#96 シロベー危機一髪!
逸脱した風貌の男達が、ずかずかと押し入ってくる。中心にいる男──赤と黒の長髪を三つ編みで纏め、顔に炎のタトゥーが入った細身の無頼漢。どう見ても普通のヤツじゃない。背後には女子2人……非常に不味い事態だ。
「シロベー、コイツらって……」
「まだ説明してなかったね。コイツは、今僕らと争ってる烈怒恐っていうチームの総長……麻火奈生。奴は僕たちのシマを狙っていて、僕たちはそれを守っている……そんな、よくある単なるシマの奪い合いさ。くだらないよね」
シロベーの一言に、チッチッチと舌を鳴らして首を振る麻火。ふらふらとこちらに向かって来たかと思えば、リビングのソファーにどかっと座り、タバコに火を付ける。まるで自宅で寛いでいるような異常な振る舞いに、俺も松家も顔をしかめる。
「重要なのが1つ抜けてるぜシロベ〜? 俺はお前がほしいんだよ。もうよォ、可愛がってやるからよ~、俺のオンナになれよ~。白くて中性的な見た目に、俺は首ったけなのよォ。シマなんてついでだよ、ツ・イ・デ」
「……僕のタイプは、からかいがいのある優しい男なんだ。お前みたいなジャンキーはお断りだね」
「ヒャハッハ。その気の強いトコもたまんねェなァ~。ますます気に入ったぜ~。お前をとっ捕まえてさァ、俺の遺伝子を刻みこんでやるよォ……二度と子供作れない程によ~!」
その一言にシロベーは限界を迎えた。テーブルにあった酒瓶を、フルスイングで麻火の顔面めがけて飛ばす。
が、麻火はそれをスレスレの所で躱す。瞬き1つせずに攻撃をあんなに直前で……並大抵の度胸じゃない。しかし、なんだろう……この違和感は。
「おっとっと、危ねェ危ねェ。そんな顔見せられちゃますます興奮しちまうぜェ。お前が冷静さに事欠いちゃワケねェなァ~」
「……くそッ!」
「それはそうとよォ~……知らねェ顔があるんだよな~。見た所カタギっぽいしァ……不本意ではあるんだけどよォ、会っちまったら仕方ねェよな? 女の方は色々使えそうだけど、男の方はよォ~……なーんか敵意剥き出して危ねェしよ。掃除しといてェ」
「ういーっす」
「さ、佐藤!」
麻火以外の全員の男達が、俺の前に立ち塞がる。中学生に見えないくらいデカい。けどやっぱ変だな──全然怖くないんだ。
「可哀想だから溝尾一発で寝させてあげるネ?」
笑顔で首を傾げ、俺の腹部目掛けて膝が飛んでくる。なんだこれ……ふざけてるのか? 時が止まったかのようにスローに見えるぞ。
「が……!?」
「え?」
あまりにも遅かったので、ゆっくりとカウンターを入れさせてもらった。男達はワケが分からずと言った表情で、ズルズルと沈んでいった。
「なーんだ面倒くせェ……お前デキるのかよォ。ま、いいや。コマはこっちにあるからよォ~」
「きゃ!」
「な……」
たった1人残った麻火。ソイツは最悪な手段を取った。シロベーが先程割った酒瓶の破片……それを松家の顔へあてがった。鋭利なガラス片が、松家の柔肌スレスレを通り過ぎる。シロベーも俺も、ただ黙って唇を噛み締める他なかった。
「麻火……! どこまでもクズ野郎だね」
「ひゃはは! クズ野郎かァ……イーイ響きだ。俺は合理的なだけだぜェ? 邪魔なのは徹底的に排除し、使えるモンは何でも使う。それが不良ってもんだぜェ」
「いいや、お前は不良でもなんでもないよ。悪とワルを履き違えてる、ただの犯罪者だ」
「何とでも言って構わねェけどよォ。そんな強気でいいのかァ?」
麻火がぐっと松家の首を締め、ガラス片を押し当てる。松家は声を殺して耐えているが、とても辛そうにしている。この野郎……不良でもやっていい事と悪い事があるだろうが!
「……要件はなんだ?」
「何も難しい事はェよ~。俺の目的はシロベーただ1人だァ。シロベーさえ手に入ったら、お前らは消えてもらって構わねェよォ」
「……分かった。それで2人が解放されるなら、僕をどうしようと構わないよ」
「ちょ、おい!?」
シロベーはあっさりと頷く。俺達の為に、自らを捨てるっていうのか。何されるか分からないんだぞ……? 動こうとする俺を、シロベーは制止させる。そして、麻火の言う通りに従って、手をビニール紐で縛り、玄関の方へと放り投げられる。
「元々僕らが招いた災禍だ。君たちには関係無いからね。危険な目に合わせてゴメンよ……」
そう言って、シロベーは申し訳なさそうにうつ向いた。玄関へ移動した麻火は、松家をリビングの方へ押しやり解放した。その瞬間、とても嫌な気配が辺りを包み込む。この男……やはり。
「ん~……シロベーも回収し終えた所だしよォ。約束通り──お前らには消えてもらうぜェ?」
「な!? 話が違うぞ麻火!」
「俺言ったじゃねェかよ~。消えてもらって構わね~ってさァ」
懐から針のようなモノを取り出し、邪悪な笑みを浮かべる麻火。やっぱそうだ。端から、俺達を無事で帰す気は無かったらしい。
「殺しはしねェよ〜。ちょっと半年か1年かもしくは一生、病院のベッドで寝てもらうだけだからよォ。寝たきり生活だぜ~、楽で羨ましいァ〜」
「……」
ユラリユラリとこちらへ向かってくる麻火。普通こんな絶体絶命のピンチ、感情が昂ぶるものだが。俺は、自分でも驚くくらい落ち着いていた。なんだか……猫に威嚇されているような気分だったから。俺は転がっていた酒瓶を手に取り、腰を深く落として拳を構える。
「何する気……? 佐藤やめるんだ! 君が叶う相手じゃない! ソイツの実力は本物だ……飄々としてるけど、ヤツは暴力で全てを従わせてきた、血塗られた武闘派なんだよ!」
「ヒャハ。お前のその目、俺の死んだオフクロそっくりだなァ~……1人で勝手に抱え込んで、アッサリ親父に殺されたどうしようもねェ奴……死んでも守るべき者を守るってか? あー、気に入らねェ──」
刹那、麻火の一撃が飛んでくる。静かな殺意が込められた一撃……当たったらタダじゃ済まなそうだ。
けどやっぱり──全てスローモーションに見えてくる。この落ち着き様は何だ? まるで……こんな些細な事、とっくの昔に慣れたとでも言わんばかりだ。俺は流れるように麻火攻撃を避け、酒瓶の底を奴の喉元に打ち付ける。剣道技──突き。生身の相手にやる技じゃないし、祖父から厳しく注意された技。けど、お前にはこれくらいしても、バチは当たらんだろ。
「が、はっふぇ!?」
喉を押さえ、床に転がり悶え苦しむ麻火。力は抜いたが、数分は動けないはずだ。松家もシロベーも、息を飲んで目を丸くしていた。
「佐藤……! 君、そんな強かったの……!?」
「今の、突き……なの?」
「が、はァ……な、なんだお前……その……やべェ動きァ……ゴッホ!」
俺だってなんでこんな動きが出来るのか分からない。ついこの間まで、絶対こんな動けなかったし、度胸だってなかった。頭がまた霞掛かるようだ。奥底に眠るこの記憶はなんだろう……何か温かくて、帰りたいって思うような、胸がギュッとする感じ。
魔物を倒し、敵を倒し、幾千幾万の戦歴を積んだ。その世界では最早、俺に叶う奴はいなかった。その経験とでも言うつもりか。でも、それにしては妙にリアルだな。今の今まで見ていた夢が、起きた瞬間に忘れる感覚に近い。思い出そうと頭を捻る程、その記憶が遠ざかっていく。もう、どうしようもない。それでも……この手に残る感触が言っている。その記憶は夢幻では無く、正しい記憶なのだと。
魔王を倒した後に、スライムに全力になる勇者がいるか? 俺は、麻火に蔑みの目を向ける。
「ホントに……中学生かよお前ェ……ヒャ、ハハ……」
「……何年も何年も、戦い続けた。確かにお前は強い方なのかもしれないけど、アレらに比べりゃ、お前なんてただの一般人だ」




