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移行中  作者: あ
甲斐田 信音編
85/106

#85 アースヘブンよ永遠に

「あ……ああ……やった……やったぞ! やったぞォーーッ!!」


 俺は喚起の声を上げ、皆と抱き合って喜びを分かち合った。成し遂げたんだ俺達は。最高難易度のエンドコンテンツを! ああ、嬉しい……この達成感は何物にも勝る。

 赤く染められた不気味な曇空は消え、晴れやかな光が煌々と差し込む。その天の祝福は、これから起きる事を暗示しているかのように、美しく、そして儚いものであった。禁匣を退けた者だけが手にする至極の力。その時はやってくる。


「来たようっすね……」

「あれが……女神アースか」


 優しいハープの音色と共に、天空より白い羽衣を纏った女神が舞い降りる。それは実体ではなく、空を覆うようにビジョンとして写し出されている。巨大な女神は、植物のツルを巻いた腕をこちらへ伸ばし、俺達へ向かって問い掛ける。


「よくぞ禁匣を地に伏せ、まこと封印を果たしてくれた。禁匣破りしとこしえの勇士よ。アースヘブンの神々の名代として、最大限の感謝と栄光を称えよう。すべからくは、褒美をつかわすべきである。よって、どんな願いでも1つ叶えてしんぜよう。汝、願いは何か」


 なんでも……叶う。俺達の願いは決まっている。


「俺達を……俺と信音を元の世界に帰す事は可能か?」


 女神は数秒の沈黙の後、静かに口を開く。


「可能だ。汝ら2人は遠き世界よりの来訪者。元の世界をあてがうは容易い。しかし──汝らの子らは連れていけぬ。この世界で生まれた者は、理より外れる事なかれ」

「まあ、そうか……そうだよな」

「パパ……」


 帰れる……その確かな言葉で、俺の中で何かが降りた気がする。ようやく元の生活に戻れる。あの高校生活の日々に。でも、なんだろう……実感わかないっていうか……ああ、上手く言葉に出来ないな。それでも、俺と信音の気持ちはただ1つ。振り返る動作は、2人一緒だった。


「ユオン、シーナ……よく聞いてくれ。パパ達とは──ここでお別れだ。2人とも本当に強くなった。残していく事を許してくれとは言わない……本当に、ゴメンな」

「よく顔を見せて……ユオン、シーナ。ママとパパは……ずっと2人の事……愛してますからね」


 俺はユオンの肩にそっと手を置き、信音はシーナの頬を優しく撫でる。俺は忘れない為に……心に刻むように息子という存在を確かめた。この世界との別れ。それはつまり、子供達との別れを意味する。まだまだ小さく、脆い肩だ。でも、とても大きくなった。あんな小さかったユオンは、もう立派な男の子になっていた。

 ユオンは転んだって、魔物に怪我させられても泣くことはなかった。シーナと喧嘩もしたことがない。いつもお兄ちゃんだからって、シーナに譲って……誰よりも家族想いで優しい子だった。シーナは本当にやんちゃで……食事の時は毛皮か何かを敷いていないと、床が大変な事になってさ。ワガママだけど、父と母の事は大好きでいてくれた。夜寝れない時に本を読んでやったりもしたっけ。そこが可愛くてさ……あれ……なんだろう。なんか、目のとこが熱くなって……ユオンの顔がよく見えないな。


「パパ……ボク、分かってたよ。かくしてても家族だもん。パパとママは違う所から来たんだよね。かえる所があるんでしょ? ボクは……行かないでって言わないよ」

「ユオン……」


 ユオンの肩は微かに震えている。隣にいるシーナは、今にも泣きそうだ。だが涙を見せぬように唇を噛み締め、強く笑って見せる。泣いてるのは……俺だけだ。


「ボクは大丈夫だよ。だって、世界で一番つよいパパとママの子だもん。シーナやみんなはボクが守る。ローゼルおじさんやヨウヮルさん、村のみんなもいるから。さみしくないよ」


 ユオンはそう言って頷いて見せる。弱さを抑圧し、自らの気持ちをぐっと堪えて気丈に振る舞う姿は、一体誰に似たのか。まだ7歳なのに、本当に強い子だ。


「シーナ……シーナは……うぐ……ひっぐ……」

「だって……約束してくれたもんね。もしパパとママが遠くへ行っちゃっても、見つけだして、ボクたちをむかえに来てくれるって。だから……ボク……待ってるよ……」

「ユオン、シーナ!」


 俺達の身体が光に包まれる。俺達は時が来てしまう前に、子供達を精一杯抱きしめる。その温もり確かめる内に、俺の意識は徐々に朦朧とし、薄れていく。


「待ってくれ……まだ、俺は……!」


 宙に浮き初める俺と信音。もう終わりなのか……ああ、そんな。待ってくれ……けれど、その惜しみながら伸ばす手を、押し出すように放したのはユオンとシーナの方からであった。2人は涙を浮かべながらも、俺達に微笑んでくれた。


「パパ、ママ。大好きだよ……!」

「シーナも……大好き!」


 俺を包む光は強さを増していく。遥か天空へと上へ上へ昇っていく。心地よい浮遊感が俺の中を支配する。段々とユオンとシーナの姿が遠ざかっていく。やがてアースヘブンを見下ろす程の高さへと飛翔して行き、それはやがて闇の世界へと入る。

 宇宙のような空間だ。手を伸ばす。星が掴めそうだ……光を目指すように身体を目一杯動かす。頭がぼんやりする……ここはどこなんだ。無限に広がる底知れない闇の中を進む。何もかもを忘れそうな、漠然とした恐怖が俺を襲ってくる。夢を見ているように意識がハッキリとしない。


「誰かが……呼んでいる……」


 闇の世界の中でそれは聞こえた。声としてではなく、何かが俺を呼んでいる。光だ……暗闇の中での一筋の光。どれ程離れているのかさえ分からない。淡く矮小なそれは、徐々に光を強めていく。光の粒の中に、青い星が見えた。地球だろうか。その命が輝く星が……目の前にある。また手を伸ばす──今度は掴んだ。違う、掴まれたんだ。手を引っ張るように、俺を呼ぶように。俺は……それに応えた。

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