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【短編#1】 内閣総理大臣

作者: 劉白雨

 真夏の大通りには人っ子一人いない。太陽がアスファルトを焦がすほどに照りつけているだけの世界が広がっていた。

 彼女は周囲を見渡し、ゴーストタウンの様に成り果てたこの街を改めて眺めた。普段なら大勢の人々が行き交い賑わうこの街も、今や蛻の殻だ。

 折からのウイルス蔓延に伴い、政府が出した答えが単なる締め出しだったことで、ロックダウンと称して人々を街から排除したのだ。

 ネットでは政府の無策を罵るような言葉が躍り、現実世界の静寂とは違って大いに賑やかだったが、現実世界にいる彼女はカメラパーソンとして、ただ黙々とこの蛻の殻をひたすら写し撮っていた。

 光ることを止めた電光掲示板やネオン、漁るゴミが無くガードレールに並んで大声で鳴き喚く烏、車が通らなくなった車道をネズミを追いかけて横切っていく猫、ビルの窓枠にずらっと並んで街を見下ろす鳩、そんな非日常を一つ一つ切り取ってカメラに収めて行く。

 不意に静かな街の中にスマホの音が鳴り響いた。彼女は慌ててカメラを降ろして、電話に出る。

 「葵羽あおばさん、すみませんすみません、お忙しいところホントすみません。星ですが今大丈夫ですか?」と、掛けてきたのはいつも世話になっている雑誌編集担当者の星で、物凄く慌てた様子だった。

 「大丈夫よ、どうしたの?」

 「実は今政府のエライ人から電話が掛かってきて、葵羽さんを出せって言ってきたんです。あっ、も、も、もちろん言葉遣いは物凄く丁寧でしたけど、有無を言わせぬって感じでした」

 「穏やかじゃないはね。で、どうしたの?」

 「連絡先を聞いてきたので、それは教えられませんと言ったら、折返し電話するようにって番号を貰ったんですけど、どうしますか?」

 「しょうがないわね、掛け直すしかないじゃない」

 「じゃ番号を送りますね」

 「分かったわ。ヨロシク」

 と電話を切ったが、なんで政府のエライ人が私を探しているのだろうか、全く心当たりが無い。もちろんここでの撮影もきちんと手続きをして許可を取っている。何か問題でも発生したのだろうか。でもそれなら、省庁の窓口担当者辺りから掛かってくるのが筋だろうし、一体何だろうと彼女は思案に暮れた。

 程なくして、星からメールが届いたので、お礼の返信をした後、記載された番号に電話を掛けてみた。

 電話の相手は内閣人事局の局長だった。

 「はい、内閣人事局局長の沢渡です」と、初老と思われる少し低めの声で男性が出た。

 「葵羽と言いますが、お電話を頂いたそうで、すみません。どのようなご用件でしょうか?」と単刀直入で聞いた。

 「実は葵羽様にお願いしたい非常に重要な事柄をお伝えしなければならないので、ご足労頂きたくお電話を差し上げました。つきましては、これからお迎えに上がりますので、場所を指定して頂きたくお願い致します」

 「はぁ、それは電話口では話せないと言うことですか?」

 「はい、申し訳ございませんが」

 「分かりました」と言って今現在居る場所を伝えて、電話を切った。

 そして、担当者の星に今の遣り取りをメールしておいた。万が一何かあったときの為に保険を掛けておく。星なら葵羽に何かあれば、すぐに動いてくれるはずだ。

 程なくして、黒塗りの高級車が彼女の元に現れた。彼女が愛用する軽が足元にも及ばない高級車が目の前に止まると、運転席からスーツに白手袋をした初老の男性が現れた。

 「葵羽様でございますか?」

 「はいそうです」

 「ではこちらにお乗り下さい」とその男性は、後部座席のドアを開けると、手を添えてドアの縁に頭をぶつけないようにしてくれた。そんなことして貰ったことがない彼女は戸惑いながらも、カメラバッグを抱えて乗車した。

 車内はクーラーが効いて涼しく、火照った身体には堪らなかった。

 後部座席の奥には、運転手とさほど変わらない年齢の男性が一人座ってこちらを見ていた。この人が内閣人事局局長の沢渡だった。

 「お仕事の最中だったようで、本当にすみません」

 「いえ、急なことで驚いてはいますが、お気になさらず」

 「ありがとうございます」と沢渡は言って、運転手に車を出すよう指示した。

 「15分ほどで着きますので、着いたら詳しいことをお話しします」と車が走り出すと沢渡は言った。

 彼と世間話をして過ごしているうちに目的地に着いた。国会議事堂の前を通り抜けて着いたのは内閣府の建物だった。

 車から降りるとそのまま内閣人事部の事務所の応接室まで通された。

 彼女が出された麦茶を一口飲んで一息つくと、沢渡が分厚い書類をもって、若い女性の職員を引き連れて現れた。

 「お待たせしました。改めて私が内閣人事局局長の沢渡中さわたりあたると言います。こちらの者が今後葵羽さんの担当になります小牧柚葉こまきゆうはです」

 「よろしくお願いします」とお互いに頭を下げる。

 「早速ですが、今回ご足労願ったのは、葵羽さんにお願いしたいことがあるためですが、まずお伝えしたいことは、この話は既に決定事項であって、覆すのは非常に困難であると言うことです」

 「つまり私に拒否権はないと」

 「そういうことではありませんが、拒否されると相応の困難を伴うと言うことです」

 「分かりました。私にはどうしようもないと言うことですね」

 「申し訳ございません。それと、これから話すことは全て国家機密に関わることですので、他言無きようお願いします」

 「拒否権もなければ機密保持の義務も生じるとは、随分酷い話ですね」

 「相当酷いことを強要していることは承知しておりますが、何分国家機密に関わることですので、平にお願い致します」

 「分かりました。沢渡さんのせいではないでしょうから、あなたを責めても仕方有りませんね。ですが、国のやることは相変わらずだと言うことだけは、心に留めておきます」

 「手厳しいですね。では申し訳ございませんが、早速用件をお話し致します。今回葵羽莉央あおばりおさんは内閣総理大臣に任命されました」

 「えええええ」と、想像とは全く違う話に、葵羽は驚愕の声を上げてしまった。

 「ちょっと待って下さい、内閣総理大臣ってあの内閣総理大臣ですか?」少し狼狽えながらも葵羽が聞いた。

 「あの、と言われましても、あれ以外には無いような気がしますが、あの内閣総理大臣です」と困ったような顔で沢渡が答える。

 「何で私なんでしょうか」

 「実は、現総理の意向としまして、次期総理は国民から広く募集し、新たな風を政界に取り込みたいと言う想いがあるようで、今回このような形であなた様に白羽の矢が立ったと言うわけです」

 「どう言う経緯で私になったんですか?」

 「実はルーレットです」

 「はぁ?」

 「ルーレットを回して、該当するマイナンバーであるあなたが内閣総理大臣に決定したのです」

 「はぁ?」

 「ですから……」

 「いや、経緯は分かりました。問題はそこではなくて、なんでルーレットで決めたんですか?」

 「あっ、はい、実は」と言って沢渡はポケットからハンカチを取り出し額の汗を拭いて続けた。

 「今回のこの件は、実は総理の発案でして、様々有ったのですが、端的に言うと『ごちゃごちゃ言うならお前らでやれ』と言う総理の言葉が発端になって、計画されたのです」

 「はぁ?」

 「ですから……」

 「いや、計画が立てられた経緯も分かりましたが、ですが、それって何ですか、つまり、面倒くさくなったからやぁーめたってやつですか?」

 「はぁ、まぁそういうことになりますね」と沢渡は汗を拭きながら頷くしかなかった。

 彼女はこうして内閣総理大臣になった。 

<完> 


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