飛び回った。

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