#94 時の旅人
「団地故に狭いけど勘弁ね〜、酒に溺れたロクでもない父と、これまたロクでもない子の2人暮らし〜ってね」
「お、お邪魔します……」
「ハイハイ〜君はすぐにシャワーね〜。ほら着てるもん脱いで入って、さあ」
「ちょ……押さないでってばっ」
「あ、彼氏クンはちょっと待っててね〜、上着脱いで奥で寛いでてよ。あ、濡れたままソファー座っちゃダメだからね?」
「な! 彼氏とかじゃないから!」
忙しなく扉に入っていく2人。賑やかな声がまだ響いている。でも良かった……これで一安心だ。なんだかどっと疲れがやってきた……お言葉に甘えて、少し休んでいこう。
統一性の無い家具が乱雑する、とても狭い空間。物は多いが、比較的綺麗に収納はされている。いや……なんというか、床にあったものを後から片付けたような痕跡だ。リビングには、雑に転がる酒瓶。少しだけ家庭の事情が透けて、なんだか気まずい。
「ん、なんだこれ……」
棚に飾られた一枚の写真。一際目立つ深紅の服を身に纏った少年。そして、逸脱した風貌な数人の少年が、赤い少年を囲むようにこちらにポーズを取っている。絵に描いたような不良だ……1人は背がでかすぎるせいで顔見切れてるぞ。って、これ横にいるの今の奴じゃないか! アイツ不良だったのか。山奥で取った写真だな……そして、後ろにあるバイクに刺さった旗には……なんだろうこれ。
「終滅咾衆……読めないな」
ガチャリ。突然玄関の扉が開かれる。松家達がいる扉の奥からは、シャワーの音が未だ聞こえてる。誰かが帰って来たという事だ。や、やべえ……最悪のタイミングだ。そして、帰って来た人間も最悪だった。
「あん? 誰だお前」
筋肉の鎧が全身を覆う2m越えの巨漢。絶対に父親だ……鬼のような鋭い目付きが照明で影を落とし、こちらに向かってくる。めちゃくちゃ怖い。絶対に不法侵入だと思われてるよな……警察呼ばれたらどうしよう! でも、俺は今、正当な理由でここにいるはずだ……ちゃんと事情を説明すればいいだけだ。
「ん? 風呂誰か使ってんのか」
「あ、と……その、えっとですね……」
俺は焦りながらも、上擦った声で事情を話した。説明している時の小物感半端無かったぞ……なんだかすごく情けない気分だ。父親は頷く事もせずに、黙って俺の話を聞いていた。ガチャ……っと、丁度話終えたタイミングで、松家とシロベーが風呂場から出てくる。
「おまたせ〜上がったよ〜」
「一緒に入る事ないじゃない……狭っくるしい……」
「はは、いいじゃんいいじゃん。女同士減るもんじゃないし。けど……見た所、その下着サイズ間違ってるよね。ちゃんと解放してあげなよ?」
「ちょ……何言って!」
松家は衣服を借りてるのか、サイズの合わない大きいTシャツを着ていた。家の人、父親のものだろうか。今まさに横にいらっしゃるんだけどね……シロベーは横にいる大男に気付くと、少し顔を歪める。
「うわっ、クロベー帰ってきたの? 本当に泊まるつもり?」
「烈怒恐の奴らが来たら、お前1人でどうする気なんだ。テメェを守るってマサの命令だろうが」
「はぁ〜過保護だねえ。そんなの必要ないっていうのに」
「マサもすぐに来るぜ。アイツもな……結局4人揃っちまうな」
話の流れが全く見えないが……会話からして親子ではなさそうだ。おそるおそる聞いてみると、2人は一瞬固まったかと思えば、すぐにシロベーが笑い転げる。
「親子〜? ははははっ、冗談止めてよ。確かに少年の見た目じゃないゴリラのような男だけど、クロベーは僕と同じ中学生だよ」
「ち、ちちちちち中学生!? マジで言ってんのか!?」
「うっそ……私達より年下なの!?」
「ロシアの血が少し入ってるからね〜、ちょっと日本人離れした体格してるけど、気にしないであげて」
「フンッ……」
彼の身体をバシバシと叩くシロベー。本人は不服そうに鼻を鳴らしている。ヘビー級のボクサーとか、格闘技の世界でしか見たことない大男だけど……こんな中学生がいるのか。世界は広いなあ。呆然としていると、突然外からバロロロっとバイクの駆動音響いてきた。
「ほら来たぜ。深紅の単車に股がった世界一のバカがな」
こんな深夜に中学生が集まって何をしているんだ……ただ困惑する事しか出来ない。そうしている内に、ドタドタとした足音が近付いてくる。続いてまた玄関の扉が開いた。2人の少年が入ってくる。
「よーう! 助けに来たぜシロベー!」
爽やかでいて、どこかヤンチャそうな雰囲気の金髪の少年。一目で明るい奴だと表情と素振りで分かる。問題なのは、その先にやってきた少年の後。俺は見覚えのある姿に、思わず目を凝らす。
「……あん? 誰だソイツら」
木柴だ。クラスメイトの木柴猿弥! 少し幼く見え、面影が無い程凶悪な風貌をしているが、いつも見ている顔だから間違いない。どういう事なんだ……? 一体俺達はどこへ迷いこんでしまったんだろう。事情を2人に話すシロベー。その間に、ふとキッチンの前に壁掛けられたカレンダーに目が止まる。一瞬……何か見間違いだと思った。しかし、何度見てもその数字は変わっていなかった。
「な、なあ松家……俺がおかしいのか? このカレンダー見てみろよ……」
「え、何──へ? なにこれ……西暦が……4年前!?」
背筋に嫌な寒気が走る。2人して夢でも見ているのか? いや、こんなリアルな悪夢あってたまるか。俺はあり得ないだろうと頭で否定しつつ、確信に変えるべく、奇妙な質問を4人に投げ掛ける。
「なあちょっといいか……変な事聞くようだけど、カレンダーの年ってこれ合ってるのか?」
「……は?」
シロベーは首を傾げながら、説明を中断してカレンダーを眺める。妙な沈黙が場を支配する。そして何か思考を巡らせた後、さらに首の角度を傾けた。
「……うーん? 至極正常だと思うけど。君たち質問の意図が分からないね」
「…………」
「オイ、コイツらおかしいぜ。今西暦何年かなんてフツー聞かねえだろ」
「はは、タイムスリップした後に言ってみたいセリフランキングの3位圏内に入る言葉だなそれ!」
俺と松家は、顔を見合わせる。困惑と驚愕。松家はひどい表情をしている……けど、俺も似たような面構えをしている事だろう。4人に聞こえない声量で、俺と松家は小さな悲鳴を上げる。
「も、もしかして……!」
「あ、ああ……俺達──タイムスリップしちまった……!」
ちりばめられた疑惑が確信に変わった──ここは、過去の世界だ。体育館の地下が過去に繋がってたんだ! くそ、何故か心当たりがありすぎる! 父さんめぇ……絶対あの人のせいだ。
木柴も写真じゃ気付かなかった……彼らは不良だ。木柴の中学生時代、まさか不良だったなんて。あのお調子者の面影も無いじゃないか!
項垂れる俺達に、木柴は怪訝な顔を浮かべたまま、ケッと息を漏らす。
「っていうかよ……何お人好ししてんだシロベーテメエ。んな事する余裕ねえだろうが。コイツらが烈怒の回しモンだったらどうすんだ、あ? 自覚足りてねえんじゃねえのか?」
「よせって猿弥。血ィ上りすぎだぜ。人畜無害そうな学生カップルだ。流石にスパイはないだろ」
「そうだね。もし彼らが間諜だったら、とっくに事は起きてるよ」
「チッ、クソが……んな事言ってんじゃねえんだよ」
玄関前で4人が論争を繰り広げている。先ほどから何か焦っている様子が窺えるが、焦りたいのはこっちだよ……冷や汗を流す松家が、震える声で俺に訴える。
「ど、どうすんのよ……! 過去の世界なんて、そんな非科学的な事有り得るの……? と、というか帰れるの……!?」
「俺だってわかんねーよ……! 今頭の中めちゃくちゃでパンクしそうだ……!」
「よーし決めた! 俺は今日ここに泊まるぞ!!」
突然背後から大声が。思わずビクッとしてしまう。最後に来た金髪の少年が、手を腰にして、顔を天井へ向けていた。
「んだよマサ……デケー声出してんじゃねえよバカ野郎が」
「もー、ここ壁薄いの知ってるよね? っていうか、それ決めるの家主の僕だと思うけど……」
「底抜けのアホだな、相変わらず」
ため息をつく3人。恐らく、マサと呼ばれた彼がリーダーなんだろう。真っ赤な服を纏った無邪気に笑う少年。写真でも、彼が中央にいたからな。他の3人が振り回されているのが、一目みて分かる。
金髪少年マサは、頭を垂れる俺達の前にしゃがむと、ニッと歯を見せてバシバシと肩を叩く。
「出会った誼だ! お前らも泊まってけよ。一緒にお泊まり会しようぜ!」
「へ……?」
「は?」
な、何言ってるんだコイツ。見ず知らずの初対面の男女に、いきなりお泊まりに誘うか普通。ていうか家主じゃないのに。なんて自分勝手な人間だ……こんな気が抜ける人間は会ったことがない。これが不良なのか。
しかし、外は大雨の深夜。どこにも行く宛が無い俺達は、どうすることもできない。しかも、どうにも帰してくれない雰囲気だ。シロベーも諦めろと言わんばかりに首を振るだけ。なので、俺と松家は仕方なく宿に肖る事にした。
「俺は終滅咾衆の最高にクールな総長! 蜂加賀勝人。よろしくな!」




