#95 夜明けと共に
「蜂加賀勝人。気安くマサって呼んでくれや!」
「ハチでもいいよ〜」
「よくねえ! 犬っぽいから止めろって何万回言えばいいんだシロベー! あ、コイツはもう名前知ってるよな? 竹部白乃。俺達のブレインであり頭脳だ!」
「意味一緒だから……」
「んじゃ次はこっちな。右手にいるゴリラが水黒で、左手にいる猿が木柴だ!」
「誰が猿だオルァッ!」
自慢するように3人を紹介する蜂加賀。俺達も名前を聞かれたので、簡単に名乗っておく。
「ふーん、佐藤に松家か。タメか、俺らより一個上くらいか?」
「私達は高こ──」
「お前らと同じ中学生さ。光宙高校……の近くにある中学だ」
慌てて松家の口を塞ぐ。今は過去の世界だ。ここは話を合わせないとマズイ。本来この過去世界では、木柴と俺らは同世代のはず。俺達も中学生でいなければ、辻褄が合わない。現代で関わりのある木柴がいる以上、高校生だと話をややこしくしてしまうからな。この咄嗟の判断……我ながらよく下せたものだ。
「光宙高校ォ? 聞いた事ねーな。尾羽里にんな学校あったか?」
「いや、少なくともこの近辺の中学じゃないのは確かだよ。そんな妙ちくりんな学校聞いたことないし」
「尾羽里……? 確か隣町の名前だったような……」
松家が首を捻りながらそう答える。隣町か……そう遠くない場所に飛ばされたようで良かったと、胸を撫で下ろすべきか? ワケもわからずタイムスリップして、帰る方法すら分からない危機的状況なのは変わらずだが。
その後は、ゲームなどで盛り上がり、騒がしく中学生らしい夜を過ごした。就寝時間……雨がガラスを打つ音と、真横にいる蜂須賀のイビキ。そしてこれからの事を考えてしまうと、不安で中々寝付けない。貰った缶コーヒーを片手に、少し夜風に当たる事にした。外廊下の壁に身を乗り出し、未だに止まぬ雨をぼーっと眺める。
「アンタもいたのね……」
背後から小さな足音がやってくる。声だけで松家だと分かった。振り返る事はせずに片手だけをそっと上げ、そのまま闇の景色を堪能する。松家も俺の隣に立って、壁に身を乗り出した。
「ねえ……これからどうするの?」
「まずは父さんに会いに行く。こんな事出来るのは父さんだけだからな。理事長権限で好き勝手しやがって……」
「え、アンタ理事長の息子だったの!?」
「ああ、まあな」
あれ? そういえばなんで俺、父さんがタイムスリップの研究してるって知ってるんだっけ。頭に何か……変な記憶が蠢いている。なんだろうこれ? よく……分かんないや。
「……父さんなら解決の糸口を見付けてくれるはずだ。心配する事はねーよ。とりあえず、朝になったら光宙高校へ向かおう」
「ねえ……あの、もしもだけど……」
「なんだ?」
「本当にここが過去の世界なら──兄さんもいるんだよね」
「……」
「過去を変えたいなんて言えないけど、許されるのなら……一度でいいから話してみたい。一目会うだけでもいい。剣道をしている兄を……この目で」
松家の髪が風でフワリと浮く。夜空を見上げる横顔の彼女は、想いを馳せるようにどこか儚げで、そして決意したような真剣な眼差しであった。松家したら当然の願いだろうな。在りし日の康治郎さんを見たいという願い。それくらいなら──許されるんじゃないかな。
「そうだな……会ってみたい気持ちは分かる。妹思いの良いお兄さんだったしな」
「え?」
「とりあえず、もう戻ろうぜ。また冷えたら良くないし」
「う、うん。わかった」
────
──
ブォンブォン! と、激しいバイクの音で目が覚める。朝6時……木柴達の時のような音じゃない。近隣住民の事など気にする事も無く……まるで、しつけのされていない犬が手当たり次第に吠えて威嚇するように、激しく何度も空吹かしをする迷惑な騒音だ。
「なんだ……朝からうるさいな」
男部屋には既に誰もいない。居間に出ると、マサ達がベランダの前でじっと下を見据えていた。後から来た松家と一緒に、一体何事だと覗こうした時、巨漢のゴリラ──クロベーが、俺達をその太い腕で制止させる。
「お前らは出てくるな。奴らに顔を覚えられたら終わりだ」
クロベーの一言に、ゾッとする。眼下にはどんな景色が広がっているんだろうか。嘲笑うような声と、挑発的なバイクの駆動音。その地獄絵図は想像に容易い。
「シャラァ〜ッ!」
何か鉄製のモノを地面に打ち付けた音が聞こえると、不良達の声は一斉に静まり返る。それに続いて、間伸びた大きな声が、閑静な団地こだまする。
「終滅咾衆ォ〜! 戦いのゴングを鳴らしにきたぜェ〜!」
独特な発音が妙に耳に残る声だ。その声だけで、一般人じゃないのが分かる。ジッとベランダから下を覗く4人は、昨日までとは全く違う険しい顔をしていた。
「麻火……あんのイカれ野郎、頭数揃えてカチコミかよ」
「へっ、あんなゴミクズ屁でもねえよ。俺が全員殺してやるさ」
「待って猿弥。アイツ……なんか取り出したよ」
シロベーがそう木柴を諭した瞬間、再び声が聞こえてくる。
「あァ〜……今ここで戦争してもいいんだけどよォ〜? さっきウチの隊員が、俺らのシマ嗅ぎ回ってた虫を捕まえたみてェでよォ! 確か……神子田っつったけ? もしもし? あァ〜……悲鳴でよく聞こえねえや」
「何!?」
「今拷問していたぶってるんだけどよォ。俺はちゃ〜んとヤりすぎねェように忠告はしたんだぜェ? でもよォ……あいつら気性荒いからさァ〜。神子田クンがねェ、死んじまうかもなァ〜? 俺らと戦争する前にさァ、助けに行った方がいいんじゃないのォ〜ォ?」
一斉に下衆な笑い声が響く。拷問……? 死ぬ……? 何を言ってるんだ。本気か? お前ら中学生だよな? これが不良なのか……何か嫌な寒さが背後を這うようだ。笑い声はバイク音と共に遠ざかっていく。シロベー以外の3人は青筋を浮かべ、拳を固く握る。明らかに憤怒していた。
「あのクズ野郎が! ぶっ殺してやる!!」
「クロベー! あいつの携帯は!?」
「……今やってる! クソ、出ねえぞ神子田のやつ! あいつ、新入りが何でしゃばってんだ……!」
「猿弥、お前もか!?」
「クソが! ポケベル鳴らしても反応がねえ!」
「ダメか……よし、クロベー! 猿弥! 神子田助けに行くぞ! シロベーはここで待ってろ!」
「ちょ、待ってよ皆! あんな明らかな挑発、おかしいよ! 事実かも確かめないで、見切り発車は──!」
シロベーの必死の制止も虚しく、血相を変えた3人は外へ出ていってしまった。バタン! と激しい玄関の音を最後に、辺りはシーン……と、静まり返る。シロベーはぺたっと地面に座り込むと、額を押さえてため息を吐く。
「もう、バカばっかりだ……罠だったらどうすんのさ……」
「……」
俺と松家は顔を見合わせる。なんだか、このまま帰る雰囲気でもない。本来、俺達は完全に部外者であり、不良達の抗争に関わるべきではないのは分かってる。けど、なんだろう……すごく嫌な予感が、俺の頭から離れないんだ。
「お邪魔しま〜す。シロベークンいるゥ〜?」
ガチャリ。玄関の扉が開く。複数人の足音……木柴達ではない。外からやってきたのは──鉄パイプを片手に持った、見知らぬ不良達だった。シロベーはその姿を見るや、小さく悲鳴を漏らす。
「お前達……烈怒恐の! 帰ってなかったのか……!」
「ど、どういう事だ!?」
「最悪な予想が当たってしまったよ……これは──罠だ!」




