#85 アースヘブンよ永遠に
「あ……ああ……やった……やったぞ! やったぞォーーッ!!」
俺は喚起の声を上げ、皆と抱き合って喜びを分かち合った。成し遂げたんだ俺達は。最高難易度のエンドコンテンツを! ああ、嬉しい……この達成感は何物にも勝る。
赤く染められた不気味な曇空は消え、晴れやかな光が煌々と差し込む。その天の祝福は、これから起きる事を暗示しているかのように、美しく、そして儚いものであった。禁匣を退けた者だけが手にする至極の力。その時はやってくる。
「来たようっすね……」
「あれが……女神アースか」
優しいハープの音色と共に、天空より白い羽衣を纏った女神が舞い降りる。それは実体ではなく、空を覆うようにビジョンとして写し出されている。巨大な女神は、植物のツルを巻いた腕をこちらへ伸ばし、俺達へ向かって問い掛ける。
「よくぞ禁匣を地に伏せ、まこと封印を果たしてくれた。禁匣破りしとこしえの勇士よ。アースヘブンの神々の名代として、最大限の感謝と栄光を称えよう。すべからくは、褒美をつかわすべきである。よって、どんな願いでも1つ叶えてしんぜよう。汝、願いは何か」
なんでも……叶う。俺達の願いは決まっている。
「俺達を……俺と信音を元の世界に帰す事は可能か?」
女神は数秒の沈黙の後、静かに口を開く。
「可能だ。汝ら2人は遠き世界よりの来訪者。元の世界をあてがうは容易い。しかし──汝らの子らは連れていけぬ。この世界で生まれた者は、理より外れる事なかれ」
「まあ、そうか……そうだよな」
「パパ……」
帰れる……その確かな言葉で、俺の中で何かが降りた気がする。ようやく元の生活に戻れる。あの高校生活の日々に。でも、なんだろう……実感わかないっていうか……ああ、上手く言葉に出来ないな。それでも、俺と信音の気持ちはただ1つ。振り返る動作は、2人一緒だった。
「ユオン、シーナ……よく聞いてくれ。パパ達とは──ここでお別れだ。2人とも本当に強くなった。残していく事を許してくれとは言わない……本当に、ゴメンな」
「よく顔を見せて……ユオン、シーナ。ママとパパは……ずっと2人の事……愛してますからね」
俺はユオンの肩にそっと手を置き、信音はシーナの頬を優しく撫でる。俺は忘れない為に……心に刻むように息子という存在を確かめた。この世界との別れ。それはつまり、子供達との別れを意味する。まだまだ小さく、脆い肩だ。でも、とても大きくなった。あんな小さかったユオンは、もう立派な男の子になっていた。
ユオンは転んだって、魔物に怪我させられても泣くことはなかった。シーナと喧嘩もしたことがない。いつもお兄ちゃんだからって、シーナに譲って……誰よりも家族想いで優しい子だった。シーナは本当にやんちゃで……食事の時は毛皮か何かを敷いていないと、床が大変な事になってさ。ワガママだけど、父と母の事は大好きでいてくれた。夜寝れない時に本を読んでやったりもしたっけ。そこが可愛くてさ……あれ……なんだろう。なんか、目のとこが熱くなって……ユオンの顔がよく見えないな。
「パパ……ボク、分かってたよ。かくしてても家族だもん。パパとママは違う所から来たんだよね。かえる所があるんでしょ? ボクは……行かないでって言わないよ」
「ユオン……」
ユオンの肩は微かに震えている。隣にいるシーナは、今にも泣きそうだ。だが涙を見せぬように唇を噛み締め、強く笑って見せる。泣いてるのは……俺だけだ。
「ボクは大丈夫だよ。だって、世界で一番つよいパパとママの子だもん。シーナやみんなはボクが守る。ローゼルおじさんやヨウヮルさん、村のみんなもいるから。さみしくないよ」
ユオンはそう言って頷いて見せる。弱さを抑圧し、自らの気持ちをぐっと堪えて気丈に振る舞う姿は、一体誰に似たのか。まだ7歳なのに、本当に強い子だ。
「シーナ……シーナは……うぐ……ひっぐ……」
「だって……約束してくれたもんね。もしパパとママが遠くへ行っちゃっても、見つけだして、ボクたちをむかえに来てくれるって。だから……ボク……待ってるよ……」
「ユオン、シーナ!」
俺達の身体が光に包まれる。俺達は時が来てしまう前に、子供達を精一杯抱きしめる。その温もり確かめる内に、俺の意識は徐々に朦朧とし、薄れていく。
「待ってくれ……まだ、俺は……!」
宙に浮き初める俺と信音。もう終わりなのか……ああ、そんな。待ってくれ……けれど、その惜しみながら伸ばす手を、押し出すように放したのはユオンとシーナの方からであった。2人は涙を浮かべながらも、俺達に微笑んでくれた。
「パパ、ママ。大好きだよ……!」
「シーナも……大好き!」
俺を包む光は強さを増していく。遥か天空へと上へ上へ昇っていく。心地よい浮遊感が俺の中を支配する。段々とユオンとシーナの姿が遠ざかっていく。やがてアースヘブンを見下ろす程の高さへと飛翔して行き、それはやがて闇の世界へと入る。
宇宙のような空間だ。手を伸ばす。星が掴めそうだ……光を目指すように身体を目一杯動かす。頭がぼんやりする……ここはどこなんだ。無限に広がる底知れない闇の中を進む。何もかもを忘れそうな、漠然とした恐怖が俺を襲ってくる。夢を見ているように意識がハッキリとしない。
「誰かが……呼んでいる……」
闇の世界の中でそれは聞こえた。声としてではなく、何かが俺を呼んでいる。光だ……暗闇の中での一筋の光。どれ程離れているのかさえ分からない。淡く矮小なそれは、徐々に光を強めていく。光の粒の中に、青い星が見えた。地球だろうか。その命が輝く星が……目の前にある。また手を伸ばす──今度は掴んだ。違う、掴まれたんだ。手を引っ張るように、俺を呼ぶように。俺は……それに応えた。




