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移行中  作者: あ
松家 瀬那編
89/106

#89 お茶と軋む屋敷

「剣道部は……ここら辺だと思うんだが」


 放課後。俺は麻の浴衣に着替え、部活棟の武道エリアへと足を運んでいた。相変わらず学校設備とは思えん程の本格っぷり。立ち並ぶ木造の屋敷と歩く生徒達の格好は、まさに江戸時代だ。前に一度来た事はあるが、こうも似たような建物が乱立してると、普通に迷うな。

 ヤマちゃん先生の事をふと思い出す。ほんの1年前までは、活気に溢れ、生徒達は礼節正しく互いを切磋琢磨し合う、良い部だったんだ……と。結局何故そこまでの部が落ちぶれてしまったのかは、教えてくれなかった。辛そうに……ただうつむくだけで。


「現状を知る必要があるな……にしても、マジで場所どこなんだよ!」


 辺りを見渡しながら歩いていると、すぐ側のお茶屋の看板がある建物。そこの店先の置かれた縁台に座る、上杉と直江の姿があった。生徒会の2人が何故ここに……いや、丁度いい。場所を聞くとしよう。


「なあ、ちょっといいか」

「ん……? 佐藤じゃないか」


 抹茶を嗜む着物姿の上杉が振り返る。廊下等ですれ違う時とか、会う時はいつも白制服だから和服姿が新鮮だ。


「佐藤もどうだ? 抹茶と菓子だ。設備点検の休憩ついでに、直江に茶道を教わってな。点茶は興味深い……ああ、作法は気にするな」

「そか? せっかくだし頂くよ。ありがと」

「上杉さんのお茶は絶品だぞ。点てる時の優雅な振る舞いや、侘び寂びからなる静謐さ。素人と思えない程に美しい。流石です」

「フッ、そうか」

「ん……直江お前、上杉の点てたお茶飲んだのか」

「当然だ。断る理由がない。折角上杉さんがお作りになったものを拒むなど、無礼千万であろう」

「……ふうん」


 どういう心変わりがあったのかは知らないが、上杉と少しは距離が縮まっているようで何よりだ。

 薄緑に輝く抹茶を一口啜ってみる。ほんのりとした苦味の中に、じんわりと広がる優しい甘み。剣道で火照った身体に、程好い冷たさが染み渡る。


「うん……美味しいよ。こういう時はなんて言うんだっけか……ああ、そうそう。結構なお点前で」

「間違ってるぞ貴様。それは茶道では、些か無礼に当たる言葉だ。普通に美味しいでいいんだよ」

「え、そうなのか」

「いいんだ。作法は気にするなと言っただろう。口に合ったのなら良かったよ」

「ああ、ごちそうさま……って違う。道聞きたかったんだよ俺。なあ、剣道部がある道場ってどこにあるか知らないか?」

「剣道部か? 道場ならそこの角を曲がった所にある、青い屋根の屋敷だ……剣道部へ入るのか?」

「あ、ああ。入ってくれって頼まれてな」


 上杉は頬杖を突くと、不服そうに小さく息を漏らす。膨らんだ頬がなんとも可笑しい。コイツ、こんな顔するんだな。


「……生徒会へ入る気はないのか。残念だよ。私の方が先に誘ったのにな」

「いや、まあ……それはその……すまん」

「ふむ、剣道部は衰退していると聞いてるがな。月に数回程しか活動しないと噂だぞ。それで部活動の貢献点が貰えるから楽だと、ヘラヘラと笑っていた生徒を見掛けた事がある。佐藤貴様……楽な道を得るが為に、会長の誘いを断っているんじゃないだろうな?」


 眉間にシワを寄せて、俺の顔を覗き込む直江。あっちゃー……そう解釈するか。こうなるとコイツ、とことんしつこいからな。


「フフ、生徒会と兼任するという選択肢もあるぞ。部や委員会を掛け持つ事は珍しい事じゃない。直江も茶道部と生徒会を行き来しているからな」

「うっ……いや、それは……」

「あはは。悪かったな佐藤、詭弁が過ぎたよ。生徒会は煩忙な役割だからな。白制服の袖を通すのを強要する事は出来ない。君の事だ……今回もまた、困っている人に手を差し伸べているんだろう?」

「まあ、そうだな……けど、なんだ。何か手伝う事が出来たらいつでも呼んでくれよ。そういう都合の良い人間でいいからさ、俺は」

「ああ、そうするよ。ありがとう佐藤」


 俺は上杉から教わった道を、早歩きで進んでいく。たはー……危うく言いくるめられて、生徒会へ入ってしまう所だった。目がマジだったな上杉。生徒会かあ……彼女には悪いが、前向きに考える事は出来なさそうだ。


「上杉さん。何故あんな事を仰ったので? また手を差し伸べてる……なんて、奴とそこまで懇意の仲でしたか?」

「いいや。そんな気がしただけさ。きっと、またどこかで人の為に駆け回っている……とな。何故そう思ったんだろうか……やれやれ、理屈に合わないな」

「……そうですね」


 ────

 ──


「光宙剣道部……ここだ。漢字で見ると、中々むず痒いものがあるぞ」


 剣道部がある武道場は、武道エリアの隅で物悲しく佇んでいた。手入れのされてない寂れたボロ屋敷に一歩踏み入ると、軋む床が悲鳴を上げた。どこの山小屋だよこれ……カビだらけだしさ。全く、稽古の場に対する礼儀もクソも無いな。俺は立て付けの悪い扉を開け、中へと入る。


「フッ……フッ……!」


 中では袴姿の1人の女子生徒が竹刀で素振りをしていた。あれは……前にここで見たことがある。剣道部の女部長、松家瀬那だ。辺りに他の部員はいない。素振りの音が響く程の静寂の道場で、ひたすら無心で竹刀を振る彼女。俺と一瞬目があったかと思えば、素振りを止めて、息を整えながらこちらに向かってきた。


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