#97 一言伝えたい
「この俺がパンピーかよォ……ヒャハァ、お前は──」
「フッ!」
「ガハッ!?」
這いずる麻火の背中に跨り、後頭部を靴で力一杯殴るシロベー。麻火はそのまま気絶し、床に突っ伏した。シロベーは、自らに巻かれていた紐を麻火の身体に強く巻き付ける。
「総長の首は取った。もう抗争は終わりだ。ハチ達に連絡も完了……改めて礼を言うよ。偶然とはいえ、面倒事を全て片付けてくれた。やれやれ──とんだ未来人だね」
俺と松家の身体が硬直する。今な何か、最後にとんでもない事を言わなかったか?
「み、みら……未来人! へ!?」
「ん、だってそうでしょ? あんだけ匂わせてたら流石に分かるよ〜」
「ええええぇ!?」
思わず叫び散らかしてしまう。匂わせてた? どこが!? ガチガチに警戒していたワケじゃないが、そんな即断されるようなボロなんて、出したつもりないぞ? 落ち着け……これは絶対バレちゃいけない事だ。ここは飽くまで冷静にな。
「なんでそう思ったんだ?」
「フフ、隠さなくても良いよ。まあ、お望みとあらばイチから根拠を述べて差し上げよう〜。まず彼女だね」
「わ、私?」
「君は最初に、クロベーの年齢を聞いてこう言った。うっそ私達より年下なのって。中学生と聞いて年下、つまり高校生以上。けど自己紹介の時は、中学生だと名乗った……高校生と言おうとした彼女の口を止めてね。加えて、昨晩カレンダーの事だ。西暦を聞いて間違ってるんじゃないか? と聞く人間はまず普通じゃない」
「そ、それは……」
「あと、皆が寝静まった頃、君たちが外に出て話していた会話を聞いててね。2人きりの状況でのあの会話……嘘偽りであるはずがない」
「へ!? 聞かれてたのか!」
「盗み聞きはゴメンねー。抗争前でピリピリしてたから、一応君たちの事は警戒してたんだ」
あの時か……全然気付かなかった。話の内容は……うん。まあ聞かちゃヤバい事しか言ってないな。元の時代へ帰るとか、これからどうしようかとか……。追い打ちをかけるように、シロベーは説明を続ける。
「確信したのは、最初に見た君の足の傷を思い出した時だね」
「俺の足の……?」
「枝や葉っぱが刺さっていたからさ、山から下りてきたんだろうって。この周辺の山は一つだけ──伏贄山だ。あそこは地元じゃ有名な霊山でね。人が消えるとか、過去に繋がってるとか、色んな噂があるんだよ。地元民は皆信じてたけど、僕には眉唾だった……けど、こうして目の前で超常現象が起きると、流石に信じる他ないね〜」
あははと笑うシロベー。めちゃくちゃボロ出てたじゃねえか。言われれば言われる程、示唆していた気がした。
にしても……なんて洞察力してやがんだコイツ。ピースを拾い、それらを瞬時に組み合わせて合理的な答えを導き出す、鋭く優れた推理。こんな中学生がいるのか……。
やれやれ。とんでもない奴がいたもん──あれ? 変だな。これに似た、もっとヤバい上位互換のような存在がいなかったっけ……んー、誰だったっけか。
「……それとさ。君が麻火を殴り飛ばした瞬間、面白い言葉がおりてきたんだよ。あれ、果たして僕はここで助かっていいのかってさ。それと同時にきた強烈な痛み。下腹部にナイフが刺さるのがハッキリと見えたんだ。それを嘲笑う麻火の顔も浮かんだ。多分、あれが本来僕に起こるべき未来。あれほど鮮明なビジョンは生まれて初めてだよ。一種のデジャヴかもしれないね」
「デジャヴ……」
「さ、どうだい? 説明終了。これでも君は否定するかい? ま……それならそれで、いいんだけどさ」
「いや……いい。分かったよ。降参だ。そうだ、俺らは未来から来たんだよ! 文句あるかコラ!」
「おっ、今のちょっと不良っぽかったね」
指を手にクスクスと笑うシロベー。出会った時から男子っぽく振る舞っているが、笑う顔は女子っぽいなあ。なんでも見透かす生意気そうな子供ではなく、笑う時は年相応の女の子って感じで……はあ、何言ってんだ俺。
「あ、勘違いしないで欲しいんだけど、君たちを取って食おうって話じゃないよ。僕自身の、単なる純粋な好奇心なんだ。勿論、他言無用を約束するからさ」
「……」
俺と松家は顔を見合わせ、コクリと頷く。ここまで言われたら隠す必要もないだろう。俺達はこれまでの経緯をシロベーに話した。と言っても、俺達も急だったから、未だに状況を飲み込めてないし、語る程旅をした訳じゃないが。
「ふーん、成る程ねえ。そこまでの紆余曲折がある訳じゃないんだ。君達も困ってるんだね」
「ああ。だから原因である父さんに会いに行こうってさ」
「うーん、会うのは止めた方がいいんだけどね」
「え?」
「タイムパラドックスって知ってる? 未来の変化によって、現在の世界が大きく変わってしまう事がある。開発者に会うのはリスキー過ぎるし、肉親なら尚更だよ。ま……頼みの綱が君の父親だけなら、もうしょうがないけどさ。現代世界がメチャクチャにならない事を祈るしかないよ」
確かに……その事を一切考えてなかった。過去を変えたら当然未来が変わる。もう既に、本来会わないはずの木柴とも会ってしまったからな……本当に父さんに会っていいのだろうか。しかし、戻る術が無いからどうしようも無い。
「……まあ、あまり悠長にしてもいられないし。俺達はもういくよ。世話なったな」
「そっか~……もうちょっとゆっくり遊びたかったけど、急ぎなら仕方ないか。彼女をしっかり守るんだよ〜佐藤」
「だ、だから彼女とかじゃないから!」
「へぇ〜、そうなんだ? 恋人じゃないなら僕が貰いたいくらいだよ♪」
そう言って俺の腕にしがみつくシロベー。病院の中のような、薬の匂いがフワリとする。柔らかな感触が押し付けられ、一気に恥ずかしさが込み上げてくる。が、先に否定の言葉が出たのは松家の方だった。
「ちょっ、離しなさいってば!」
「え〜? 別にいいでしょ〜。減るもんじゃないし」
「よーくーなーい!」
「……佐藤、助けてくれてありがとう。また会おうね──」
玄関での去り際、そう言って笑顔で手を振るシロベー。また会おう、か。隣町の中学生、今後道が交差する事は無さそうだが……不思議と、またどこかですぐに会えそうな気がする。不思議なヤツだ。
俺達は団地を後にする。外は、昨晩の嵐のような豪雨も去り、濡れたアスファルトの光が輝いていた。一歩、歩道へ出た瞬間、前を歩いていた松家が立ち止まり、俺の方へ振り返る。今にも泣きそうになる少女のような表情をしていた。
「ゴメン……私、何も出来なかった」
「え?」
「あの男に捕らえられてる間、ただ震えるだけだった……自分の不甲斐なさに腹が立つ……」
「松家……」
「……言い訳はしない。本当に……怖かったから。だから……ごめん。あと、ありがと。また助けられた」
そう言って肩を抱いて、唇を噛み締める松家。自分で何も出来ない。自分自身が情けないという悔しさは俺にも分かる。何度も経験してるからな……女の子なんだから仕方ない。そう言いたい所だが、責任感が強い松家に、その言葉は却って傷付ける事になるだろう。
「ああ。気にするな」
「……」
俺から返す言葉はそれだけだ。まだ出会って間もないからな……多くは語るまい。
「……さて、父さんに会いに行くか。確か尾羽里駅から電車ですぐだって、シロベー言ってたな。前の家は遠いし……職場である学校にいる事を祈るしかねーな」
「一言でいい……」
「ん?」
「たった一言でいいから……私はやっぱり、兄さんに手術を受けてと言いたい。治る病気も治さないで……意地張るバカに、一言だけ……ううん。ぶん殴ってでも、言ってやるわ──って、わぁ!」
松家がそう拳を突き出した時、その反動で彼女の重心が大きく崩れる。雨に濡れた地面で靴が滑り、そのまま背後から転倒する松家。受け止めようとした俺も、そのまま滑って倒れ込んでしまう。
「いったぁ……」
背中から覆い被さるように、俺の身体に松家が伸し掛かる。髪が俺の顔をくすぐり、女の子らしい匂いが漂ってくる。しかし軽いなコイツ。
「なーにやってんだお前ら」
真横から声が聞こえる。見上げると、ポカーンとした顔の蜂加賀が突っ立っていた。人通りが無いとはいえ、外でこの体勢はめちゃくちゃ恥ずかしい。俺達はすぐに起き上がった。
「な、なんでもねーよ! 事故だこれは!」
「そ、そうそう! ちょっと足が滑っただけで……」
「ふーん。ま、いいけどよ」
「そういうお前こそ、なんでここに?」
「いやーシロベーから連絡聞いてよ。お前らが罠を突破して麻火ぶっ飛ばしてくれたんだろ? マジで助かったぜ! 猿弥とクロベーは残った残党を皆殺──ゴッホン。後始末を任せてな。俺は一足早く帰ってきたんだ。そしたら、バカな兄を殴るって聞こえてきてな」
「そ、そうなのか……俺達はもうこれから帰る所だよ。これ以上部外者が邪魔しちゃ悪いし……じゃあな」
「……隣町にいくんだろ?」
「うん? まあな」
「よし決めた! 俺も行くぜ! どうせ暇だし、お前らについてってやるよ!」
「ハァ!?」




