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移行中  作者: あ
松家 瀬那編
92/106

#92 渡りし扉

 翌日、B組との合同体育授業を終えた放課後。帰宅する者、部活動や委員会活動に赴く者……皆それぞれが帰宅していく中、たった1人ジャージ姿のままで居残る人影。松家だ……『刹那』と刺繍がされている濃紺色の袋から、38(サブハチ)の竹刀を取り出す松家。まさか……ここで素振りするのか。


「よーう佐藤。今日のセパタクローキツかったな〜……なんかアイスでも食いに行こうぜ」

「わり、先帰っててくれ」

「あー!? んだよ最近付き合い悪ぃなあお前。へいへい……寂しく1人で棒アイスペロペロしてやんよーって。けっ!」


 舌を出しながら、大足でどかどかと体育館を去っていく木柴。子供かアイツ……普段の木柴を見ていると、幼少期から変わってないんだろうなって思う。奴はきっと昔からすんげえいい子で、甘えん坊な子供だったに違いない……そう頷かざるを得ない。

 俺は木柴を見送り、体育館に誰も残っていないのを確認して、彼女の元へと向かった。


「1人で素振りか。俺も付き合うぜ」

「アンタ……いいよ別に。今日活動日じゃないし」

「2人なら打ち込みも出来んだろ。1人でやる武道なんて弓道以外は存在しないんだよ」

「そ……勝手にすれば」


 小さく鼻を鳴らすと、そのまま気にせずに素振りを再開する松家。康治郎さんに言われた、笑顔を取り戻すという事。他人である俺が、どこまで踏み込んでいいのかも分からない。でも……何も出来ずに眺めるだけじゃダメだよな。どんな小さな事でも、まずは一歩だ。最初は近くにいるだけでいい。いつか笑ってくれれば……それでいい。

 かかり稽古に誘ったら、案外素直に乗ってくれた。竹刀を交えている最中、松家は突然構えを解いて、ジャージの裾を伸ばしてうずくまってしまった。


「ねえ……ちょっと、なんか寒くない?」

「ん……あー、言われてみれば確かに。空調効きすぎか?」

「ううん、空調設備は切ってあるわ。うぅ、身体を温めても寒い……もうすぐ夏なのにどうなってんのよ」


 肩を抱いて身震いする松家。寒いのは苦手なのか……まあ、女子だしな。だが確かに、少し肌寒いかもしれない。しかしそんな寒波が来るなんてニュースじゃ言ってなかったぞ。むしろ真夏日だって天気予報やってたし。2人揃って風邪でも引いたってのか? んなバカな。


「あれ……あそこ。あそこから風が漏れてるっ!」

「へ?」

「止め……止めなきゃ……」


 震える松家が指差す方向。体育館の教壇だ……空調が壊れてあそこで冷気が溜まっているんだろうか。雪山を遭難中のような千鳥足で教壇へ向かう松家。やれやれ……俺も向かうか。


「うわ……確かに寒いなここ」

「教壇の床から冷たい風が……! ちょ、ちょっとこれどうすんのよ……!」


 教壇の前に立った瞬間だった。一瞬……ほんのまばたきの更に短い時間。でも確かに存在したその刹那の間に、俺の頭に知らない景色が流れ込んできた。これはなんだ……本当に一瞬で流れ去った。鮮明に写った景色の数々。頭が霞がかったように、もう全て思い出せない。


「なあ松家……なんか変だぞここ。ちょっと離れた方が──」

「はあ? 何なのいきなり……って、きゃっ!」


 松家が振り返った瞬間、何か隠しスイッチのような床を踏み、姿勢を崩して転倒してしまう。それを受け止めようと一歩踏んだ瞬間、突然教壇の床が抜け、俺達2人は、抱き合うようにそのまま空いた大きな穴へと落下してしまった。


「のうわあぁーっ!?」

「何これきゃあああぁぁーっ!!」


 流れるように、遥か下まで落下する。松家が怪我しないように、なんとか彼女の頭を抱える。一体どこまで落ちるんだ? 視界の利かない暗い空間を永遠に落下していく。平衡感覚を失いそうな、軽い錯乱状態に陥る。自分の身体が今どこに存在しているのか分からない。


『Aura One Mundus──』

『……兄……ちゃ……』

『connect Chronics lucine──』

『も……一度……』

『Speace flight section24──』

『あ……日……戻り……い……』

『complete』


 何かの声が頭の中に入ってくる……それと同時にやってくる、まるで海中を漂うかのような浮遊感。いや違う。本当に浮いている。息が出来る状態で、水の流れに身を任せているような……心地よい感覚だ。けどその直後、耐え難い頭痛が俺を襲う。頭が引っ張られるように。脳の中を茨が這い回るようだ。そのあまりの激痛に──俺は意識を手放した。

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