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花より団子

 春の暖かい風が吹いている、気持ちの良い昼時だった。早朝の依頼をこなした来太は以前ステビアに食べたいと言われた老舗の和菓子店、村上屋に立ち寄った。看板に歴史有りと言われるこの店は、その外観も昔ながらの趣きある朱色の木造建築。商店街で唯一の瓦屋根の店だった。看板商品は大福餅。ふわふわの餅に包まれた小倉餡が懐かしいと評判である。確かに老舗中の老舗。大福と言ったら「村上屋」というのは誰もが思い浮かぶだろう。先日知り合った魔法使いステビアでさえ、記憶が数年分ほど欠落しているのに、この店のこの大福は忘れていなかったのだ。

 いや、もしかしたら紫苑や乃亜にどこかのタイミングで食べさせてもらったのかもしれない。そんな疑問を持ちながら、来太は村上屋の紙袋を手に下げてステビアの部屋へと向かった。


「はい、これ頼まれていたやつです」

「あっ、村上屋っ!」

 紙袋を受け取るなりステビアはキラキラと目を輝かせた。白い頬はピンク色に染まり、嬉しそうに中を覗き込む。苦手だと言って外出すらも拒むほど人間を避けるクセに、人間の作るものには好意を抱く。それもこんな自分には向けてくれない笑顔で。

「お茶、煎れますね」

「頼むっ」

 ステビアは弾むような返事をし、裸足でペタペタと走って部屋の真ん中にある小さなテーブルに紙袋を持って行く。その間に来太はやかんに水を入れ、この間綺麗に掃除をしたコンロでお湯を沸かし始めた。

「ステビアさん、気になった事があるんですけど」

「ん、なんだ?」

「その村上屋はいつから知ってるんですか?」

 ふわっと浮かんだ疑問をぶつけてみた。ステビアは一瞬斜め上に視線を向け、ウーンと唸る。

「確かに……いつからだ?」

「あはは、俺が聞いてるんですけど」

 疑問に疑問で返されて来太は笑う。自分だって物心ついた頃には色んな知識を持っていた。それと同じだろう。学校で習う以外のそういった知識に順序など殆どない。

「あ、でも」

 ステビアは来太の方を見直す。

「誰かから貰ったのが最初……だったはず」

「誰かって……紫苑さん達ですか?」

「アイツらがくれるのは鯛焼きぐらいだ」

 ステビアは首を横に振りながら言った。別にそれでも美味しいのだから良いだろうと言いそうになったが、来太は言葉を飲み込んだ。よくよく考えれば今の彼からは紫苑と乃亜以外の名前は口にされない。数百年も生きているというのに。

「ステビアさん。村上屋の大福を教えてもらった時のこと、他にはどんなことがあったか、場所とか…覚えてます?」

 ピーピーとヤカンが沸騰する音が響く。来太はコンロの火を止め、以前持ち込んだ急須と湯飲み茶碗を二つ取り出した。台所は来太が来る度に物が増え、数ヶ月前には無かった食器棚まで作られていた。

「ウーン……」

 ステビアは腕を組み、さっきよりも眉間に深いシワを作る。

「あ、でも、あまり深く考えすぎないでくださいね。その、村上屋の大福は例というか……」

 お茶っ葉を急須にいれ、熱湯を注ぎながら来太は焦って言う。あまり難しく考えすぎてパンクさせても良くない。紫苑にも乃亜にもどやされるし、彼の年齢からして人間とは違う年数の記憶がその小さな脳内に蓄積されている。そんな中から無くした記憶だけを引き出すのは至難の技なのかもしれない。

「ステビアさん?」

 お茶を煎れた湯呑みと急須をテーブルに運び、ステビアの前に座って彼の顔を覗き込む。

「なんとなく……だが」

 ステビアが口を開いた。

「はい」

「……久しぶりに口に入れた食べ物だった、ってのは覚えている」

「……それは、お金がなかった…とかですか?」

ステビアは首を振った。

「人間の行商人から物を買うことは無かったはずだ。これは断言する。金に関しては対して困っていなかった……たぶん」

「たぶん、ですか」

「あぁ。食べ物も……無くても大して問題ないから……いや、あの時は……」

 ステビアは一瞬言葉を詰まらせる。

 あの時は、何だ?

 次の言葉が出てこない。引っかかる、ハッキリとしない何かが……。

 喉のすぐ手前まで来ているような何かがモヤモヤと渦を巻く。ステビアが「ンー」と小さく唸りながら頭をガシガシと掻きはじめたのを見て、無理をさせてしまったと思った来太はテーブルの上に置かれたままの紙袋から大福を出した。

「ステビアさん、ひとまず大福食べましょう?」

「……あぁ」

 煮え切らない表情だったが、大福を一つ摘みぱくりと小さな口で頬張った。みるみるうちに先程の険しい顔は明るく変化する。片頬がぷっくり膨らみ、ピンク色に染まってキラキラの瞳も取り戻した。

「懐かしい味ですか?」

 来太がふふふ、と笑いながらお茶を啜るとステビアは口を動かしながら首をコクコクとする。

「やっぱ……ここの大福はトクベツな気がする」

「じゃあ、ヒントになったって事ですか?ステビアさんがわざわざお店の名前まで名指しするほどだし、きっと思い入れのある物だとは思っていたんですけど」

「たぶん、な。やはりなかなか思い出せない……」

 尻切れ気味に言いながら焦って二つ目に手を伸ばすステビアに来太は笑った。

「これ、全部ステビアさんのですから。ゆっくり食べてください、焦ると喉に詰まらせますよ」

「本当かっ!」

「はい」

 パッと明るくなって、口に頬張る。頬張っては何かを考えている。無理をして欲しくはないと伝えたが、必死に何かを思い出そうとしている姿を見ると来太は手助けになれることは他に無いのかと思ってしまう。紫苑の言っていた通り、ステビアの記憶が消えた原因が『人間』であるならば、自分といることで何かしらの発見を試みているのだろう。それにステビアは以前、人間は嫌いではなく『苦手だ』とも言っていた。嫌いではないのに遠ざける理由……。それを思い出したら自分の事をどんな風に思うのだろうか。

「おい」

「え、あっ、はい!あ、痛っ!」

 ぼうっと湯飲みの底を見つめていた来太が、ステビアから声をかけられて顔を上げた際に首を痛めた。

「何やってんだ」

「イタタタ……」

「ったく……。首が回らないならシオンの薬をやるが」

「あ、いや、そこまでじゃ」

「ならシャキッとしろ」

 そう言ったステビアの口の周りは、大福の粉で白くなっている。

「……ステビアさんそれ、ブーメランですよ」

「はぁ?」

 来太が人差し指で自分の口を指差すと、ステビアが口元に手を持っていく。白い粉が手についたのを見て、唇を尖らせた。

「あはは」

「笑うな」

「えー」

「出禁にするぞ」

「あはは、それは困ります」

 ステビアは再び笑う来太に舌打ちをする。袖で口元を拭き、もう一つ食べようと手を伸ばすと「あーあー、そんなところで拭くと落ちないですよ」と、来太が真横に座り直してステビアのローブの袖に付いた粉を払い落とす。

「やめろ、食べにくいっ」

「ダメです、じっとして……あ、ほら餡子も着いてるっ」

 袖の小さな黒い汚れを見つけ、来太は「もーっ」と眉を寄せた。

 不意にその仕草が誰かと被って見えた。懐かしくて、温かい。胸の奥が熱くなり、切なくて少し痛い。

そいつは誰かとはハッキリと分からないが、来太と同じように眉を寄せて「仕方ないなぁ」と笑っていた。

知っている。誰だがは分からない。でも、知っている……。

「ステビアさん?」

「……え」

 被って見えた人物は、来太の声によってかき消される。こめかみをグリグリと回しながら押していると、片腕を引っ張られた。

「もう、これ脱いでください。俺、今日預かって洗濯してきます」

「なっ、嫌だっ!」

「嫌だって……餡子付けっぱなしにしてたら蟻にたかられますよ」

「う……」

 想像をするだけで背筋がゾクリとする。来太の頑としてこちらから視線を外さないところを見ると、渡すまで追いかけられるのが浮かんで見えた。ステビアは溜息をついて渋々ローブを脱ぎ渡すと、来太が代わりにと言って鞄から大きなウィンドブレーカーを取り出した。ステビアにそれを羽織らせると、来太との体格差のせいで裾が膝上、袖は何重にも折り重ねて捲らないと手首が出てこない。

「寒かったらこれを着ててください」

「……顔が隠れるものがない」

 首元を触りながら不安そうに言う。

「どうせ外に出ないですよね。明日には乾くようにしますから」

「絶対だろうな」

「約束します!」

 来太の勢いに負け、ステビアは嫌そうに承諾をした。しかし、ローブを綺麗に畳み鞄にしまい込む来太の周りを繰り返し「絶対明日持ってこい」と言う。

「失くしたらダメなやつなんだ……たぶん、よく分からないんだけれど」

 また『たぶん』だった。ステビアの中では自分の大事な記憶の繋がりをきっと分かってはいる。ただ、それが思い出せない。でもこれもきっと大福と同じ様に、何かの繋がりのヒントなのだろう。必死になって手元に置いておこうとするあたり、大福よりも大事な物だと来太は感じた。





「ステビアさん、今日はこれ預かります。でも明日には絶対持ってきますし、なんなら今度からここで洗えるように順番もし始めますね」

 帰り際に来太が靴を履きながら言った。何重にも重ねて捲り上げていた袖は、重さに負けてずり落ちてくるようで、ステビアは捲り上げるのをやめて余った袖を振り回している。

「洗濯に使える物なんてないぞ」

 ステビアの言う通り、この部屋には魔法書や魔草図鑑、魔法薬草の育て方に関する書物、そして寝床ぐらいしかない。隣の部屋は薬草だらけで、この部屋の台所だって来太がせっせと道具を取り揃えて何とか形になったばかりなのだ。

「任せてください!俺、こう見えてこの掃除機を一ヶ月で作り上げた男ですよ!」

「……それは凄いのか?」

「あはは、分かりませんけど」

「ったく……洗濯一つで大袈裟だ」

「ステビアさんが必死に大事だ、絶対失くしたらダメだって騒ぐからじゃないですか」

「ならさっさと綺麗にしてこいポンコツ」

 振り回していた袖で、来太の背中をバシンと叩く。

「はいっ。それじゃあ、また明日」

 バタンというドアの閉まる音。施錠をして呪符を貼り直す。紫苑から来太や紫苑、乃亜には効力を発揮しないよう少しだけ複雑なものを作ってもらっていた。

まったく、調子が狂う。貼り直した呪符をなぞりながらステビアは溜息をついた。

 久々に食べたいと思った村上屋の大福は何故これじゃいないといけないのかなんて自分が一番知りたかった。常に着ていたローブだってそうだ。何故失くしてはいけない大事なものだと言い張れるのかは分からない。でも、これは確かなことなのだ。理由は全然思い出せないが。

 きっとさっき不意に浮かんだ奴も、自分にとって大事な何かなのだろう。

 ゆっくり思い出せば良いと、そう言われたが苦しい程に切なく痛む胸がそうはさせてくれそうにない。一体、誰なのだろうか。困った様に笑って世話を焼いてくれた、あの男は……。

 満腹のせいかステビアは大きな欠伸をすると、悶々としながらも目を擦りながら寝室のベッドに潜り込んだ。



 次の日、今まで嗅いだことのないフワッとした心地よい柔軟剤の香りに、大騒ぎだしたステビアはこの日を境に来太に洗濯を頼むことが増え出した。


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