ステビアの魔法
「ステビアさん、これここで良いんですよねっ」
「あぁ。ノア、それはこっちに頼む」
「ったく……」
紫苑から大量の魔草の苗木、それから数種類の種を貰ってきたステビアは来太と乃亜にそれを魔草部屋に運ばせた。
「こういう時、魔法ってつくづく不便だと思うよな……っと」
苗木を一気に六鉢持ち上げながら乃亜が言った。
「ノアさんは猫に変身するっていう魔法だけなんですか?」
「いや。そうじゃねぇが……物を浮かせたり、小さくさせたり、そういう便利なものなら使い甲斐あるんだろうよ。俺にはそんな力ねぇし……っ」
ステビアに指示された場所へ鉢を並べ終えると、腰を押さえながら少し背を逸らす。パキパキという関節の音が聞こえた。
「んじゃ、俺は帰るからな」
「えっ、お茶ぐらい」
「要らねぇ。ステビア、また来る」
「おう」
呼び止めようとする来太から逃げるように乃亜は黒猫姿になると、足早に退散して行った。魔法のことについてはさらっと何も言わずにかわされ、来太はまた変に踏み込んでしまったと反省をする。
「おい、お前はまだ手伝え」
「あ、はい」
奥から空のまま転がっていたプランターを小さな身体で一つずつ運びながらステビアが言った。明日は仕事もないし、このまま夜通し手伝うことになっても自分が撒いた種だ。そう思った来太はずっと背負っていた掃除機を床に置いた。
「何をすれば良いですか」
「プランターに土を入れて、水を撒いてよくかき混ぜるんだ」
土はあれを、といって奥に積み上がった袋を指差す。
「意外と地道なんですね」
「数百年以上生きると慣れた作法を変えられなくなる」
「あはは、おじいちゃんみたいですね」
積み上がった土袋を軽々と上段から降ろし、作業用にと常に持ち歩いているサバイバルナイフで袋を切った。
「年寄りと一緒にするな」
「あはは、ごめんなさい」
プランターに土を移し、来太は掃除機のホースを引っ張ってスイッチを『放水モード』に切り替えると、ホースから水を出した。
「お前のソレのがよっぽど魔法みたいだな」
「そうですか?」
表面の土の色が濃くなったのを見て、来太は放水を止めた。ステビアに手渡されたスコップで軽く土をかき混ぜる。土いじりはたまにするが、いつも幼い頃に祖父とやったことを思い出して何だか懐かしい気持ちになる。あの時は広い庭に夏野菜を植えて、その野菜で作ったカレーがこの世で一番美味しいとよく思ったものだった。
鼻歌を歌いながらある程度かき混ぜ、ステビアに声をかけるともう五つ分ほどやってくれと頼まれた。
「でも、先にこんな土を濡らしちゃって大丈夫ですか?」
「あぁ。種からのものは一気にやらないと間に合わないならな」
「何をですか」
「まぁ、見てろ」
ステビアは紫苑から渡された種を一つ持って来ると、プランターに埋めた。優しく土を被せるのは人間の園芸方法と何ら変わりがなさそうだった。ステビアはローブの袖から腕を出し、手のひらを大きく開くとプランターの上にかざした。
すると、ステビアの手のひらが淡いオレンジ色の光を放ち、その光が勢いよくプランターに降り注がれた。
「わぁ……!」
来太は乗り出すようにその光を見つめた。その光は土の中にどんどん吸収されていく。しばらくすると、先程植えたばかりの種が発芽して土を押し上げた。
「す、凄いっ」
来太の声と同時に双葉を出した魔草はにょきにょきと伸び始める。数センチ伸びたところで一度ステビアは手を止めた。
「あれ、おしまいですか?」
「一応、生き物だからな。休ませてやらないと枯れてしまう。そのために水を含んだ土がいるんだ」
「なるほど……。やっぱステビアさんは優しいですね!」
来太はにこりと笑って別のプランターに土を入れ始めた。
「なっ…と、当然だろ!枯らしたらまたシオンに怒られるっ」
「あはは」
顔を赤らめて焦りながら答えるステビアは、楽しそうに土をいじる来太にむかって頬を膨らませた。
種と苗木をある程度植え込んだ二人はその場に倒れ込んだ。ステビアに至っては数年ぶりに街へ出た後だったし、来太は数時間で色々な情報を叩き込まれたのだ。力を抜いた途端、二人にどっと疲れが溢れ出す。先に大きな欠伸をしたのは来太だった。
「ステビアさん、俺もう帰りますね」
「あぁ。明日は来なくて良いぞ」
寝転がったままステビアは言った。
「でも、ご飯は」
「食わないでも生きていけるって言っただろ。魔力補給のために明日は眠る」
「……わかりました。明日は仕事がないので何かあればここに連絡してください」
そう言って来太はつなぎの胸ポケットから一枚の名刺をステビアに差し出した。名刺には『掃除屋 らいた』と書かれており、その大きな文字下に電話番号が書いてあった。
「人間相手に電話なんかしたことないぞ……たぶん」
引っかかる様な物言いをして、自分でも不思議そうな顔をした。
「人間のところには通信出来ないんですか?」
「オレはお前の住んでるところを知らない」
「あぁ、条件があるんでしたっけ」
「何度も言わせるな、魔法は万能じゃない」
ステビアが半笑いで言う。今では偶像の生き物とされる存在だ。人間の思う魔法使いとは違う。
「でも条件が揃わないなら人間だって無理なものは無理ですよ。俺だって電話がなければ連絡取れないし。魔法使いが人間と変わりない生き物だって知れただけ、俺は嬉しいです」
来太は掃除機を背負いながら言った。『変わりない生き物』初めて言われたはずなのになんだか懐かしくて、ステビアの胸にズンとのしかかるような言葉だった。
「ステビアさん?」
ぼうっとしていると、来太がステビアの顔を覗き込んでいた。近距離に迫ってきたことに驚いて、思わず来太の胸に拳を突き出す。
「ウッ!」
「のぞくなっ」
ケホケホと咽せながら来太は苦笑いをし、腹部を摩りながらステビアの前にしゃがんだ。
「ならこれ。使う気になったら使ってください。明日じゃなくても、いつでも良いです」
ポケットから取り出したのは小銭だった。
「災害用にまだこの地域にも一台ぐらい公衆用の通信機器があるはずですから。少し町に出る必要はあるかもですけど……」
「外に出る気はない」
「まぁ、何かあったらの護身用ですよ」
小銭を握らせ、来太はゆっくりと立つ。少し錆び付いている硬貨は、ステビアが昔に見たものと形も刻まれている数字も大きさも全く違うものだった。
「これ、使えるやつか?」
「え、今の硬貨ですよ。そりゃ仮想通貨もあったり色々ありますけど」
「まぁ、いい。貰っておく」
ステビアはローブの内ポケットから巾着を取り出し、小銭と来太の名刺を中に入れた。多分それは魔法道具なのだろう。角張った名刺を入れたのに、巾着はその形に布が伸びることがなかった。
ステビアが巾着をまた仕舞い込むのを確認した来太は魔草部屋の出入り口に手をかけた。
「明後日はまた沢山何か作って持ってきますね。倒れず待っててください」
「……あぁ」
手を振る来太に、手を振り返すことはないままステビアは来太を見送った。
『いたぞ、ここだ!』
『バケモノ!」
『人間の敵だ!』
『魔法使いは殺せ』
気がついたらステビアは逃げていた。数人、いや数百人単位の人間が彼を追いかけて暴言や石を投げつける。逃げても、逃げても逃げても逃げても、気がつけば囲まれ、背後を取られる。ステビアは掴まれた腕を振り払って逃げた。逃げるたびに立ち上がる土埃が酷くて、吸い込んでは咽せていた。都市には霧が立ち込めていたし、明るい時間でも暗い時間でも、もやっとした空気が人や建物を包む。ステビアはそんな都市の中を逃げては隠れ、隠れては逃げてを何度も繰り返していた。
逃げて生きなければ。
生きて、あいつにもう一度会わなければ。
オレのせいでごめんと、伝えなければ……。
たったそれだけを願って逃げた。何故それを願ったのか、あいつと言ったがそれは誰なのか、全く覚えがない。
けれど必死で逃げた。その顔も名前も覚えていない誰かのために。その誰かに再び会うために……。
目が覚めると、ステビアの身体は冷や汗で、ぺったりと濡れていた。使っているベッドにもその跡がくっきり残っている。必死になって逃げた夢を見たせいだろうか。それにしても、知っているような、覚えのないような光景が目に焼き付いて離れない。思い出そうとするだけで身体は震える。
はっきりとしないことにこんなにと震えてしまう自分ですら気持ちが悪い。ステビアはベッドから降りると、いつだか紫苑にもらった懐中時計を見た。日付はあれから一日しか経っておらず、時間も眠ってからそんなに経っていない様だった。
きっと、昨日の夕方に魔法使いについて話しを改めて聞いていたからだろう。自分の中の一番古い記憶は確かに人間から逃げていた記憶だった。それを久しぶりに思い出した。でも、何故逃げなくてはならなくなったのかは分からないままだった。
すっかり眠気も消え失せてしまったステビアは魔草部屋へと向かった。種から魔力を吸い込んだ魔草は痛みやすく、枯れやすい。ひとつずつ手で触って状態を確かめた。気休めには十分だった。水が必要な魔草には水を与える。魔草であっても水が必要なくせに、自分は殆ど無くても生きていけることを久しぶりに思い出した。
バケモノ。
そう言われているのはきっと、そういった不思議な人とは違うおかしな生物。『魔法使い』やそれに似た生物…つまりは特殊な身体を持った者だ。それでも来太は『人間と魔法使いは変わりない生き物』と、そう言った。
チリ、と胸の奥が痞えるように痛んだ。
あいつの言葉のせいだ。魔草が納期に納品出来ないのも、調子が狂うのも、大事な睡眠を充分に取れないのも……。
じんわりと滲む様な暖かさがあって、懐かしくて、嬉しくて。手を伸ばしたいけど、伸ばしてはいけない気がして踏み込めない。
ステビアは溜息をついた。
「名前……呼ばないから忘れて行くんだよな」
もう一度会いたいと思った『あいつ』の名前も顔も思い出せないのは、きっと自分のせいなのだろう。ステビアは再び大きな溜息をつき、魔草に魔力を注ぎ始めた。
来太は『魔法使いの弟子』と、そう書かれた本を引っ張り出していた。昔、祖父に買ってもらった本の一つで、もう何度も読み返した古い児童向け書物だった。物語の主人公はステビアや紫苑から聞いた話と全く違う魔法使い。箒に跨がり、空を飛んで色んな国を旅して回る冒険ストーリーだ。確かにこれは偶像の生き物で、人間が望んだ魔法使いの姿なのかもしれない。しかし祖父の話では昔から魔法使いは存在して、人間と仲良く暮らしていたと言う。幼い頃、そう言い聞かせられていた。祖父に実際にあったことがあるのかと尋ねたが、それは無いと言っていたし、近所の子ども達もこんな話は確証のないデタラメだと言っていた。祖父も本物を知らないが、来太の知らない事実を彼は握っていたのかもしれない。しかし、もう一度確かめたくてもその祖父はもうとっくに他界していた。以前読み漁った歴史文献に書かれていた『魔法使い狩り』が一瞬過ぎったが、どの歴史文献にもその『魔法使い狩り』が勃発したとしか書かれておらず、どんな事件で、何が起こったのかなんていうのは詳しく記されてはいなかった。
それでも今日、ステビアが見せたあの淡いオレンジ色の光は本物の魔法だったし、以前見せられた乃亜の猫から人型への変化だって人間がなし得ないものだった。杖や魔法陣を使わない、それでも特殊な力を使うことができる。彼らは正真正銘の魔法使いだ。きっと紫苑だって同じだろう。だけど、そこを取っ払ってしまえばただの人間と同じだ。見た目も変わりないし、今でさえ人間と同じ地域に住んでいる。人間には分からないように、隠れて生きているのは、ひっそりと生きていたいだけなのか、それともいつか復讐をと企てているからなのか……。何故、そうまでしなければいけないのか。歪みあう理由も分からず、来太は苛立ちを覚える。
やはり、全てあの『魔法使い狩り』が関係しているのだろうか。その名の通り記憶を無くすほど酷いことをされたかのもしれない。それがステビアがあんなに震えながら地下室から出て行った理由に繋がるのであれば、彼の記憶は戻して良いのかも分からない。だとしたら乃亜や紫苑は何を考えて商店街で商いをし、何故ステビアの記憶を戻そうとしているんだろうか…。
考えれば考えるほど分からない。魔法使いは生きている年数は人間の数倍だ。人間側でもはや『魔法使い狩り』について知っている者はもう居ないだろう。彼らに聞いたところで辛い過去ならば、人間側を探ろうと考えたが、どん詰まりの結果しか見えてこない。
「蚊帳の外ってやつかな……」
来太は取り出した本を本棚にしまうと、やたらと大きな自宅の冷蔵庫を開いた。
「さてと……。明日はメンテナンスして、あと買い出しに行かないと。ステビアさん、今度は何を食べたいかなぁ」
次の日、来太はいつもより少しだけ遅めに目を覚ました。ここ最近はステビアのためにとせっせと朝から料理をするため、陽が昇らないうちに起床していた。今日は来なくて良いと言われ、久しぶりにのんびりとした一日になるだろうと朝寝坊を決め込んでいたのだ。
大きく伸びをし、日課の体操をする。簡単な朝食を食べ、作業着に替えると作業場で掃除機のメンテナンスを始めた。作業場といっても、以前祖父が使っていた駐車場を改装して作った簡易的な物だった。木箱や工具、ドラム缶が散乱し、天井にはダクト管が張り巡らされている。
来太は作業台にいつも背負っている大きな掃除機を置くと、タンクとホース、ノズル部分に大きく三つに分解した。分解されたパーツを手に取り、マジマジと観察する。しばらくは傷がついた所の補修を行い、その後は錆び取りを始める。定期的にメンテナンスを行うため修繕作業はさほど時間がかからない様だった。
タンクを開けて中を綺麗に洗浄し、最後に燃料を補給する。ぶつぶつと独り言を言いながら黙々と作業を行なっていると、玄関の方でベルが鳴る音が聞こえた。油まみれで出迎えるのは気が引けるが、待たせるのは申し訳ないと思い、タオルで顔や手を拭きながら大きな返事を返して玄関へ向かう。
「すみません、お待たせしました」
玄関の引戸を開けると、来太は目の前に立っていた人物にぎょっとした。
「こんにちは」
にこにこと玄関先にいたのは紫苑だった。
「こ、こんにちは……」
視線を下にずらすと、目つきの鋭い黒い毛並みの犬が来太を見ている。その瞳は赤と紫のオッドアイで、一目で誰だか分かった。
「突然ですみません。少し来太くんとお話ししたくなっちゃいまして……ね、ノアくん」
にこにこと微笑みながら紫苑は黒犬の頭を撫でた。
「あの、なんで俺の家が……」
来太は住所を教えた覚えがない。もしかしてこれが紫苑の魔法なのか……そう疑いをかけると黒犬の乃亜が「ワンっ」と鳴いた。
「ふふふ。うちのワンコは鼻も利くんですよ」
「あぁ……なるほど!犬だからかぁ」
来太は感心しながらしゃがみ込み、黒犬の乃亜に手を伸ばす。撫でようとしたところで先ほどよりも大きく吠えられた。
「ふふふ。こちら犬は犬でも、ノアくんなのを忘れずに」
「そうでした……すみません」
頭を下げ、一人と一匹を家の中に招き入れる。玄関の戸を閉めると、乃亜は犬の姿から人型に戻った。
「お前、次俺の頭撫でようとしたら本気でその腕に噛みつくからなっ」
「あはは、気をつけますっ」
苦笑いでごまかした来太は、二人を狭い居間へと通す。来太の案内した居間は二人の住んでいる和室より広く、大きな座卓が中心に置かれていた。その奥に見える障子の向こうの縁側は広く、庭では物干し竿に干された洗濯物がひらひらと揺れている。
「どうぞ。コーヒーでも良いですか?」
自作の湯沸かし機にスイッチをつけ、来太は言った。
「えぇ。お構いなく。それにしても立派な日本家屋ですねぇ」
紫苑は腰掛けることなく、ふむふむと何やらうなずきながら縁側や部屋を行ったり来たりしている。隣の部屋の押入れから来太が座布団を持って来ると、キラキラと目を輝かせた紫苑は開いた襖の向こうに見えたあるものを指さした。
「あ、見てくださいノアくん!大黒柱ですよ!」
部屋の奥、障子戸の仕切りになっている大きな柱を見て紫苑は嬉しそうに言った。
「それを見に来た訳じゃねぇだろ……ったく」
呆れる乃亜のすぐ後ろで三人分のマグカップを用意している来太が笑った。
「もう一人で暮らすには広くって……。古い家なんですよ。それこそ、皆さんではないですが祖父の祖父の祖父の祖父の祖父の代で建てられたって聞いています」
「へぇ」
ひとしきり柱を撫でると、紫苑は居間に戻って乃亜の隣りに座った。
「でも、大丈夫だったんですか?ここ、マツリダの都市部から少し離れてて、魔霧ってのも薄い地域だし……」
マグカップにお湯を注ぐ音が聞こえ、コーヒーの香りが部屋に広がった。
「問題ねぇよ」
「ええ。今の人間は我々魔族の気配なんて分かりませんよ。あ、魔族って言っても私たち悪魔とは繋がってませんからねっ」
「あはは」
来太が三人分のマグカップを持ち、座卓へやってきた。二人の前にマグカップを置き、その向かい側に腰を下ろす。
「ありがとうございます」
紫苑がマグカップを手にしたのを見て、来太は深く息を吸い込んだ。
「それで、お話って……」
来太は大きな図体を縮こませながら、恐る恐る二人の顔を覗き込んだ。
「そんな怖がらないでください。別に取って食おうとか思ってません。ただ、貴方にお願いがありまして……」
「お願い……ですか?」
来太は乗り出したかけた身体をゆっくりと引いた。紫苑はコーヒーに数回息を吹きかけ、口をつける。コクンと喉を鳴らし、飲み込むと静かにマグカップを置いた。
「えぇ。ステビアさんのことです」
「ステビアさん……ですか?」
一呼吸おき、紫苑は続けた。
「先日お話をしましたが……あの方には記憶の欠落があります。たぶん、余程の事があったと見て間違いありません。原因はきっと、人間関連でしょう」
来太はゆっくりと頷いた。なんとなく察してはいた。初めて出会った時、自分が人間だと言った時の震え方、あの怯えた表情ははっきり覚えている。あんな顔をされたのは人生で初めての経験だった。
難しい顔をする来太を乃亜は気怠そうに眺めている。
「本人はその記憶を取り戻したいらしいのですが、なかなか外に出る勇気も、思い出す勇気も無いみたいです」
「あの……それって『魔法使い狩り』が関係しているんですか?」
来太の問いに二人は顔を合わせた。乃亜に至ってはマグカップに手を伸ばし始める。
「そんなとこ……だろうな。定かじゃねぇんだよ。俺らがアイツを見つけた時はもうあのまま、記憶はポッカリ無い状態だった。……つーかお前、よく知ってたなその話」
「えっと、魔法使い狩りのことですか?」
乃亜と紫苑は同時に頷いた。知ってるも何も、それがあったという事実は図書館で調べればすぐに分かることなのだが……。彼らは人間の図書館には足を運ばないのだろう。
「でも、内容は分かりません。そういうことがあった、としか。どんな事が魔法使いに起きたかまでは知りません……」
チラリと二人を見たが、目は合わなかった。
「知らなくて良いことですよ。貴方には人間も、魔法使いも嫌いになって欲しくはありませんから……」
困った様な、そんな顔をして紫苑は静かに言った。
「でも、そんな不安定な話だからこそなんです、ステビアさんのそばにいて欲しくて。記憶が戻った時に人間を憎いと思わない様に、魔法使いである自分を嫌いにならない様に……」
静まった部屋に紫苑の言葉が響く。その横の乃亜も真剣に来太を見据えた。この二人は何を抱えてそれを望むのかは来太には分からないが、真っ直ぐな視線とその強い想いがズンと胸に突き刺さる。昨晩は彼らを深追いしてはいけないことかもと思っていたが、これはもう関わってしまっていると言われている様なものだと感じた。
来太は深呼吸をすると、二人に向かってにこりと笑った。
「俺、昔から魔法使いに憧れてたって言ったじゃないですか。簡単にステビアさんから離れると思います?」
その返答に紫苑と乃亜はニヤリと笑う。
「ま、そう言うんだろうって気がしてたよ。お前からはアホの匂いがぷんぷんするしな」
「ええ。その向こう見ずな姿勢、嫌いじゃありません」
「それ、褒めてないですよね……」
来太は、あははと笑いながら肩を落とした。
「さて、そうと決まれば今夜は鍋ですね」
「はぁ?お前帰ったら調合するっつってたただろ」
ノリノリの紫苑に乃亜が水をさす。
「何を言ってるんですか。親交が深まったらまず鍋を突けと言うでしょう。先日はお茶ぐらいしかお出し出来ませんでしたし、先人の教えを疑ってはいけませんよ」
「良いですね、鍋!あ、どうせならステビアさんの部屋でやりましょう!うち大きな土鍋ありますよ!」
来太は嬉しそうに立ち上がると、台所で大きな土鍋を引っ張り出してきた。
「おぉ、こりゃでけぇな……」
呆れていたはずの乃亜も感嘆の声を漏らす。
「丁度明日の買い物行こうと思っていたので、買い物行ってからステビアさんの家に行きましょう!」
「良いですねぇ!牛肉買いましょう!奮発ですっ」
「誰が出すんだよ、誰が」
「うわ、お前ら揃いも揃ってなんだ」
「お邪魔しますね」
「えーと、コンロはそこのテーブルに設置して」
「……何する気だ?」
「鍋パだとよ」
「来太くん、この薬隠し味に入れてください」
「え、これですか?」
「おい、バカ!受け取るなっ!」
「あっ、何するんですかぁ!良い実験だったのに!」
「お前が何する気だっ!!」




