59回目 天罰も因果応報も自業自得もないのだから、人の手で下すしかない
何よりも。
これで世の中が悪くなるならともかくだ。
実際には、おかしな問題は消えていく。
問題を起こす者が消えていくのだから当然だ。
もしこれを咎めるというなら、やはり悪事を認めて容認してるというしかない。
そんな世の中なら、そんな社会ならさっさと滅びた方が良いだろう。
そんな事が許されてるというなら、いわゆる独裁国家や統制国家と同じである。
圧政と同じく、人々が苦しんで生きていく社会だというのは共通する。
そんな状態が最善という者はそうはいないだろう。
もしそれを支持する者がいるとすれば、そういう状態で利益を得てる者だ。
トシキはそんな状態を破壊しようとしている。
その仲間もだ。
咎められる筋合いなど何一つない。
それもあって、トシキとその仲間は遠慮も容赦もしない。
邪魔になるものは粉砕していく。
そして、仲間を着々と増やしていく。
そして仲間や賛同者が増えるのは、ある意味加害者達のおかげである。
彼らが悪さをしてくれたから、被害者が生まれた。
被害者が報復や復讐を求めてトシキに協力する。
もし加害者がいなければこうはなっていなかっただろう。
全ては加害者の自業自得である。
その報いも受けずにのうのうと生きていくのはゆるせない。
そして、それを阻む天罰は存在しない。
因果応報も働かない。
自業自得にも陥らない。
そんなものがあるなら、加害者は即座に処分されている。
そうなってないのだから、こういった考えがデタラメという事になる。
デタラメを当てにするわけにはいかない。
だからこそ、トシキがその役目を担っていく。
天罰がないなら、トシキが罰する。
因果応報になるように報いを与えていく。
自業自得の地獄にたたき落としていく。
それが働かないなら、成り立たせていくしかない。
平穏無事に生きていく為に。
悪人悪党にそんな権利はない。
善男善女だけが幸せに生きる権利がある。
公平公正とはこういうものだ。
それをやらねばならないのが辛い。
だが、やればそれだけの成果が得られる。
だからやるしかなかった。




