#98 帰還へ
「うおぉー、ついたぜ隣町! いやー、今まで色んなトコ行ってきたけど、何気隣町は初めてだな!」
光宙高前の駅へ降り立った瞬間、蜂加賀が背伸びをしながら叫び散らかす。
「何の用があってついてきたんだ……お前」
「うははは、旅に理由なんてねーよ! 強いて言えばテンションが上がるからだな! 用もねーし、理由もねーけど、急にふらっと遠出したくなる気持ち分かんだろ!?」
「いやまあ……」
「思い立ったが吉日って奴さ! 俺の辞書に予定通りなんて言葉はねえ。こうやって、ダチと思い付きで出掛けてバカやるのが、俺の生き甲斐さ!」
俺からすれば、これからタイムスリップだのなんだの重要な用事があるから、ついてきて欲しくはなかったんだが。でも駅まで道案内してくれたり、電車賃くれたりと、このまま追い返すのも気が引ける。どうしよう……と、手をこまねいている時、蜂加賀は突然デカい声を出して走り出した。
「うお! なんだあれ!? 坂の上に要塞みたいな建物あんぞ! もしかして学校か? 隣町すげえ……ちょっと見てくるぜ!」
「あ、ちょ!」
制止する間も無く、光宙高校の方へと走って行ってしまった。行動が小学生だ……こうやってすぐ本能のままに動き回って、どっか行って行方不明になるんだろうなあ。木柴達の苦労が伺える。にしてもなんか……俺がよく知る木柴に似てるなあ。言動とかテンションとか。
「……さて、まずは父さんに会いに行くか。康治郎さんや学校の皆を見たい気持ちはあるが……何が起こるか分からないからな」
「そう……で、どこにいるの?」
「学校に行こうか迷ったんだが……通信手段がある以上、文明の利器を使うっきゃないわな」
俺の視線は、自然と公衆電話ボックスの方を向いていた。どういう訳か、学校の付近にある公衆電話は全て無料。受話器は無く、防音性の高い個室の中全体が、スピーカーになっているハイテク仕様。メチャクチャ無駄だがカラオケ機能もある。
「えーっと……電話番号は変わってないよな。310の……」
「310? 日本の市外局番じゃないと思うんだけど……理事長って海外にいたの?」
「いや。普通に日本在住だよ。多分、ありとあらゆる権限を濫用して、語呂合わせの310を使っているんだと思う」
「え、電話番号って……そんな個人の権力でなんとかなるものなの……?」
「いや、まあ……父さんメチャクチャだからさ。あまり深く考えるなって」
「えぇー……」
父さんの破天荒エピソードその1を聞いて、若干引き気味の松家を尻目に、俺は父さんへ電話をかける。何かあったらこの電話番号にかけろ……そう昔に教わった番号だ。肌身離さず持ち歩いている携帯だからな、2コールもせずに出てくれた。
『──なんだ? 誰だが知らないが、個人用の携帯にかけてくるんじゃない。私は姫……要人探しで忙しいんだ──うお、大量のゾナニウムだ! ラッキー!』
ボックス内で爆発音が響き渡り、俺と松家は耳を塞ぐ。
「ゲームじゃねえか! 忙しくないだろ……てか、今の時代まだ発売してないだろそれ!」
『その声……佑樹か? どうしたんだ。この番号にかけてくるなんて珍しいな』
「……今、光宙高校の駅前にいる。聞きたい事があるんだ。いいかな」
俺の含みのある言い方と声音に、何かを察したのか、父さんは数秒沈黙すると、ただ一言「分かった」と返事をして通話を終了させる。父さんがやってきたのは、3分もしない内だった。だが移動手段にかなり問題がある。金色のヘルメットを被って、金色のジャケットを着て、金色の電動キックボードに乗っていた。金銭感覚バグった晩年の秀吉かよ。
「佑樹、待たせたな!」
「なんで電動キックボードなんだよ……すっげえ光ってるし」
「これか? 純金製のヘルメットに純金製の電動キックボードだ。全く、首の骨が折れそうだよ」
笑う父さんを尻目にため息を吐く俺と、ドン引きする松家。俺が脱線する前に、近くの公園で父さんに事の全てを話すことにした。
俺達は4年後の未来から来た事。突然タイムスリップして、帰れずに困っている事……俺達が経験した全てを。
父さんは黙って聞いていた。というか、顔を手で覆って項垂れていた。体育館の床が抜けたと言った、話の序章からずっと。
「なんという事だ……! あれ程注意しろと言われていたのに……私の失態だ……」
「父さん……?」
「すまない……少し落ち着きたい……4分だけ時間をくれないか……」
「え? ああ、うん」
そう言うと父さんは、フラフラとした足取りで電話ボックス内へと入っていく。その直後、辺りに激しいギターとドラムの旋律が大音量で流れる。
「オォォォ〜……ウォウウォウイエェアッ! 駆け抜ける廊下! 歌い明かす校歌! ハゲかけのセンコー! 窓ガラスの格子に教師を投じ! 狂気を行使する俺は孔子! そんなバッドデイに中指立てやセイイエス! フォオオーウ!!!」
エクストリーム尾崎みたいな歌詞を、激しいシンセの音と共にシャウトする父親。俺達はただただ、唖然。やがて曲が終わると、父さんはスッキリとした面持ちでボックスから出てくる。
「ふう……すまない。少し電話をしていた」
「ふう……じゃねえよ。澄まし顔で出てきやがって。思いっ切り漏れてたぞ音!」
「え……!? 漏れてたの!? やだマコちゃん恥ずかしい! いや、その……あれは……光宙の校歌なんだ」
「うそつけ!」
額に血管を浮かべる俺に、後ろから肩に手をそっと置く松家。
「……本当よ。佐藤」
「マジで……?」
「本当だぞ佑樹。今のは第三光宙校歌だ。ちなみに第二はオペラで、第一はヘビメタだ」
「で、少しは落ち着けたか?」
「おお。もう面倒だからと遮断したな佑樹。そのスルースキルは将来役立つぞ」
「で???」
「ハイハイ分かったって……そうだな。結論から言えば、問題無く帰れると思うぞ」
アッサリとそう言い放つ父さんに、俺も松家も思わず声を上げる。
「え、そうなの!?」
「帰れるんですか!?」
「まぁ、そうだな……タイムスリップの装置は不完全だからな。もしもの緊急事態に備えて、時空が意図せず歪められた時、24時間で元の時間軸へとリセットする仕組みになっている」
「じゃあ、タイムスリップした時から24時間後……放課後になれば帰れるんでしょうか」
「そういう事になるね」
「けど大丈夫なのか……? 俺、面識ある木柴に会ったり、ちょっとイザコザに巻き込まれたんだけど……現代に何か影響あったりしないのか?」
「それも心配は無いよ。幸いにもお前は、村人Aより記憶に残りにくい名前だ。矛盾が生じない様、可逆的に世界が構築されていく過程で、その記憶も薄れていくだろう。彼らも、君達もね。バタフライエフェクトなんて言うが、未来はそう簡単に捻じ曲げられる事は無い。時の流れは残酷までに恒常なのさ」
「そう、ですか……」
「松家……」
「放課後の居残りでフライトしたならば……あと6時間ほどだね。あまり外出されても困る。安全に過ごせる場所を手配しよう。そこで見送るよ」
ついてきなさい、と後ろ手で合図をする父さん。なんだか……随分アッサリ解決しちまった。この安心とも言い切れ無い、心の霞はなんだろう。隣で深く目を瞑る松家。背中を軽く叩いてやる事しか……出来なかった。
「……」
「ん?」
「どうした佑樹。早く来なさい」
「……いや、なんでもない」
父さんの車に揺られ、俺達は学校から遠く離れた都心のホテルへとやってくる。駅ビルに隣接された、父さんが経営に携わっている高級ホテルだ。ようはここに軟禁という訳か。父さんは俺達を部屋へ押し込めると、何故か汗を浮かべてそそくさと退室する。
「ここで6時間待機か……本当に戻れんのかよ」
「……なんで」
「ん?」
「なんで私達はタイムスリップしたのかな」
「なんでって……そりゃ事故だったし」
「私、この時代に来る直前、タイムスリップの微睡み中で、兄さんと一緒に竹刀を振るう姿が見えたの。タイムスリップするなんて知らないのに不思議と、あの日に戻りたい……っていう気持ちでいっぱいだった。何かが変わる気がするって……本当にこのまま何の意味無く、記憶も全部消えて元通りなのかな」
「まあ、そうだな……モヤモヤするのは確かだ。父さんキチンと説明してくれなかったし、なんか今までの全部夢なんじゃねーかって思えてきたよ」
松家は座っていたベッドから勢い良く立ち上がると、両手を目一杯伸ばして、頬をピシャリと叩く。
「……あーもう! このまま考えるだけで悶々とする! 私、シャワー浴びてくる」
「おう」
「……」
「どうした?」
「あの、さ……今すんごい気付いちゃったんだけど……これ……私達の今の状況って……」
俺達の状況……うん、待機中だ。実に暇を持て余している。誰がいる? 俺と松家の2人だな。2人きりだ。どこで? 鍵のかけられたホテルの一室で。そうだな。未成年の高校生同士が、ホテルで2人きりだ。そんな松家は今、この部屋に設置されたユニットバスを使おうとしている。壁一枚隔てられた場所に、恋人でも何でもない同級生の男がいるのに。
「……うぉわああああああぁぁ! めっちゃヤベエ!!!!!」
「いやあぁぁーーーッ!!? ちょ、あっ! こっち来ないでよ!! ていうか見ないで!! ここに存在しないで! この獣ッ! エロガッパ! 色ボケダヌキッ!!」
ベッドのシーツを自身の身体にグルグル巻にして、俺から一番遠い壁際に背中をピッタリとくっつける松家。顔は湯気が出るくらいに紅潮させ、口をあわあわと動かし、目は焦点が合ってない。そんな反応されると、もっと意識してしまう。このやろう! 昨晩はそこまで取り乱さなかっただろ! どんな心境の変化だそりゃ! あと6時間どうすんだよおおぉーッ!!
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男は息を乱していた。自らの足で走っている訳では無い。だが、法定速度ギリギリで愛車を走らせている。その喉が焼ける程の鼓動は、男の身を焦がす。男は車に内蔵されているAIを呼び出し、ある場所へと通話を繋げる。
「──私だ。至急、学校内にいる人間を退避させろ。生徒、教職員全てだ。ラボの人間も出来るだけ出してくれ。念の為、学区内にいる近隣住民にも、近付けないように自然に誘導しろ……急げッ!!」
鬼のような形相で声を荒げ、強く命令を下す。もう二度と、事故を起こさぬ為にも。
「ハァ……ハァ……く、フフ……我ながら酷いビッグマウスだった。いや、あれはもうただの嘘八百だな。平然を装っていたのがやっとだった……佑樹達も焦っていたからか、なんとか言い包めたが。半ば強引に軟禁したのは些か心が痛むがね……全人類の運命と比べば安いもんだろう。さて……久しぶりだね、ここまで追い詰められたのは──」
理事長──誠の顔には、歪んだ笑みが浮かんでいた。




