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霧に隠れた魔法使い

 その日も来太は朝から大量に作った朝ごはんを抱えて、ステビアのもとにやって来ていた。あんなにも人を遠ざけていたステビアであったが、すっかりとその日課にも慣れてしまい、来太が来る頃にはもうベッドから抜け出していることが多くなった。

「なぁ、今日の夕方少し……良いか」

 ステビアは来太にスープのおかわりを催促しながら言った。今朝は甘く煮込まれたコンポタージュと大量のバケットだった。今朝こちらに来る際に近所のパン屋で購入してきたらしく、まだほんのり温かい。

「夕方ですか。そしたら仕事終わったらここに来ますよ」

 スープカップにおかわりを入れると、硬いフランスパンと格闘しているステビアの前に置く。今日の昼間は工場の機械整備の手伝いを頼まれていた。専門知識はあまり持ち合わせていないが、手先が器用な来太はたまにこの手の仕事を頼まれることが多い。修理依頼ではないため、順調にいけば夕方には作業は終わるだろう。

「わかった」

「夕飯ですか?何か食べたいものとか……」

「いや、シオンに呼ばれたんだ。昨日の夜に連絡が来て、お前を連れてくるよう言われた」

 来太はそう言えばそんなことを言われていたと、小さく声を漏らした。しかし、先日彼ら魔法使うの魔法は限られていると言っていた。見たところこのステビアの部屋には通信機器になりそうなものは何も無い。

「どうやって連絡が……」

 来太が不思議そうに部屋をキョロキョロと見渡していると、パンを食いちぎるのを諦めたステビアがスープカップにそのままフランスパンを浸しながら言った。

「魔法使いは相手がいる場所さえ分かれば通信可能だぞ」

「え、そうなんですか?こう、脳波的なやつがビビビーってくる感じとか?」

 ステビアは馬鹿にするなと言わん顔を来太に向ける。

「そんな原始的じゃない。例えば、あれ」

 呆れながらステビアは来太が持っていたスプーンを指差した。

「持ち手を下にして、スプーンを耳に当てれば通話が可能だ」

「え、これが?」

「従来の電話と同じように持つことさえ出来ればなんでも良い。ただし条件は決まっていて、相手の顔、相手のいる場所が分かっていることだ」

「へぇ……」

 来太は自分の手に持っているスプーンをまじまじと見つめた。

「まぁ、かかって来たときにどれが通信機器になるのかはその場所次第って感じだな。オレから連絡することはあまりないが……。シオンからの連絡が来ると通信機器化された物を探すのが大変なんだ」

「あぁ、なるほど……」

 来太は苦笑いをしながら部屋見渡す。通りでいつもより部屋が散らかっていた訳だった。

「まぁ、とにかく……そういう訳だ」

「わかりました……。あ、何かお土産とかあった方がいいですか?」

 ステビアは怪訝そうな顔をした。

「なんでアイツらに土産がいる」

「だって、お家にお呼ばれだし……やっぱりお菓子ですかねぇ。俺、適当に買って来ても大丈夫ですか?」

「……好きにしろ。オレは和菓子が良い」

「はい、和菓子ですねっ」

 にっこりと笑いながら答える来太を見て、ステビアはなんでも言ってみるもんだと心の中で呟いた。




 来太がステビアの家に戻って来たのは、陽が落ち始める少し前だった。今朝は持っていなかった紙袋をひっさげて来たところを見ると、お土産選びまで済ませたらしい。

「なんとなくですけど、ステビアさんを連れて買い物は避けた方が良いのかなって」

「……余計なお世話だ」

 フン、と鼻を鳴らしてフードをかぶる。短い間だが、彼なりに色々察し始めているようで有り難いと思った。

「で、何を買って来たんだ?」

「あ、これですか?おかきセットです!鯛焼き屋さんだし、しょっぱいものが良いと思って」

「……ついて行った方がマシだったかもしれないな」

「え、もしかしてノアさんと紫苑さんってお煎餅嫌いですか?」

「そういうんじゃない」

 ステビアは溜息をつき、玄関を出た。両足をついて息をゆっくりと吐く。隣の魔草部屋に行き来するだけなら躊躇なく出れるのに、外に出るとなるとこんなにも心臓が煩く鳴ってしまうとは。胸が締め付けられるように苦しくて、握った拳にやたらと力が入った。

「ステビアさん、大丈夫……ですか?」

「……あぁ。さっさと行こう」

「あの、無理そうなら背負いますから言ってくださいね」

「そんな目立つこと誰が頼むか」

 ステビアはゆっくりと足を踏み出し、一度深呼吸をすると、地上へ続く階段を上り始めた。久しぶりに上る階段。足が震えて踏み外しそうになる。時々この建物の屋上に出ることはあったが、それも最後に行ったのは数年前だったし、こんなに震えたことはない。流れてくる霧は足元を掠める程度だったが、地上に近づくに連れて濃くなっていくのが分かった。視界も地下にいる時より悪い。

「ステビアさん、本当に大丈夫ですか?」

「……うるさい」

 軽やかとは言えない足取りで進み、階段を登り切ると、ステビアはゆっくり深呼吸をする。来太はその様子を静かに見ていた。

 都市にまとわりつく霧は夕方から濃度を増すため、薄暗がりに漂うその景色はなんとも不気味だった。加えてステビアの住むこの地下室付近は人通りがないため、街灯も殆どない。暗がりに霧という視界は最悪で、来太はつなぎのポケットに入れていたライトを照らした。

「足元、気をつけてください」

「……あぁ。とりあえず、この近くの商店街の『仲見世通り』って場所……わかるか」

「分かります!あの通りの小籠包が絶品なんですよね」

「小籠包の店は知らん……。とにかく、その仲見世通りに連れて行ってくれ。そこからなら多分、分かる」

 ステビアは来太を先に歩かせた。数年の間で変わったであろう道に自信もなかったが、堂々と歩く自信もない。視線は真っ直ぐ、来太の後ろ姿を見据える。フードを寄せて、視界も狭めた。きっと、自分さえ見えなくなるほどあたりは暗いだろうし、霧も濃い。魔法使いなんて居ないと思われている時代だ、気にする必要もない。ぶつぶつと小声でそんなことを呟きながら歩く彼を来太は時折り振り向いて様子を伺った。



「着きました、『仲見世通り』です」

 来太が指差した所は、近所の商店街の中にある『仲見世通り』と呼ばれる狭い通りだった。商店街の大通りと違うのは、通りに屋根があることと、店同士の距離が近いことだった。通りの入り口には先程来太が言っていた小籠包の店が美味しそうな匂いを放っている。

 ステビアは来太の前に立つと、軽く手招きをして先を歩いた。この通りにも霧が入り込み、飲み屋の提灯と相まって独特の雰囲気を出していた。

「ここだ」

 ステビアが足を止めたのは『すいまぁ』と書かれた鯛焼き型の大きな木彫りの看板が目印になった店だった。暖簾は仕舞われており、店先にぶら下がった札には『準備中』と書かれていた。

「閉店早いんですねぇ」

「こんな時間から買いに来るやつなんて、そういねぇからな」

 来太が突然の声に身体をびくっとさせ、後ろを振り向くとそこには乃亜が立っていた。

「久しぶりだな」

「こ、こんにちは」

 心臓をバクバクと鳴らしながら来太は答えた。その反応が面白かったのか、乃亜はニヤリと笑う。気配が全くしなかった。いつから見られていたのかも分からない。魔法使いと人間の差を見せつけてやったぞ、と言われているような感じがした。

「邪魔するぞ」

 そんな二人を他所に、ステビアは店の奥に続く戸を開けた。乃亜に促され、来太もそれに続いた。

「ふふふ、迷いませんでしたか?」

 来太が中に入り、戸を閉めると部屋の奥から姿を現したのは藤色の長い髪を三つ編みした長身の男。白衣を羽織り、手には長い煙管を持っていた。

「いらっしゃい。どうぞ」

 くすくすと笑ったその声は、先日乃亜のネックレスから聞こえたものと同じで、来太はこの男が紫苑だとすぐにわかった。しかし、彼の雰囲気に飲まれてしまい、いつもの元気な挨拶が口から出てこなかった。

「お、お邪魔し……ます」

 恐る恐る靴を脱ぎ、背負っていた掃除機を玄関に置かせてもらう。手に持っていた手土産は乃亜に渡した。

「なんだこれ」

「えっと……お土産です。和菓子が良いってステビアさんが言ってたので」

「そりゃアイツの好みだろ……ま、有り難く受け取っておく」

 そう言って紙袋の中身を覗くと、乃亜は鼻で笑った。

「お前……センス、ジジィか」

「えっ」

「ノアくん、お客様を玄関で止めては失礼ですよ」

「だとよ。ほら行け」

 乃亜が背中を押し、来太を居間へ連れて行った。部屋の中央に設置されていた小さなちゃぶ台の前に座布団が囲うように人数分並べられていて、既にステビアと紫苑は座布団の上に座っていた。ステビアの部屋と全く雰囲気の異なる庶民的な部屋のつくりに来太は呆然とした。

「どうぞ、そちらに」

「あ、はいっ」

 紫苑に促され、来太はステビアの横に座る。手元に用意していた急須から湯呑みにお茶を淹れ、紫苑はステビアと来太の前に置き、続けて自分と乃亜のお茶を淹れた。全員へお茶が行き渡ると、紫苑は来太の顔をじっと見てにこりと微笑む。

「改めまして、汐八紫苑です。ここで魔法使い専門の薬師をしています」

「成瀬来太ですっ」

 先程出なかった元気をここぞとばかりに絞り出す。紫苑のお辞儀に返すように来太も丁寧に頭を下げた。

「あの、この前は大事な植物を勝手に処分してしまって……すみませんでした」

「あぁ、その事なら良いんですよ。新しい苗木が手に入りましたので……。ステビアさん、今日持ち帰ってくださいね」

「量によるぞ」

「ノアくんが手伝いますから」

「俺かよっ」

「あ、俺が持ちます。ステビアさんのこと送りますし、明日は仕事の依頼も無いので」

 来太がそう答えると、ふふふと紫苑が笑った。

「では、よろしくお願いします。来太くん」

「はい」

 来太の返事を聞くと、紫苑は湯呑みに口を付けた。

「お茶どうぞ。冷めないうちに」

「あ、はい。いただきます」

 勧められるがままに来太は湯呑みを持ち、口を付けた。

「ふふふ。初対面の魔法使いに対して警戒心が無さすぎますねぇ……」

 ずずっと、いう音を立てお茶を飲む来太に紫苑が言った。ゴクンと飲み込む音を聞き、ステビアはすっと立ち上がって紫苑をきつく睨んだ。

「お前……何か入れたのか」

「さて、どうでしょうか」

「おい、今すぐ吐けっ!」

 ステビアは血相を変えて来太に言った。

「ええっ、もう飲んじゃいましたけど……」

「いいから吐け!」

 ステビアが来太に詰め寄り、大きな声を出した。あまりの勢いに来太は困惑するばかりだ。

「落ち着け、ステビア」

 乃亜がステビアを押さえ込み、来太から離す。その様子を先程から変わらない表情のまま、くすくすと笑いながら紫苑は見ていた。

「ステビアさん、すみません。これはただの緑茶です」

「はぁっ?」

「落ち着けって……。これ食ってていいから」

 乃亜は今にも紫苑に食ってかかりそうなステビアに売れ残りであろう鯛焼きを、差し出した。ステビアは眉を寄せ、唇を尖らせながら鯛焼きを受け取り、紫苑を睨んだままかじりつく。

「来太くん、驚かせてすみません。でも、貴方は無防備すぎます」

「はぁ」

 紫苑はやれやれといった風に肩をすくめた。

「相手が魔法使いだとわかっているなら、尚更警戒しなければ。殺される可能性だって充分にありますよ」

「えーっと……俺、何かしました……?」

 思い当たる事は何もない。手土産のお煎餅が気に食わなかった…という訳でもないだろう。

「いいえ、貴方は何もしていないですけど、でもそういう間柄なんです。人間と魔法使いは」

 紫苑はもう一度お茶を飲んだ。ステビアと乃亜は黙って二人のやりとりを見つめている。

『そういう間柄』と、紫苑はそう言ったが来太にはさっぱりだった。ステビアの方を思わず見るが、彼は首を振った。

「こっちを見るな。……それについては覚えてない」

「えっと……何の話でしょうか…?」

 話が見えない来太は、苦笑いを浮かべた。すると紫苑が口を挟む。

「ステビアさんはそのあたりの記憶が少し無いようです」

「記憶……?」

 来太が心配そうにステビアを見つめるが、大したことはないとそう言った。

沈黙した空気が流れ、古い掛け時計の音が響く。暫くしてから口を開いたのは終始笑顔の紫苑だった。

「この都市だけ不思議なことに沢山の霧に囲まれていますよね」

 来太は頷いた。紫苑の言う通りだったのだ。実際に仕事で他の街に出向く際、霧の濃度に驚くほどだ。綺麗に澄み渡った地域もあれば、マツリダ程ではないが薄らと霧が漂うところもあった。ただ来太や他の人間はそれを地形上の問題としか捉えていない。それが普通だと思っていた。来太だけではない。何十年も生きている老人でさえも、それが自然で、その地域の在るべき姿だと思っていた。生まれた時からそうだったし、育ててくれた祖父もそうだったと話してくれたことを思い出す。

 しかし、それを紫苑はいとも簡単に違うと言った。

「あれは、『魔霧』といいます。人間には害がありません。もちろん、魔法使いにも。ただ、あれの濃度高い程、魔法使いは見つかりにくくなります」

「見つかり……にくい?」

「はい。魔霧は魔力の粒子みたいなものなので溶け込むにはピッタリです。つまり、この都市には姿を隠していたい魔法使いが沢山実在する、ということです。それで……私が言いたい事は何だか分かりますよね?」

 紫苑がにこりと微笑みながら釘を刺そうと来太の方を見た。すると、キラキラと瞳を輝かせて頬をピンクに染めた来太はステビアに向かって「聞きましたかっ!沢山いるらしいですよ、魔法使いが!」と、鼻息荒く興奮気味に言った。

「そうなんですかぁ……沢山、いるんだぁ」

 来太は噛み締めるように言った。憧れの魔法使いがこの都市にまだ沢山住んでいると聞いて、嬉しくて身体がうずうずとしてしまう。

「そんな嬉しいことか?」

 乃亜が来太の喜ぶ様子を見て不思議そうに言った。

「だって、居ないと思っていた魔法使いが沢山いるんですよっ」

「お前、こいつの話聞いてたか?警戒しろって言われたばっかりだぞ」

 乃亜は呆れながら言った。加え付けに溜息を盛大に吐かれる。

「えぇ。魔霧のお陰で綺麗に隠れてしまってはっきりと数は分かりませんが……。私の客足が途絶えないところを見ると、数十名は居ると思いますよ。もちろんマツリダの外になればもっと居るはずです。ただ、人間を良く思っている者はごく僅かでしょうけれど」

 紫苑は最後の一言を強調して言った。

「貴方を脅かそうという気はありません。ただ、私達がひっそりと生きているということを分かってもらいたいんです」

 紫苑が自然と乃亜に目を合わせると、乃亜はゆっくり頷いた。

「まぁ、騒がれたら俺の商売の邪魔になるからな」

 来太はコクコクと首を縦に動かした。

「わ、分かりました。ステビアさんのことも、お二人のことも誰にも言いませんっ!」

 立ち上がってまで大きな声を出したため、ステビアが嗜めるように「座れ、騒ぐな」と来太のつなぎの裾を引っ張った。

「少し不安ではありますが…まぁ来太くんなら大丈夫でしょうね。このステビアさんが懐いていらっしゃいますし」

「懐いてなんかいないぞっ!」

 頬を膨らませて否定するステビアを他所に、紫苑はゴソゴソと白衣の内ポケットに手を入れた。

「それに……良かったです、これの出番も無さそうで」

 そう言って紫苑が白衣から取り出したのは水色の綺麗な液体が入った小瓶だった。

「何だ、それ」

 いかにも怪しい緑色をしているため、ステビアが怪訝そうに言った。

「記憶を消す、都合の良い薬ですよ。人間用に調合しました。まぁ、使ったことがないのできちんと効果が出るかは分かりませんが」

 紫苑はにこにこと笑って言ったが、来太とステビアは思わず顔を痙攣らせた。

「さてと。堅いお話はこれまでにして」

「待ってください」

 紫苑がちゃぶ台に手をついて立ち上がろうとした際、来太が引き止めた。

「なんでしょうか」

「まだ、人間と魔法使いの間に何があったか聞いてません」

 来太の少し強めな口調に、紫苑は一瞬黙った。

「あなたは知らなくて良いことですよ」

 紫苑が再び立ち上がろうとすると、来太はその手を掴んだ。すると尽かさず紫苑の横にいた乃亜が立ち上がり、来太の胸ぐらに掴みかかろうとする。しかし、その手は紫苑に制された。

「……俺、憧れてるって言ったじゃないですか。この都市には魔法使いが沢山いたって昔話をずっと信じていたんです。だから知りたいんですっ。なぜ、魔法使いは人間から隠れて生きなければならないんですか?」

 来太は口をきっと結び、真剣な目を彼に向ける。ずっと昔から気になってはいた魔法使いと人間の関係。いつだか調べた事はあった。でもどこを探しても彼らについて詳しい文献は残っていない。それでも存在は否定されなかったのに、マツリダにいたとされる魔法使いの逸話は絵本や小説で実際とはかけ離れた能力を持って言い伝えられてきた。

 しかし紫苑は来太のその真剣な目を見ても頑なに首を横に振った。

「もう、百年以上も前の話ですから。今話をすると……ステビアさんの記憶が無い分、混乱してしまいます」

「百……年?みなさん、そんな代々伝えられた因縁的なものが……?」

「いや、伝えられたんじゃなくてその分生きてるぞ」

 乃亜がニヤリと笑って言った。

「え……?」

「まぁ。ステビアさんから聞いてないんですか。そのぐらい教えたってなんてこともなかったでしょうに……。この方、ざっと三五〇年は生きてますよ」

 紫苑の言葉に、来太は耳を疑った。三五〇年なんて生き物が生きるのにはあまりにも長すぎる年数だ。

「……あ、あはは、何言ってるんですか。魔法使いジョークってやつですかね」

 あははと来太は笑い飛ばした。自分よりも年下に見えるその風貌からしてステビアがそんなに生きているとは思えない。

「いや、それは本当だ」

「……えっ!」

 一瞬、理解が追い付かず来太の動きが固まった。

「記憶がなくても歳はそのぐらいなのは分かるぞ」

 ステビアは鯛焼きを咥えながら言った。

「いやいやいやあり得ませんって!」

「あり得るんだなぁ、これが。俺だって二六〇年生きてるしな」

「ええっ!俺と同い年じゃないんですかっ!」

「一緒にすんなクソガキ」

 乃亜の発言に驚きを隠せない来太は尽かさず紫苑へ視線を移したが、彼はにこにこと笑うだけで年齢を言おうとはしない。

「私は想像にお任せしますが、ステビアさんより若いですよ」

「ええええっ」

「良い反応するな、お前」

 紫苑を見ながら目を見開く来太に乃亜はケラケラと腹を抱えて笑いながら言った。

「魔法使いは魔力が高い分、生きながらえますからね」

「つまり、オレは強い」

「そういう話じゃねぇだろ」

 混乱している来太を目の前にして三人は悪びれる様子もない。その状況を踏まえて事実だと信じる来太の頭はだんだんと痛くなる。

「ふふふ。今日は情報過多でしょう。追々ゆっくりとお話しすることにします。その方がステビアさんも思い出すことが増えると思いますしね」

「あはは……よろしく、お願いします……」

 くすくすと笑いながら紫苑は乃亜を連れステビアに渡す苗木を取ってくると言って、一度奥の部屋へ引っ込んだ。二人が部屋から居なくなった途端、何故だか来太の身体はどっと冷や汗が噴き出した。来太がこみ上げてきた頭痛の痛みを和らげようとこめかみを摩っていると、ステビアが心配そうに顔を覗き込んだ。

「顔色……悪いぞ」

「……ほんの少し疲れました」

「アイツは一気に喋りすぎだ。明日、休みでよかったな」

 ステビアが溜息をつき、冷たくなった湯呑みのお茶を飲んだ。

「そう、ですね……今夜はよく眠れそうです」

「……そうか」

 自分の憧れだった魔法使いはここ数日で色々と違うことがわかった。箒に乗って空は飛ばない。杖を使ったり魔法陣を書いたりもしない。呪文も唱えない。少しだけ分かったけれど、まだはるかに遠い存在だった。不思議な力は持っているし、人間との壁は厚い。理解しようと手を伸ばすと離れるような気もして、なんとももどかしい。

「魔法使い、嫌いになったか?」

「え?何でですか」

「お前達人間との年齢も離れすぎているし、何をするか分からない。更に恨みも持ってる……オレはそこの記憶が抜け落ちているから何とも言えないけど、思い出した時にお前殺すかもしれないんだぞ」

 ステビアは湯呑みをちゃぶ台に置き直した。またもこの部屋に沈黙が流れ、奥の方で乃亜が紫苑に向かって何やら文句を言っているのが聞こえた。

「いいえ、まったく」

 来太はステビアに笑いかけた。

「俺の憧れた魔法使いとは違うかも知れないですけど、ステビアさんと仲良くなりたい気持ちが簡単に変わるわけ無いじゃないですか」

「……そうか」

「はい!それに……ステビアさんが人を殺すなんて絶対しません」

 ふふふ、と来太が嬉しそうに笑ったのを見てステビアは頬を赤め、ぷいっと顔を背けた。




「うげっ……なんだこの量はっ!」

「全部ダメにされたと聞いていたので」

「……すみません」

「ノア、お前も手伝え」

「ったく……言われると思ったよ」

「ステビアさん、こちらの魔草は来週までに。ここからこっちは再来週。回収はいつも通りノアくんにお願いします」

「わかった」

「くれぐれも、余計な事はしないでくださいね?」

「あの、す、すみませんでした」


「根に持ってるな……」

「あぁ……相当だな」

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